大渦の中
「俺達の魂は……海に戻った……既にその頃には俺達の肉体は骨になっていた、それが……アンデッドだ、魂というものは基本的に元々の肉体に定着する……相性というものがあるようだ……他の者の肉体では拒否反応を起こすらしい……だが、あの死霊術師は……」
アトランティスを襲った一味の1人のことだ。ユースタスは先程人智を越えた死霊術師と言っていた。
「あの死霊術師は……魂を……モノに定着させていた……当時はその異常さが分かっていなかった、後から知ったが、それはまさに不可能なこと……死霊術においてそんなことができるのは神の領域らしい」
「かなり死霊術に詳しいな」
俺は正直驚いていた。ゲームでは決まった会話しか用意されていないから、ユースタスからこんなことを聞き出すことはできなかった。ただの海賊の知識を越えているように思える。
「カカカ……ただの受け売りだ……俺の船にはその辺に詳しい奴がいてな、俺もアンデッドになってから知った」
俺は誰のことか想像したが思いつかなかった。ゲームではデッドマン号の探索も行ったのだが、思い当たるキャラがいない。
「結局、俺はこの呪われた海域に閉じ込められ……好きだった酒すら飲めない身体になった」
「ブラックはどうするんだ? アンデッドにするのか? それとも記憶の泉を使うのか?」
ユースタスの手が止まった。俺はきっと彼が知っていると思って記憶の泉のことを聞いてみた。これだけ物知りなら知っているだろう。
「よく……知っているな」
記憶の泉は奈落の奥地に存在する。その泉に魂を入れると、その魂に刻まれた記憶から、かつての肉体を作り出すことができる。もちろん、損傷していない完璧な形の魂でなければ不可能だ。俺はゲームでその泉を使って、あの男を復活させた経験がある。一番奥地から自力で奈落を脱出しなければならないので、とんでもなくハードルは高い。
「それは……あいつに決めさせてくれ……生者だろうが死者だろうが、俺はもう一度、あいつに会えればそれで十分だ」
「分かった、俺が必ず奈落からブラックを連れ戻す」
どのみち奈落には必ず行くことになる。奈落攻略はとてつもない無理ゲーだが、また不可能を越えていこう。
どこからかむせび泣く声が聞こえた。振り向くと、ジョーンズが号泣している。
「ぐすっ、ユースタス船長、なんて悲しい話なんだ、ぐす」
ジョーンズは涙を流しながら、ユースタスに近づく。
「ぐすっ、俺は、海賊として、あんたの気持ちがぁ……」
そのままバタンと倒れた。瘴気を吸い込みすぎたようだ。
「「「船長!」」」
そのまま、慌てた船員達に運ばれていった。
「その……すまん」
瘴気を止めることができないユースタスがまた申し訳なさそうな顔をした。結構気にしているらしい。船員達がジョーンズを引っ張って瘴気の届かないところで介抱している。
ユースタスは話を戻す。
「……海底都市に行ったら……昔の……俺の家に行ってくれないか、もうほとんど朽ちているだろうが……取ってきてほしいものがある」
「分かった、場所を教えてくれ」
ユースタスは自分の家の場所を説明した。どれだけの時間が流れようと、ユースタスの記憶は薄れていない。まるで、アトランティスがかつて地上にあった時の光景を思い描いているようだった。
「さすがに……もう……アトランティスを襲った奴らは死んでいるだろう……時が経ちすぎた、俺には結局復讐する機会も与えられなかった」
「じゃあ、気晴らしに話に出てきたヘビを俺が倒してくるよ」
「……まだあの怪物は生きているのか」
「ああ、海底都市の中にいる」
「カカカ……なぜ知っているのか分からぬが……もしそうなら、ぶちのめしてきてくれ」
「任せてくれ」
知性のサファイアを手に入れるためには、リヴァイアサンを避けては通れない。多くのプレイヤーがソラリスを諦める要因になった怪物だ。
水流を自在に操ることで、回避不能にしてくる英雄の天敵。どれだけ優れた回避術でもリヴァイアサンには通用しない。水の中においては、天界のポセイドンと並ぶほどの強敵だ。
「……レンは不思議な人間だな」
「不思議か?」
