死者の理
俺はユースタスのゲームに勝った。これでユースタスが味方になってくれる。ユースタスは戦闘能力がかなり高いキャラクターだが、パーティに加えるつもりはない。濃密な瘴気を常に垂れ流すため、周りのメンバーのHPが削られ続ける。
仲間の方を振り向くと、ユキが泣いていた。
「ユキ、どうかしたのか?」
俺が問いかけるとユキは涙を流したまま、首を横にふった。
「なんでもないわ」
「……旦那が魂を奪われて死んだと思ったのさ」
ギルバートが補足する。そうか、俺のために泣いてくれているのか。
俺は全て計算の上で勝算があって行ったことだが、それは他の仲間達には分からない。俺の行動が仲間に心配をかけていたようだ。
「悪かったよ、ユキ」
「信じてたけど……少しだけ心配だっただけよ」
涙を袖で拭っている。反省しないとな。俺はもう1人じゃない。心配してくれる仲間がいる。
「次からはこうゆうことは前もって言うことにするよ」
俺はユキの頭をぽんぽんと叩いた。
「私も心配したぞ!」
フレイヤはそう言って、俺に抱きついた。柔らかな感触が伝わる。
「フレイヤ、だめ、離れなさい」
ユキが急に元気になって、フレイヤを引き離そうとする。
「やだな! 離さないからな!」
俺達がそうやって騒いでいると、急に瘴気が漂ってきて、ダメージを受けた。ふと気づくと俺達のやり取りをユースタスがじっと見たまま、待っていた。
「……お構いなく」
この髑髏船長、見た目に似合わず空気を読もうとしている。俺は気恥ずかしくなり、フレイヤを引き離して、話を先に進めることにした。
「ユースタス、俺達の目的は海底都市アトランティスだ、連れて行ってもらえるか?」
「……いいだろう、今は海底都市と呼ばれているのか」
ユースタスが手で合図を送ると、海賊スケルトンが何体か幽霊船からこっちに降りてきた。1人が鎖の先にフックがついたようなものをジョーンズの船に引っ掛ける。
「……俺の船で引いていこう」
ジョーンズの船が巨大なデッドマン号に引かれながら動き出す。
他の海賊スケルトンが椅子やら机やらをこっちの甲板に用意し始める。少しコミカルにも見える。ユースタスは用意された椅子に座った。
「到着までは……時間がかかる……少し話をしないか」
「そうだな」
「申し訳ないが……俺達アンデッドには食事という概念がない……歓待はできん」
こんな濃密な瘴気の中で食事なんて普通は喉を通らない。俺も用意してもらった椅子に座る。ユースタスの瘴気のせいで常にHPが減り続けていく。他のメンバーは椅子に座ろうとしない。
「あ……やっぱりそうか……悪いな……これ、止めようと思っても勝手に出てしまうのでな」
ユースタスは他の者たちが椅子に座らない理由を悟って、ちょっとしゅんとした。さっきまでの威圧が全くなくなっている。
「それで……ブラックを助けてくれるのか」
「ああ、俺はブラックを奈落から連れ出すつもりだ」
「なぜ……ブラックのことを知っている?」
「ああ、ええと、説明すると長くなるから、あまり聞かないでほしい」
ゲーム知識とは流石に言えない。
「そうか……」
俺は話せる範囲で、奈落に行く理由を話した。各地の宝石を集めていること、その1つが奈落にあること、今から海底都市に向かうのもその宝石を手に入れるためだと。
「カカ……奈落へ行くなど……酔狂な奴だ」
ユースタスが俺の左腕を見た。
「ほう……我が宝を見つけたか」
「あ、これか、その……見つけたんでもらった」
「別に良い……もう俺は陸地には上がれないからな」
大海賊の契。あの財宝を隠した海賊、船長ユースタスと副船長ブラックの2人がしていた腕輪だ。
「レンは……死者の理を知っているのか?」
「いや……何のことだ?」
「暇つぶしに教えてやろう……俺も全て聞いた話だがな……そもそもアンデッドとは何だ?」
何だと聞かれても、ゲームでは当たり前のように存在するから考えたことがなかった。
