海底都市
深海へと沈み続け、やがて海底に光が見えてきた。暗闇の中でそこだけが光っている。光に照らされて風化した町並みが現れる。海底都市アトランティスだ。
アトランティスに自生する特殊な珊瑚が発光している。そのため、深海にあるアトランティスでも視界を確保することができる。
俺はアトランティスの端の高台のような場所に着地した。幸いゲームと同様にスタート地点に敵はいないようだ。俺は他のメンバーが降りてくるのを待つ。数分して順番に仲間たちが降りてきた。
「すごい……綺麗」
ユキがここから見えるアトランティスの景色を見て感嘆の声を漏らした。珊瑚により淡く発光した海底都市は幻想的に見える。水中耐性により海の中でも会話が可能だ。
「行こうか」
俺達は石畳の道に沿って移動し始める。水中耐性でかなり抵抗が緩和されているはずだが、それでも陸上よりも動きが鈍くなる。海底を歩かなくても泳ぐこともできる。ポチが空を飛べたとはしゃいでいる。
「毒と麻痺には注意をしてくれ、もし状態異常を受けたらすぐに近くの人がアイテムで回復させるように」
持続の腕輪での効果時間無限化であらゆるバフやアイテム効果がかかり、更に大海賊の契により『龍脈』の効果も共有されている。ただ状態異常だけは俺達の弱点になっている。
「戦闘は極力リンが相手をしてくれ、『龍脈』によるステータスアップをしたい」
「分かったわ」
リンのドラゴンエクスカリボーなら『龍脈』によるステータスドレインが100%発動される。リンの攻撃回数を増やせば、全員がその恩恵を受けることができる。
アトランティスに近づいていくと、深海魚のモンスターが現れた。ニードルフィッシュだ。ギョロっとした目とトゲの付いた体皮を持っている。
「トゲに毒がある、気をつけてくれ、水中は陸上とは動きが違う、回避しづらいからな」
リンが先頭に立って攻撃を開始する。ニードルフィッシュは水中なので明らかに泳ぐスピードがリンよりも速いが、リンは器用に避けてカウンターを放っている。あっさりとニードルフィッシュは青い粒子に変わった。
やはりリンは回避術において天賦の才がある。たった1回の戦闘で水の抵抗による影響を理解し、動きに反映させていた。
「よし、今回はレベリングも兼ねる、ここでできる限りステータスドレインをしたいから積極的に戦闘するぞ」
今までは無用な戦闘は極力さけていたが、今回は戦えば戦うほど俺達のステータスが向上していく。ここでのレベリングは必要だ。
海底都市の門をくぐる。木材などでできていた部分は全て風化して跡形もない。石で作られた部分だけが残っている。
ニードルフィッシュを中心にウミヘビやエビのモンスターも多くやってくるが俺達の敵ではない。リンに攻撃をしてもらい、漏れた分は他のメンバーで片付ける。フレイヤが爆裂魔法が使えないと嘆いていた。残念ながら水中ではフレイヤの出番はほとんどない。
敵を殲滅するつもりで海底都市を進んでいく。俺はユースタスの家の場所を思い出し、戦いながら皆をそっちに誘導する。
かつて激しい戦いがあったのだろう。その戦いの歴史は既に石づくりの町並みと共に風化している。今は永遠に自我を保ち続けるアンデッドの記憶の中に存在するのみ。
俺は朽ちた町並みを眺めながら時の流れについて考えていた。わざわざ自分が戦わなくても危うげなく仲間がモンスターを倒しているので、俺は少し暇だった。
このLOLの世界は俺がここに来るずっと前から存在していた。時の流れによって風化していくものもあるが、ずっと生き続ける者もいる。プレイヤーの俺では知ることができない歴史がある。
歴史なんて子供のころは大した興味もなかったが、今になってこの世界の歴史が気になった。それを知るためには文献や永遠に生き続けるアンデッドや神族の話を聞くしかないだろう。時間を巻き戻すことができないのだから。
いや、正確には違うか。本来時間は不可逆なものだがLOLは例外だ。俺の持つスキル『リバース』。対象範囲を30秒前に戻すことができる。
他にもイベントによって過去に戻ることもできる。ゲンリュウの固有イベントだ。過去に戻り、若き日のゲンリュウをイベント中のみ仲間に入れることができる。
全盛期のゲンリュウはまさに鬼神の如き強さだった。300レベルオーバーでも全く歯が立たない強さを持つ。魔王討伐メンバーに選ばれていただけはある。
ゲームでは過去に戻っても自由に移動できる範囲が決められていた。もし現実となった今、自由に過去の世界を動けるとしたら、その世界で少年のアランやソラリスにも会えるかもしれない。