「ああ……俺とゲームをしたとき、お前は奈落に送られることを既に知っていた」
「それは魂が抜かれると奈落へ行くと聞いたことがあっただけだよ」
「そして……魂を抜かれても復活してみせた、他の人間とは違う」
ユースタスは自身の白骨化した手を見つめた。
「アンデッドして……長い時間、この暗い海を彷徨っている……諦めかけていたが……お前のような者と出会えた、運命とは分からぬものだ」
LOLには悲しみが満ちている。多くの人が苦しみながら生きている。イベントのシナリオライターの好みなのだろう。ゲームでは救われないことの方が多い。
だけど、これは現実だ。ゲームではできなかった選択が可能。だからこそ、俺は悲しい結末を変えていきたい。別に正義の味方を気取ってはいない。全員を救うのが無理なことぐらい百も承知だ。
俺のできる範囲で、悲しいシナリオを捻じ曲げる。俺はハッピーエンドが好きだから。
しばらくして、俺達は目的地に到着した。海に巨大な大渦ができている。この大渦だけは海に落ちても、白い手が現れない。この渦に飛び込んで飲み込まれれば自動的にアトランティスまで移動することができる。
「ありがとう、ユースタス」
「カカ……礼などいらん……あの憎きヘビを殺し……同胞の仇を討ってくれ」
「任せてくれ」
俺は1つ思い出して意識を取り戻したジョーンズに声をかける。
「ジョーンズ、時計を1つ貸してくれないか?」
「時計か? 別にいいが、どうしてだ?」
「この海域は暗いし、海底都市では太陽の光が届かない、時間の感覚が麻痺するからな」
「ほら、これでいいか」
俺はジョーンズから使い古した懐中時計を受け取った。
「ありがとう、戻ってきたら返すよ」
俺はジョーンズにお礼を告げ、仲間達に向き直る。全員準備はできている。持続の腕輪による効果時間無限化によりエアーシードの効果時間を伸ばしている。
「よし、アトランティスに行こう」
「この海に飛び込むんだろ? ちょっと勇気がいるな」
「ギルは慎重すぎだぞ! レンが大丈夫と言っているんだ、それだけで安心だろ」
俺は先頭に立ち、目の前の大渦を見つめた。船は巻き込まれないようにぎりぎりの位置をキープしている。黒い海がうねりを上げている。
俺は船の手すりに足をかけ、思い切り飛び出した。空中を舞い、海面に衝突して視界が黒く染まる。この暗い海では水中で何も見えない。
息ができることに安心する。しっかりと水中耐性がついている。自分ではどうにもならない力によって、引っ張られていく。流れが急だ。もはや泳ぎなどではどうにもならない。
俺はリヴァイアサンの『水流操作』を思い出した。今と同じように、捕まる所がなければ人間は水の流れに逆らうことができない。自在に水流を操作され、回避などままならないし、攻撃すら不可能。その中でリヴァイアサンの膨大なHPを削り取る必要がある。英雄達でさえ投げ出す無理ゲーだ。
より深く吸い込まれていく。他の仲間達がどこにいるのかも分からない。
視界が全くない漆黒の世界。どこか俺が集中状態に入った時の光景に似ている。自然と思考が深まっていく。
裏設定。それがLOLにおいて俺の知らない情報だ。それはゲームに実装されていない、プレイヤーが知り得ない情報。
ユースタスの話はゲームでは聞くことができなかった。かつてアトランティスを襲った集団。人智を越えた死霊術師。
現実だからこそ、その裏設定にこの世界を生き抜く鍵があるかもしれない。これからは裏設定も積極的に情報収集するべきだな。
身体は更に深海へと沈んでいく。それにつれて集中力が高まっていく。
俺はこの世界のことを考えた。生き抜くことに精一杯で、中々考える暇がなかった。俺がここに来た理由、なぜLOLは現実になったのか。
気がついたらグランダル王城にいて、巨神兵のチュートリアルが始まった。それまでどこで何をしてのか、どうしても思い出すことができない。
ハルの言葉を思い出す。記憶が阻害されていると言っていた。俺にもその感覚がある。
俺は何か大切なことを忘れている。俺にはこの世界でやるべきことがある。
その失われた記憶を手に入れれば、この世界の秘密が分かる気がした。