「えっと、死んだけれど未練があって、この世に戻ってきたみたいな感じ?」
「カカ……世間の認識はそんなものだろうな、普通なら……死ねば魂は空中に散らばる、青い色の光を見たことがあるだろう」
敵を倒すと発生する青い粒子。ただのエフェクトだと思っていたが、魂が可視化したものだった。俺達プレイヤーには分からない裏設定か。少し興味深い。
「だが……ただ死ぬのではなく、魂そのものを抜き取られることがある」
「さっき、ユースタスが使った技だな」
「ああ……その場合、魂は奈落へと移動する、その魂は再利用することができる」
「再利用されたものがアンデットか」
「そうだ……俺とブラック……いや、俺の海賊団、全員が魂を抜き取られ奈落へと連れていかれた、今でも覚えている……あの黒い奴らだ」
瘴気が怒りにより少し濃くなった。ユースタスの固有イベントはクリアしていないから、俺も詳細は知らない。
「俺達がアトランティスに帰港していたとき……奴らが来た」
遥か昔の話であるはずなのに、ユースタスの怒りが強く感じられた。きっと彼の中ではその時からずっと時が止まっているのだろう。
「そいつらは圧倒的な力を持っていた……巨大な大剣を軽々と振る鎧の大男、強力な闇魔法を使う少女、そして、特に群を抜いて強かったリーダー格の若い剣士、奴らはアトランティスを海底に沈めた……俺達は友人も家族も全てを失った……剣士の男は海にヘビのような化け物を放ち……次々と俺達の船を沈めた」
海底都市アトランティスの失われた歴史。そのヘビというのが、この後俺達が戦うことになるあいつのことだと想像できた。
「俺達は戦った……剣士の男はとにかく強かった……俺とブラック2人がかりでも止められなかった、そいつの一味にもう1人……人智を超えるほどの死霊術師がいた」
死霊術師。魂を操ることができる特殊な技能を持った者。
「不思議な奴だった……なぜか俺達を見て泣いていた……何度も戦いをやめるように味方を説得していた、敵にも関わらず街の人間を守ろうとしていた」
一瞬、俺の知っている死霊術師かと思ったが、さすがに時代が違い過ぎる。当時から生きているはずがない。
「だが結局……その死霊術師が俺達全員の魂を奪った……腕の良い死霊術師は魂をほぼ完璧な状態で保管できるらしい……だが、そいつは保管もせずに……俺達を奈落に送った、魂が損耗していない状態ならば……生き返る術があるのにな」
カーマインの奥さんのことを思い出し少し辛くなった。ベルゼブブによる『黄泉がえり』のスキル。損傷した魂で行った結果、彼女は一瞬で砂となって消えた。
「あとは単純だ……俺は奈落で悪魔と契約してアンデッドとして蘇った」
悪魔は絶対的な力を持つ。彼らは契約を勧める。ベルゼブブがカーマインにしたように。そして、悪魔と契約する代償は大きい。
「代償はあったのか?」
「ああ……レンは悪魔のことを知っているようだな」
「ちょっと前に蝿の悪魔は倒したばかりだ」
「カカカ……真か……悪魔を倒せる者など聞いたこともない」
ユースタスは楽しそうに笑った。多分俺がベルゼブブを倒したことを信じていない気がする。
「悪魔という奴は信頼できない……俺はあっさり騙された……俺は海賊団皆でもう一度海を旅したいと要求した」
悪魔は嘘をつかない。だが、奴らはあえて事実を伏せる。絶対に信じてはいけない。
「代償に俺の……一番大切なものを差し出すように言われた……俺にはそれが何かわからなかった、だが承諾した、たとえ俺の命でも、俺の財産でも、何でもくれてやると思った」
一番大切なものか。大切なものは多くある。その中で本当の一番というのは、きっと自分でも気付けないのだろう。
「それがブラックか」
「ああ……俺の一番大切なものは……ブラック……あいつだった」
これがブラックが奈落に取り残されている理由だ。