脱走
壁抜けはゲーマーの夢だ。壁抜けをすることが出来れば、多くのことが可能になる。
古今東西、あらゆるゲームで壁抜けをしようと努力を重ねたゲーマーたちがいた。
このLOLにももちろん壁抜けのテクニックがある。しかし、今はまだ壁抜けの条件を満たしていない。
だから今からスキルを使って他の方法で脱出する。よく『イリュージョン』を使えば移動できると思われるが、イリュージョンは閉鎖された空間で行えば、その空間内でワープしてしまうため、脱出できない。
俺は牢屋の鉄格子に立ったまま左肩を密着した。そして、あるスキルを使用する。
これは反対側から鍵を開けられる場合、どんなドアでも解錠が可能な裏技だ。通称『ドッペルピッキング』
俺が『ドッペル』を使用すると、残像が俺の左側に飛び、そこに俺と全く同じ人間を作り出した。
『ドッペル』は必ず左側に分身が現れる。そのため、左肩をドアに密着させれば、そのドアの向こう側に分身を現わせることができる。
そして、この分身は俺と全く同じ動きをする。俺は分身の動きを見ながら、外から鍵を開ければ良い。
今回は鉄格子から分身の姿が見えているから余裕で操作できる。ゲームでは向こう側が見えないドアを手探りで開けていた。
ドアの前で変なジェスチャーをしている形になり、どの動きで鍵を開けられるかはネットで一時期話題になった。
俺は数歩下がり、鍵束の所に到着し、後ろに向かって手を伸ばし、その鍵束を掴もうとした。
その時、手に鍵束とは違う感触がした。まあ鍵束を持つのは分身だから、当たり前だが。その感触は柔らかく暖かく、いつまでも触っていたいと思えるほど心地よいものだった。
俺は後ろを振り向く。そこには愛しい仲間からの軽蔑の目があった。
『ライトニング』
リンの可愛い声が響き渡った。
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俺たちは牢屋を脱出した。初めて電撃というのを体験した。あれはやばい。二度と受けたくないと本能に刻まれた。
国民的電気ネズミさんって最強じゃないかなと思うくらい、電撃は苦痛だった。
そもそもラッキースケベは仕方ないと思う。主人公補正が働いているんだからラッキースケベの一つや二つ大目に見てもらいたい。
得たものは貴重だったが、あの苦痛とは釣り合わないと思う。HPは大丈夫だったが、死ぬかと思った。
俺は気を取直し、まずは武器の奪還を目標に動く。そもそも魔剣ダイダロスを取りにきたのに、それを持ち帰らないという選択肢はない。
そう考えていたら、同じ建物の隣の部屋に置かれていた。結構セキュリティが低い。セコ○が必要だ。
俺たちは武器と冒険者鞄を身につける。今まで触れて来なかったが、他のゲーム同様に冒険者鞄は、異空間に繋がっており、いくら物を入れても体積が増えない。念じながら手を入れるとほしいアイテムを取り出すことができる。
準備をしていると声が聞こえてきた。どうやら外の話し声か窓越しに聞こえるようだ。俺たちは動きを止めて耳を澄ました。
「本当に何が起こってるんだろうな、ゼンさんもやられたなんて、敵はよっぽどの手練れだぜ、もう勝てるのは族長のヤナギ様ぐらいだろう」
「まあな、ヤナギ様の次はサスケかシリュウってところか」
「あの2人もたしかにそこそこ強いが、やっぱりヤナギ様と比べるとかなりの差はあるよな、次点はやっぱりサスケだな、シリュウと比べるとサスケに軍配が上がるだろう」
俺は声を聞きながら、シリュウがわざと実力を隠しているのだと分かった。シリュウがサスケと同等のはずがない。何よりシリュウは既に里の強者達を単独撃破し続けている。
俺たちは音を立てないように部屋から出て、入り口に向かう。さすがにここには見張りがいた。それに外は広場のようになっており、見通しが良い。外に出たらすぐに見つかるだろう。
「よし、俺がイリュージョンで外に出て陽動する、その隙に2人はこの建物の裏手に周って逃げてくれ」