会ったところで大したメリットもないのだが、少年アランに実際に会えるなんてゲーマーとしては燃えるものがある。会って正しいお金の使い方とか教えてあげたい。
俺達はユースタスに伝えられた場所まで来た。町はずれの小さな家だ。壁に大きく穴が空いている。
「ちょっと待っていてくれ」
流石に全員が入ると狭いので俺だけで中に入る。ほとんど風化していて、石と金属の部分しか残っていない。海藻や珊瑚が我が物顔で住処としている。
家の中を捜索すると、一番奥の部屋に箱があった。金属でできているため、かなり風化しているが原型を保っている。開けようとしたら鍵がかかっているのか蓋が引っかかった。仕方なく正宗で叩くと、あっさりと箱は開いた。
中にあるのは、本だった。
「え、本?」
俺は目を疑う。何百年も前の本が海底で形を保てているはずがない。本を手に取る。ありえないはずだが、紛れもなく本だった。材質も普通の紙でできているように見える。
表紙がかすれていてタイトルは読むことができない。中を開こうとしたが微動だにしない。まるでレンガのように固い。どれだけ力を入れても本を開くことができない。
ゲームではユースタスに物を取ってくることを頼まれることなどなかった。だから、俺はこの家がユースタスの家ということも知らない。元々アトランティスが陸にあったこともゲームでは出てこない。あくまで海底にあるエリアというだけの扱いだ。
俺は基本的にゲームではそのフィールドをくまなく探索しアイテムを入手する方針だ。後で訪れることができない場所に貴重なアイテムがあれば目も当てられないからだ。
アトランティスも全て探索したが、この本の存在は知らない。恐らくゲームではこの箱はオブジェクトであり、開けることができない仕様だったのだろう。
ユースタスがこの存在を知っていたということは、この本はアトランティスが陸上にあった時から存在したことになる。遥かな昔から水中で本が現存し続けるなど普通なら考えられない。
ユースタスに本というのも似合わない気がする。昔の海賊は読書をしていたのだろうか。LOLで本と言えばグランダル王立図書館の司書メーテルが思いつく。
本が大好きで仕事もそっちのけで読書を耽っていて、よく館長に怒られているというキャラだ。戦闘では使い物にならないほど弱いのでパーティに入れる人はいない。
ゲームではそもそも本を読むということができなかった。現実的に考えて図書館にある何万冊というデータを実際に用意するわけにはいかない。何冊か調べられる本があったが、それも数行で終わる分量だ。
ネロはグランダル王立図書館の本を全て読み切ったと言っていた。現実になった世界ではゲームでは読めなかった本を読むことができる。そこには俺達プレイヤーが知らない情報が隠されているのかもしれない。
今まであまり意識していなかったことを反省した。俺のアドバンテージはゲームでの知識だ。ネロに知識の面で負けてしまえば不利になる。
俺はそんなに読書が得意ではないのでネロのように全て読みきるなんて芸当はできないが、今度時間があるときに図書館でも行ってみるか。全ては無理でも歴史関係なら調べてみる価値はあるかもしれない。
それにグランダル王立図書館の禁書庫にある本も気になる。メーテルの固有イベントで禁書庫に入り、禁書を開くことで本の悪魔とボス戦になり、勝利することでイベントクリアとなるものがある。他にも禁書庫にはいくつも本があった。ネロもあの場所には立ち入れないはずだ。禁書にどのような本があるのが興味がある。
とりあえず俺は本を仕舞う。本のことは帰ってからユースタスに聞けばよいだろう。俺は仲間のもとへ戻った。
「待たせたな、そろそろ先へ行こうか」
アトランティスの地下には球状の巨大な空間がある。何に使われていたかは不明だが、そこにこのアトランティスのボス、リヴァイアサンがいる。その怪物の腹の中に俺が求める知性のサファイアがある。
あの部屋に入ると自動的に扉が締まり逃げることができなくなり、戦闘が始まる。リヴァイアサンが無理ゲー過ぎるのは『水流操作』のスキルが原因だ。
水流を自在に操ることができるというスキル。何かに捕まっていないとリヴァイアサンに自由に身体を動かされてしまう。回避どころか攻撃すらできないので、まともに戦闘にならない。
英雄ですらソラリスを諦める原因の1つ、水中戦闘では絶対的な強さを誇るリヴァイアサンを倒しに行こう。