表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第5章 英雄の意志
279/370

奈落



目の前にはくすんだ赤色の壁がある。



ここからは時間との勝負となる。壁の赤い洞窟の中を疾走する。体が重い。レベルが1まで下がっているからだ。服装は同じだが、武器や腕輪も持っていない。レベルもアイテムをここに持ち込むことはできなかった。



ここは奈落だ。普通に死んだ場合はゲームオーバーだが、魂を奪われると奈落に移動することができる。



奈落に行ける機会は貴重だ。俺はわざとユースタスに魂を奪わせてこの奈落に移動した。奈落にはソラリス復活に必要な夢想のアメジストがある。



今は時間がないので夢想のアメジストを手に入れることはできない。奈落にはまた正規の方法で訪れる必要がある。しかし、先に内部に侵入することである仕込みを行うことができる。それをしておくだけで、次に奈落に来たときの攻略難度が大幅に変わる。



奈落には2種類の方法で行くことができる。1つは正規ルート、命があるまま生者として侵入する方法、この場合はアイテムなどの持ち込みも可能だし、レベルも下がらない。もう1つが魂を奪われるルート、今回のユースタスなどのイベントを利用したものだ。



後者は基本的にゲームオーバーと同義だ。ゲームでも奈落の探索はできたが奈落のモンスターに常に狙われる。殺されればゲームオーバー。何とか逃げ延び続けても、奈落からは出ることができないのでゲームを進行させることができなくなる。超難度の隠しダンジョンである奈落を先に見せることで、正規の方法で訪れたときにプレイヤーに思い出させるという粋なはからいだ。



正確には一部の悪魔を倒せば外に出ることができるが、レベル1状態でしかもアイテムも何もなしの状態では勝てるわけがない。



「もう見つかったか」



俺の背後に壁と同じ色の赤いローブを被った奴が追ってきている。赤いローブからはミイラのような黒い手足が伸びている。明らかに人間ではない。その足は異常に細く長い。亡者と呼ばれていて、この奈落ではそこら中にいる。



ステータスが下がっているため、回避もままならない。俺は全力で逃げる。頭の中に覚えている奈落の地図を浮かび上がらせる。目的地まで俺の計算上ではたどり着けるはずだ。



あと1つ角を曲がったらその目的地だ。違う方向から別の亡者の声が聞こえた。別の2体が俺に気づき、追いかけてくる。



曲がり角を越え、目的地を確認する。しかし、そこには予想外な存在がいた。



「あらあら、見慣れない顔の坊やね」



シルクハットに白塗りの肌。不健康な深い隈を持った痩せた長身の人物。長い髪は緑色をしている。



やばい奴に見つかってしまった。運が悪すぎる。こいつはいつも奈落をふらふらしているが、何もこんな時に出会わなくても良いんじゃないかと文句を言いたくなる。



メフィストフェレス。奈落に棲む悪魔の1人。ゲームでは奈落で遭遇したら逃げることが推奨されている。戦闘の仕方が特殊であり、悪魔の中でもかなり強い。今戦闘になったら、文字通り瞬殺される。



「あなた、お名前はなんていうのかしら?」



メフィストフェレスはお姉系の口調で喋るキャラだが、性別は男という設定だ。奈落では関わってはいけない危険人物。ただ救いなのは他の悪魔とは違い、すぐに戦闘になることはない。ある程度会話が通じる相手だ。



他の悪魔は場所が大体決まっているから、ふらふらしているメフィストフェレスとの遭遇は単純に事故に遭ったようなものだ。



「ちょ、ちょっと今追われてまして!」



「あらあら、可哀想に」



メフィストフェレスが手をパンパンと叩いた瞬間、亡者達は紫の炎に包まれて絶叫し始めた。一瞬で灰へと変わる。



「これでゆっくりおしゃべりできるわよ」



「あ、ありがとうございます、先にここにいるブラックさんと話していいですか? その後、お話させてください」



「あら、ブラックちゃんのお友達なのね、いいわ、私はここで待っているから、必ず来てね」



ウインクを飛ばしてくる。言葉の裏に絶対逃さないからというニュアンスが込められている気がする。



俺は岩肌にできた穴に入る。中には壁にもたれて座り込んでいる海賊姿の男がいた。薄汚れているが、目だけは力がこもっている。黒髪が肩まで伸び、頬や額には切り傷があった。



