リヴァイアサン戦
翌日になり、休息を得た俺達は準備を整えた。結局、あの後ユキと少し話を続けたが、エレノアが何者なのか結論は出なかった。
ソラリスが昔、ライオネルがディアボロを倒した時代から探し続けている人物。ガルドラ火口では竜王ティアマトがディアボロに場所を問いかけていたと聞いた。そして、ユキの家にあった魔導書の作者でもある。
ゲームではエレノアのことは全く出てこなかった。実装されていなかった裏設定か、または俺がまだ見ていないイベントに絡むのかもしれない。
エレノアのことはこれ以上考えても答えが出ない。一旦置いておいて、俺たちは本題のリヴァイアサン討伐に向かうことにした。
再びあの長い階段を降りていく。この先にはアトランティスを沈めた者たちが放った最強の化け物が潜んでいる。
リヴァイアサンは水中戦闘において天界のポセイドンに並ぶほどの強敵。俺がゲーム時代に勝てたのは奇跡に近い。フリーズで壁に氷柱を作って捕まり、流されないようにしながら高速で突進してくるリヴァイアサンを回避し続けた。何万回と死にながら、運良く回避が続けられる機会を待った。
俺達英雄は様々な試行をして攻略法を探した。しかし、リヴァイアサンを楽に倒せる方法は存在しなかった。ソラリス復活イベントの中で、多くのプレイヤーが断念する原因となった。
力のルビー入手のためのライオネルとの鬼ごっこも無理ゲーだが、ライオネルを倒す必要はない。夢想のアメジストも奈落にはアホみたいに強い悪魔がいるが、戦闘をさけて手に入れることが可能だった。
必ず戦闘になるのが今回のリヴァイアサンと正義のダイヤモンド入手の際に戦う神の使徒だ。避けられない戦いであるからこそ、俺達プレイヤーを苦しめていた。
普通ならノーコンティニューでリヴァイアサンを倒すことは不可能。だが、俺は英雄だ。この世界が現実であるからこそ、勝てる道筋がある。
円形の扉が見えた。その先には不可能を超えるための栄光への道が続いている。
「水流操作の対策は大丈夫なの?」
「ああ、問題ないよ」
まともに戦って勝てるわけがない相手だ。誰もクリアしたことがないミレニアム懸賞イベントを除いたら、最強クラスのボスだろう。
「よし、行こうか」
さあ、リヴァイアサンを討伐しよう。
俺が一歩を踏み出すと、扉が反応してスライドするように開く。その瞬間、急激な水の流れが発生した。
「レン! 水流操作が!」
あまりの流れの勢いにリンの声が掻き消える。その流れの強さは前回経験した『水流操作』とは比較できないほど強い。俺達は抗うことも許されず、部屋の中に引きずり込まれる。
全員が中に入り、円形の扉が閉まった。これで俺達はリヴァイアサンのいるこの部屋に閉じ込められた。だから、俺は言った。
「よっしゃ! 勝ったぁあ!」
理論上は大丈夫だと思っていたが、少し心配していた。無事に俺の作戦は成功したようだ。
「こ、これって……」
皆が信じられないものを見るように部屋の中を見渡す。リヴァイアサンは未だに襲ってこない。いや、襲ってこないのではない。襲いに来れないのだ。
なぜなら球状の部屋の中央でピチピチと魚のように飛び跳ねているから。
リヴァイアサンはまともに戦って勝てる相手ではない。俺はまともになんて戦わない。これが英雄の戦い方。
リヴァイアサン戦で厄介なのは『水流操作』だ。俺達が勝つためには、あのスキルを封じることが絶対条件だった。
だから、俺は部屋の水を全部抜いた。
『水流操作』を防ぐ最も簡単な方法は水をなくすことだ。操る水がなければ、リヴァイアサンは何もできなくなる。
俺は水を抜く方法をずっと考えていた。ここは海底だ。いくらこの部屋が密閉された空間だからと言っても、この部屋の水を外に出す方法が存在しない。そこで俺はあるアイテムに目を付けた。
