悪い予感
組織の殲滅が終わった。レオンとニキータがいないので、随分と楽な仕事だった。マリリンはジョーンズに説教をしている。
「ジョーンズ、てめえ、少し見ない間にこんなに落ちぶれやがって」
「す、すみません! マリア船長! でも借金があって……」
「言い訳してんじゃねえ、いいか? 借金は踏み倒すためにあるんだ!」
どこかのギャンブル中毒の元勇者と同じ考え方をしている気がする。
「海賊ってのはな、ただの無法者なんだよ、何にも縛られずに自由に海を生きる、それが海賊だ」
マリア船長は自分の被っているぶかぶかの帽子を手に取った。
「もう一回だけチャンスをやるよ、あたしの目が確かだったと証明しやがれ」
マリアはジョーンズにその帽子を手渡す。ジョーンズはしばらく帽子を見つめた後、周りに目をやった。
「なあ、みんな、こんな俺でも……また付いてきてくれるか?」
団員の皆は一斉にジョーンズに駆け寄る。
「当たり前じゃないですか!」
「ジョーンズ船長がいたから俺達はここまで来れたんだ!」
「俺達は一生ついていくっす!」
マリリンはその様子を見て、ため息をついた。
「普通なら俺についてこい、だろうが……まあ、てめえらしくて良いけどな」
ジョーンズは受け取った海賊帽を被る。
「よし! ジョーンズ海賊団の再結成だ! まず最初の仕事はマリア船長の旦那の救出と行くぜ!」
「「「おお!!」」」
そちらはかなり厳しい戦いになる。正直海賊達では荷が重すぎる。束になってかかってもあの2人に返り討ちに合う未来しかない。
マリリンが俺を振り返る。乱暴にかき上げていた髪がばさっと下に落ちる。
「レンちゃん、マリリンの秘密は絶対に内緒だからね!」
口調がいつものマリリンに戻っている。
「言いませんよ、口が固いですから」
マリリンがいつも通りに戻ったのを確認し、アンリが奥の部屋からラインハルトを連れてくる。アンリとボルドーはマリリンの正体を知っていて忠実に隠しているようだ。
「ラインちゃん! 大丈夫だった?」
「大丈夫だよ、助けてくれてありがとう」
「違うよ、マリリンは怖くて震えてただけ、この海賊の皆とレンちゃん達が助けてくれたの」
「え? あ、そうだよね、えーと、助けていただき、ありがとうございました」
ラインハルトは丁寧な動作でお辞儀をする。普段は生意気の奴だが、貴族であるから礼儀作法はしっかりとしているようだ。
「ははは、マリア船長のたの」
「あ、ラインちゃん、あれ見て!」
ラインハルトがよそ見をした瞬間に強烈な蹴りがジョーンズに炸裂し、その巨体を吹き飛ばした。
「あ、見間違いだったみたーい」
ジョーンズがうっかり口を滑らせたからだ。他の海賊達が恐怖でブルブル震えている。
「よし、ラインハルト、お前もジェラルド救出作戦に加わってくれ」
「相変わらず君は偉そうだな、まあ助けてもらった恩もある、親父のことでもあるしな、今回は手を借りたい」
俺はマリリンや海賊たちを見渡して言った。
「次の救出作戦の指揮は俺にやらせてほしい、先程とは比べ物にならないほど危険だ、やばいのが2人がいるからな」
「ああ、レオンさんとニキータさんだな、俺達じゃあの人たちには勝てないだろうな」
ジョーンズは冷静に戦力を分析できているようだ。
「マリリンはダーリンが助かるなら何だってするよ!」
「ありがとう、じゃあ、ちょっと作戦を立てるから待っててほしい」
そう言って、俺は自分のパーティを引き連れて場所を変える。自然とラインハルトがついてきた。どうも母親と一緒にいるのが、気まずいらしい。
「母上のことは気づいているから、別に隠す必要はないよ」
マリリンに聞かれない距離まで来たら、ラインハルトがそう打ち明けた。
