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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第5章 英雄の意志
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特異点の存在



急に村中が騒がしくなる。子どもたちの泣き叫ぶ声が聞こえる。



「ただいまより、異端ゼーラ教がいかに愚かな神を崇拝しているのか、証明を始める!」



魔法により拡張された声が聞こえてくる。この声はマルドゥークだ。



俺は物陰から声のする方を覗き込む。そこには祭壇のようなものが作られ、篝火が焚かれている。中央でマルドゥークが両手を広げており、それを取り囲むようにアザール教徒が立っている。



「主はおっしゃられた! 異端の神、ゼーラの愚かさを示せと!」



「「「ア・ザール!」」」



「もしゼーラに力があるのならば、彼らの信徒の子を救うだろう!」



村の子供達が祭壇の前に並ばされている。手は縄で縛られている。



俺は全ての状況を理解した。本来アザール教典には子供は殺さず奴隷として働かせる記載がある。それを捻じ曲げた。



元々マルドゥークに信仰なんてものはない。奴はコーネロと利害関係で繋がれた犬だ。コーネロの指示であればアザール教典の解釈を変えることなど造作もない。



これはネロの手だ。俺は明確に裏にいるネロの存在を感じた。ネロは俺を誘い出そうとしている。



先ほど、ギルバートに感じた甘さ。それは人として大切なもの。ネロはそれを試そうとしている。俺は奴隷となる子供達の辛さは分かっていた。だが、ゼーラを倒した後でも救う方法があると考えていた。優先順位の問題だ。



しかし、今マルドゥークははっきりと子供達を殺そうとしている。ここで助けなければ、彼らは皆殺しにされる。



ハルが冷静な目で俺を見ていた。彼は選択を委ねている。きっとハルにならばNPCの命よりもゼーラ討伐を優先する。だけど、俺は……。



「この博愛の導きで、この哀れな娘に裁きを与える、もし神がいるのであれば、我が拳は彼女に届くことはないだろう」



ネロはこの状況を水晶で笑いながら見ているのだろう。彼には人の痛みや恐怖が理解できない。善悪の概念が希薄だ。



「もし……私を邪魔するものがいるならば、我が同士が魔法を発動する、残された穢れた子どもたちを全員聖なる炎が焼き尽くすだろう」



これは俺へのメッセージ。俺がマルドゥークを邪魔すれば、魔法が発動され周りの子どもたちが焼き殺される。まさに悪魔の所業。



俺の中で何かが切り替わった。



いいだろう。ネロ。受けて立つよ。焦燥が嘘のように消えていく。周りの声が遠のいていく。



「……それでこそ先輩です」



ハルが俺を見て何かを言っている。今はそんなことどうでもいい。



時が止まった世界で、情報の濁流が押し寄せる。これが俺の戦い方。ここが俺の戦場。



俺は何を悩んでいたのだろうか。そもそも天秤なんてものは存在しない。世界か子どもたちかを選ぶなんて馬鹿らしい。俺はコーネロとは違う。大義のために小さきものを捨てる。その理論は俺には通用しない。



俺は全てを救う。子どもたちも、ヒースクリフも、この世界も。誰よりも貪欲に、何一つ諦めない。



不可能を可能にするのが英雄の仕事だ。



「やめなさい! あなた達は命の大切さが分からないの!」



その声を知っている。なぜ彼女がここにいるのか。ゲームではなかった展開だが僥倖だ。本来なら驚くべきところだが、俺は冷静にその情報を自分のロジックに組み込む。



彼女の姿を遠目から確認する。おかしい。本来の姿をしていない。それに彼女ならそう簡単にアザール教に捕まるとは思えない。



俺はゲーム時代のある情報を思い出す。あくまで仮説ではあったが、この状況に信憑性が生まれる。ならば、俺が取る選択は1つ。あのアイテムを彼女に渡せば良い。これで魔法陣の問題はクリアされる。



俺は更に深く潜っていく。この場を切り抜けた後まで思考は続いていく。



復活したゼーラ。神の使徒。ネロ。ヒースクリフ。あらゆる問題を解決する最適解を模索する。



進んだ光の道は全て途切れてしまう。その先にはネロがいつも立っている。奴が完全に不確定要素となっている。



ネロの手を読もうとする。そのために今までのネロの行動から、心理までトレースする。天才という肩書きは厄介だ。だが、俺はネロが天才であるという設定さえ、思考パターンに組み入れる。



それでもネロの動きは予測しきれない。もはや奴はこのLOLでの一番の特異点となっている。



俺は諦めない。見えない道を見つけ出す。それが俺の強さの源、英雄としての誰にも負けない能力。



無限にも思える演算の末、俺は1つの道を見つけ出す。



まだ狭い。渡り切るためには不確定要素が多い。ネロの行動一つで結果が変わる。いくつもの困難を越えなければならない。けれど全てが上手くいけば確かに存在する。全てを救う栄光への道(デイロード)



マルドゥークが言うように、本当に神がいるのであれば、その少女が助かるのなら、俺がその神なのかもしれないな。



止まっていた時が動き出す。



「……全員戦闘開始だ」



俺はそれだけ告げ、飛び出した。








『スイッチ』















_________ オリバー __________



フィーネが殺される瞬間、その人は現れた。



どこから来たのかもわからない。フィーネが消え、男の人が現れた。



その人はマルドゥークの攻撃を軽くかわした。今まで見たことがないほど、滑らかで美しい動きだった。無駄の一切ない洗練された動き。僕にはその瞬間がゆっくりに思えた。そして、手を挙げた瞬間、マルドゥークは頭を吹き飛されたように倒れた。



何が起こったのか分からない。でも、その人の姿は目に焼きついた。きっと僕はこの光景を一生忘れない。この人が僕の憧れた夢。村を救う英雄の姿だった。



英雄は何かをこちらに投げた。十字架のようなものだった。ラファがそれをキャッチする。



十字架が光り輝く。ラファから温かく、優しい光が溢れ出した。僕は彼女の綺麗な横顔をただ見つめていた。



白く光る美しい羽が僕の前で舞い上がった。



ーーーーーーーーーーー



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