シーナポートで騎士団員のサギールからもらったマモル君袋だ。
マモル君袋はもう1つのマモル君袋と中の空間がつながっており、サギールの言う通りに貴重品をその中に入れると盗まれてしまうという詐欺用アイテムだ。
しかし、この中の空間がつながっているということが、今回のリヴァイアサン対策において大きな意味を持つ。
水中でこの袋を開けることで、水をもう1つの空間に送ることができる。ゲームではアイテムしか入れることができなかったが現実では可能だった。俺はシーナポートでその辺の石ころや水道の水などをマモル君袋に入れてサギールの反応を観察し、アイテム以外の空間移動が可能かを検証していた。
ただ1つだけのマモル君袋では、この巨大な部屋の水を抜くのに凄まじい時間がかかってしまう。サギールが海水が溢れ出してくることに気づいて、袋自体を海に沈めてしまうかもしれない。そうすれば排水ができなくなる。
だから俺は不死身のゴリさんのアイテム無限増殖法でマモル君袋を大量に増やした。アイテム増殖した場合、全ての袋の中身が同じ空間となっていることが分かった。
大量に増やした半分をゴリさんの洞窟の近くに口を開けて放置し、残り半分を持ってきた。これで排水速度が何倍にもなる。
あとは一度目に扉を開けたときに部屋の中に口を開けた袋を全部入れればよい。時間が経てば、密閉されたこの球状の部屋の水を全て抜くことができる。休息をとったのは排水の時間を確保するためだ。
サギールのマモル君袋からは真夜中に大量の海水が湧き出している。朝起きたときには大惨事になっているだろうが、今まで悪行を重ねてきたのだから自業自得だろう。
水中では異常な強さを発揮するリヴァイアサンだが、今は部屋の中央でのたうち回っている。水を得た魚の逆、水を失った魚だ。
「よし、遠くから一方的に攻撃しよう」
さすがに巨大ではあるから暴れているだけでもかなりの迫力だ。近づくとダメージを受ける可能性がある。ひたすら遠距離からの攻撃が始まった。
「ひゃははは、爆裂できる! 爆裂だあああ!」
フレイヤは魔法を使うことができ、ストレス解消も兼ねて意気揚々とリヴァイアサンに爆裂魔法を放っていた。リヴァイアサンは最大HPがかなり高いため、遠距離攻撃だけだとそれなりの時間がかかる。
水中最強と謳われるリヴァイアサンがピチピチと跳ねながら焼かれていく。俺達はそれを見ながら、朝ご飯を食べ始めた。シーナポートで買い込んだものだ。水中で取り出してしまうと水を吸い込んでまずくなるので、空気のあるここで食べようと思っていた。
「もう慣れちゃったわね、最近レンのやることに驚かなくなった」
リンがのんびり食事をしながら言う。
「英雄の戦いが分かってきたんじゃないのか?」
「……俺はてめえが敵じゃなくて良かったとつくづく思うぜ」
ドラクロワが一方的に焼かれ続けるリヴァイアサンを見て感想を漏らす。時折苦しそうな鳴き声を上げている。
「わん! あのお魚、食べれる?」
「ポチ、あればお魚じゃないから、食べちゃだめよ」
焼かれるリヴァイアサンを見て、よだれを垂らし始めたポチをリンがたしなめる。
そんな会話を続けていたら、リヴァイアサンが一際大きな悲鳴を上げ、青い粒子へと変わっていった。最強の海獣のあっけない最期だった。
「ふうー、すっきりしたぜ!」
フレイヤは晴れやかな表情だった。
俺は部屋の中央まで移動して、リヴァイアサンのいた所を探した。俺達が入るときに一緒に入ってきた水が少し溜まっている。俺がその水たまりを漁ると、目的のものを発見した。
青く輝く美しい宝石。知性のサファイアを手に入れた。これでまたソラリス復活に一歩近づいた。
これで残すはゼーラ神山の正義のダイヤモンド、アニマにある勇気のエメラルド、奈落にある夢想のアメジストとなった。