救世主
ーーーー大神官ーーーー
彼は神が送ってくれた救世主かもしれない。
私が長年かけて準備してきた計画を信じられない速度で進めている。人間離れしていると言わざるを得ない。
ネロはソファに座りながら地図を見渡し、ボードゲームの駒を1つその上に置いた。次の戦略が決まった。恐ろしくなるほど全体の状況を理解し、どこで何が起こればどのような影響になるかを正確にとらえている。まるで未来を予知しているようにも見える。
私の計画は本当ならもっと長い時間がかかるはずだった。麓の街を焼いたのが初めの一歩。そこからも困難な道のりが続くはずだった。
ネロのおかげだ。話していて彼が私を利用しようとしていることが分かった。それでも私はネロを信じ、計画を打ち明けた。彼は楽しそうに私の計画を聞いてくれた。そして、次々と私が思いつきもしなかった策を提案した。
私は自分が賢い人間だと自負している。それは驕りでも何でもなく、他者と比較したときに感じた事実だった。
その私が長年練りに練り上げた計画をネロは一度聞いただけで何倍も早くゴールに行き着く道を見つけ出した。見えている世界が私とは違う。
本当の天才というのが、この世にいたのだと思い知った。
「ネロ君、私の目的は既に話したと思うが、君は何を望んでいるんだ?」
ネロは楽しそうに窓の外を見た。相変わらず外では極寒の吹雪が吹き荒れている。ネロの視線はその吹雪の先の誰かを見ているようだった。
「ある友達への興味です」
ネロは金や地位、名誉などの俗物に支配されていない。どこまでも純粋な目をしている。だから、私は彼に共感ができたのだろう。
「よく分からない回答だな」
「良いんですよ、僕だけが分かっていれば、さあ、あともう少しがんばりましょう、復活祭の日は近いですよ」
ああ、その通りだ。ようやく私の悲願が成就される。長年このためだけに生きてきた。
私はやっと……。
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俺達はグランダル王国郊外に飛空艇を停めた。必要なものを準備して出発する。目的地は深い森の中だ。
「ねえ、レン、本当に今から向かう場所で強くなれるの? 私達もう300レベルを超えてるけど……」
「ああ、問題ない、俺達は全員が更に強くなれる」
リンの懸念は最もだ。俺達はもう300レベルに到達している。どのモンスターを倒してもまともに経験値なんて得られない。これ以上のレベルアップは見込めない。
だが、レベルアップ以外でも強くなる方法は存在する。ゲームではできなかった方法だが理論的には可能なはず。すでに実験をして検証した。
森の中を進むと洞窟の入口があった。そこに2人の黒い服の男が立っている。どうも見張りのようだ。
俺達が姿を見せると、見張りの男達は警戒して武器を構えた。
「止まれ! お前達、何をしにここに来た!」
「こんにちは! 俺達怪しい者じゃないんです」
「止まれと言っているだろう!」
「まあまあ、そんなに怒らないでくださいよ」
見張りの1人が俺に剣を振るう。それをあっさりと躱して、俺も抜刀した。
「ただここを占拠しにきただけです」
俺は一瞬で2人を倒し、そのまま洞窟の中に入っていく。
中にも同じ黒装束の男たちがたくさんいたが、俺達のパーティの敵ではない。あっさりと殲滅した。
「トップがいなくなっても組織は継続するんだな」
俺はそんな感想を漏らしながら洞窟の一番奥に行く。そこには大きな金属製の扉とパネル装置があった。ここが目的地だ。
エルザイベントで訪れることになる反乱軍のアジト。俺はエルザイベントをゲームとは違うシナリオで進めたため、ここに来ることはなかった。カーマインを倒した後も、ここの連中は活動を続けていたのだろう。
「よし、じゃあちょっと仕込みをしてくるから待っててくれ、多分1時間くらいかかる」
この扉の先に俺達を助けてくれる貴重な存在がいる。俺は扉に近づき、左肩を押し当てた。『ドッペルスイッチ』を利用して部屋の中に入る。
白い体毛を持つ巨大なゴリラ。不死身のゴリさんの異名を持つボスモンスター、シルバーバックだ。シルバーバックは俺の存在に気づき、獰猛なうなり声を上げて威嚇した。
「これからしばらく世話になる、よろしくな」
あいさつ代わりに剛腕が振るわれる。俺はそれを回避して仕込みの作業を始めた。
このシルバーバックというボスモンスターが不死身のゴリさんと呼ばれる理由は、倒してもすぐに復活をするからだ。部屋の外のパネルを反乱軍の奴らが押すと、扉が開きゴリさんが外に出る。すぐに扉は閉まる。
そして、ゴリさんを倒すとまた反乱軍がボダンを押して扉を開ける。すると先程倒したはずのゴリさんが再び現れる。ボスモンスターが無限に現れるという鬼畜の仕様だ。
これはLOLスタッフの悪意かバグなのかは分かっていない。俺はスタッフのお茶目ないたずらだと思っている。英雄達はこの事象の検証を始めた。
結果、シルバーバックが飛び出して扉が閉まった瞬間、扉が開く前の状況に部屋がリセットされることが分かった。そこでただでは転ばない英雄達はある試みを行った。
アイテム無限増殖だ。それはRPGを嗜む者の夢と言っても良いだろう。
まず『ドッペルスイッチ』で先に部屋に侵入し、増やしたいアイテムを置く。仲間に外からボタンを押してもらうことがゲームではできないので、自分で一旦外へ出てボタンを押して扉を開く。部屋の中にあるそのアイテムをゲットすれば、部屋がリセットされたときにそのアイテムがまた復活するため、何度もボタンを押せば無限に増やせるという理論だ。
しかし、この理論は破綻した。扉を開けた瞬間にシルバーバックはものすごい勢いで飛び出してくる。プレイヤーが外から中に入ることは困難だった。『不動心』などを利用して無理矢理中に入っても、シルバーバックが出た後にすぐに扉が閉まる。
扉が閉まると部屋がリセットされてしまう。つまり、プレイヤーが部屋にいない状態にリセットされるため、画面が真っ黒になり操作不能となる。現実世界でその状態になれば、どうなるのか想像するだけで恐ろしい。
まとめると無限増殖のためには、開けた瞬間にゴリさんが飛び出してくる扉から中に入ってアイテムを回収し、扉が閉まる前に外に出なければならない。そんなことは何度やってみても不可能だった。
こうして、俺達英雄の夢は断たれた。
しかし、俺はこの不死身のゴリさんの持つ本当のポテンシャルに気づいている。ゲームが現実になったことで、ゴリさんは凄まじい恩恵を俺達にもたらしてくれる。ゴリさんが俺達を更なる高みへと連れていってくれる救世主となる。
「よし、こんなもんか」
準備は完了した。