「何だ?」



彼に会うことが俺がここに来た理由だ。とにかく時間がない。伝えることだけを優先する。



「俺はレン、ユースタスの知り合いだ、君をここから連れ出すために来た」



ブラックの目の色が変わった。



「はは、ユースタスか、久しぶりにあいつの名前を聞いたな」



「時間がない、今から俺の言うことを聞いてくれ」



俺は早口で、奈落でブラックにやっておいて欲しいことを並べ立てた。



「……ああ、意味は分からないが、やることは分かった」



俺の身体が光に包まれる。時間が来てしまった。



「ブラック、俺はもう一度ここに来る、待っていてくれ」



「お前はこの奈落から出ていけるのか? ならユースタスに伝えてくれ」



酒の空ビンを持ち上げる。



「バッカスの酒は足りてるかってな」



「ああ、伝えておくよ」



俺の身体が消えていく。



「もうお話は終わったかしら?」



メフィストフェレスが急に背後から現れる。



「あら、何よ、これ」



首を捻って半透明の俺を見た瞬間、俺が反応できない速度で喉にメフィストフェレスの右手が通過した。既に消えかかっていたため、攻撃はすり抜けた。あと少し早ければ俺は即死していた。



「どんな手品かしら、悪い子ね、あとでお話しようって約束したのに」



俺は光に包まれる。本当に危なかった。



「……私、こう見えて結構しつこいのよ」



最後にメフィストフェレスは舌なめずりをして、俺を見つめていた。











ーーーーーーーーーーーーーー



俺は意識を取り戻す。目の前にはユースタスの姿があった。



無事にバクバクの『リバース』で戻ってこれたようだ。俺は最初から魂を奪われるつもりだったから、バクバクに効果時間ぎりぎりで『リバース』を使うように指示をしていた。



俺が奈落にいることができるのは、バクバクが『リバース』を使用するまでの僅かな時間だった。既にこのイベントで奈落のどこに移動するかは知っていたので、何とかブラックに伝言を残すことができた。



「赤い炎は8個になった、俺の勝ちでいいな」



ユースタスが灯っている赤い炎を見回す。



「……何を言っている、お前は青い炎を失った」



「そっちこそ何を言っているんだ、ルール説明のときに、赤い炎を8個灯せば俺の勝ちだと言っていた、青い炎を失えば魂を奪うとは言ったが、負けとは言っていない」



「……詭弁だ、分かっているのか? 力関係を」



「ああ、やっぱそうなるか、なら教えてやるよ、俺は奈落でブラックに会ってきた」



明らかにユースタスに変化があった。眼窩の光が強くなる。



「なぜ……ブラックのことを知っている……もし嘘ならば……お前を八つ裂きにするぞ」



ユースタスは明らかな疑心を浮かべている。俺はその反応を見ながら続けた。



「伝言を預かった、バッカスの酒は足りてるか?ってな」



ユースタスの身体が震え始める。カタカタとせわしなく骨がこすれ合う音が響く。



「カカカ……カカカカカカ! 実に奴らしい!」



「俺はいずれ奈落へと行くつもりだ、約束するよ、ブラックを奈落から連れ出す」



ユースタスの感情の高ぶりによるものか、身体から一気に瘴気が吹き出した。



「カカカカカカ! カカカカカカ!」



瘴気の渦が強風のように吹き荒れる。ダメージを受け続けるか、そこに悪意は感じない。瘴気の嵐が収まると、ユースタスはゆっくりと俺に近づいた。



「小僧……いや……もう一度名前を教えてくれ」



「レンだ」



ユースタスは歓迎するように両手を広げた。空洞となった肋骨から瘴気がこぼれている。



「レン……認めよう、お前の勝利だ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