密閉空間ではイリュージョンはその中でしか移動できない。しかし、入り口が空いていれば別だ。ここのドアは開けられていて、外の様子が見える。イリュージョンを使えば高確率で建物の外に移動できるだろう。
「気をつけてね、レン」
俺は頷いてスキルを発動する。
『イリュージョン』
身体が青い残像を纏う。そして、一気に景色が変わった。
俺はすぐに場所を確認する。運良く、建物裏手の茂みの中に移動したようだ。見張りの目の前に移動しなくて良かった。
太陽が沈みかけ、辺りは赤い夕日に染まっている。空にはうっすらと月が見え、その月も紅く光っていた。
俺は木々の間を縫うように中腰で迂回して、丁度良い位置まで来ると、タールを撒き散らし、【ファイアーボール】を放った。
炎は一気に広がり、煙が上がる。火で騒ぎを起こして、その間に逃げる作戦だ。
俺は身を伏せながら忍者たちがこちらに集まってくるのを確認した。この騒ぎでリンとポチが逃げ出せていることを願いながら、『イリュージョン』を発動する。
また景色が変わる。そして、ぞっとした。1人の忍者の真後ろに出てしまった。その忍者は火事が起こったと思い、前方を向いている。
一瞬サスケかと思ったが、後ろ姿が似ているだけでサスケより背が高く、体格が良い。それに服装が少し他の忍者より豪華な気がする。
俺は周りを見渡すが隠れる場所がない。イリュージョンのクールタイムが終わるまで音を立てないようにするしかない。
「むっ、この気配は?」
その忍者が急に振り向いた。
「気のせいか」
俺は息を止め、震えていた。古典的だが、相手の背中側にぴったり張り付き、振り向くタイミングで同時に移動したのだ。
こんなのに気づかないなんて、忍者って意外と間抜けだ。
「って、気づいてるわ!」
ノリ突っ込みと同時に刀が振られ、俺は咄嗟に回避した。
「むっ、今のを避けるか、中々やるな」
俺は震えていた。今のは本当に危なかった。英雄の本能で考える間もなく身体が動いただけだった。
「お前が里の外で捕らえたと聞いていた男か、俺はヤナギという、もしお前が犯人なら次に狙うのは俺だろう、今ここで相手になるぞ」
俺は全力で首を振った。
「濡れ衣です、無実です、戦う気なんて一切ありません」
ヤナギは鋭い目のまま、戦闘態勢を崩さない。
「今までやられた奴らは皆、強かった、そう簡単にやられたとは思えん、油断を誘う相手だったのだろう」
明らかに俺を疑っている。くっ、虫も殺せないようなこの好青年フェイスが仇になった。
「いやいやいや、ちょっと話し合いましょうよ、俺は本当に近くを通りかかっただけで」
ヤナギの目力が更に強まった。
「お前、何かを待っているな、時間を稼いでいるように思える」
鋭すぎる。そう、俺は待っている。見抜かれはしたが、もう時は来た。クールタイムが終わった。
『イリュージョン』
逃亡する時にここまで有益なスキルはない。ランダムなので多少運が絡むが、相手にこちらを見失わせることができる。
俺の周りの景色が変わる。幸い、ヤナギの姿は見えない。俺は位置を掴み、里の外へと疾走した。
「こっちです」
横から声が聞こえ、そちらを向くとイズナが手招きをしていた。俺は迷わずイズナの下に向かう。俺はゲームでイズナの性格を知っている。彼女は決して人を騙したりしない。
「里の入り口は封鎖されてます、逃げるなら東の洞窟からじゃないと」
イズナはそう言って、道のない山道を忍者らしく器用に疾走し、俺を先導した。
途中でリンとポチの姿が見えた。俺の陽動の隙に逃げだせたようだ。彼女達も途中でイズナに案内してもらっていたのだろう。
「ここをまっすぐ行けば洞窟があります、山の向こうに繋がってるので、繋がってるのでそこから逃げて下さい」
「どうして、俺たちを助けるんだ?」
俺が投げかけた疑問にイズナは笑顔で返した。
「私、人を見る目は自信あるんです、リンさん達と話して、この人たちは絶対悪い人じゃないって思ったんです、さあ早く行って下さい」
まさに女神のように慈悲深い。俺は思わずイズナを抱きしめそうになったが、リンに腕を引っ張られた。