「あの人、怒ると恐すぎるから……、多分気づいていないのはヒース兄さんと親父だけ、ヒース兄さんは強いけど天然だからね、ジーク兄さんは知ってる」
確かに3兄弟の中でジークフリートが一番の常識人だと思う。ヒースクリフは話が通じないイメージしかない。
「それで、どうやって親父を助けるんだ?」
伝令役も含めて組織のメンバーは全滅させた。こちらが人質を救出したこと知られていないだろう。
レオンとニキータに単独行動をさせる。これが勝利への絶対条件。ドンパチーノの護衛があるから2人はドンパチーノから離れないだろう。『兄妹の絆』の効果範囲は熟知している。
人質が救出されたと分かればジェラルドが戦力になってくれる。NPCの中で最高レベルのキャラだ。十分に戦力として見込めるはずだ。
レオンとニキータの真骨頂は暗殺だ。護衛という仕事は彼らの良さを潰すことになる。
俺には既に栄光への道が見えている。
ーーーーーーーーレオンーーーーーーーーー
嫌な予感がする。
理由はわからないが、漠然と胸騒ぎがする。俺はこの勘というものを大切にしている。
今までその勘に救われたことが何度もある。
「ニキータ、いつでも動けるようにしておけ」
「……了解」
いつもはおちゃらけているニキータにも俺の温度感が伝わったのだろう。銃を握りしめている。
ボスは上機嫌にジェラルドを待っている。この人には危機感がない。堂々としているといえば聞こえは良いが、この世界で必要なのは臆病であることだと俺は思う。
扉が開き、ジェラルドが現れる。瞬時に目線が部屋を1周した。やはりボスより何倍も有能だ。敵の位置や脱出手段を一瞬で確認したのだろう。俺でも同じことをする。
「やあやあ、ジェラルド、時間を作ってもらって悪いね」
「ドンパチーノ、何のつもりだ? 私はお前のしのぎを邪魔したことはなかったはずだ」
「何を言っている、貴様の存在自体が邪魔なんだよ」
「愚かだな、それで……要求を聞かせてもらおう」
「要求は紙に書いたことがすべてだ」
「なるほど、私にはお前がやりたいことに興味がある、私から大切なものを奪ったあと何をするつもりだ、私には想像もできない」
「くくく、言いだろう、聞かせてやろう、俺の壮大な計画を」
「ボス、早く契約書を書かせましょう」
「お前は黙っていろ、ただのボディーガードが崇高な俺のやることに口を挟むな」
まずいな。ジェラルドはボスの承認欲求を巧みにくすぐっている。これは時間稼ぎだ。
ジェラルドが時間稼ぎをする理由は1つ。時間を稼げば人質が救出される可能性があるからだ。
この街の騎士団は俺達組織の言いなりになる。ジェラルドもそのことは知っている。そうなると第三者か。
俺の頭に彼らの姿が浮かんだ。
これは運命かもしれないな。あの酒場で彼らに出会ったときから戦う運命だったのかもしれない。
俺はニキータに目で合図を送る。ニキータが『気配察知』のスキルを使用する。ニキータの『気配察知』は隠密スキルを使っていても効果範囲に敵が侵入すれば見つけることができる。
ボスの話が長い。ジェラルドの合いの手が絶妙だ。ボスが気持ちよくなるように計算され尽くしている。戦闘能力だけじゃない。この男は人心掌握力が極めて高い。ボスが手のひらで転がされている。
そのことをボスに進言しても無駄だ。むしろは逆効果になるだろう。
それからボスが満足するまで話は続いた。ジェラルドより完全に優位に立っている状況に気持ちよくなっている。ジェラルドがボスの望む反応を演技している。
話が先に進み始めたとき、ニキータが銃を持ち上げた。
「来た」
ああ、そうか。やはり俺の勘は当たっていた。
彼女の『気配察知』に敵がかかった。俺は『絶対集中』のスキルを発動する。この状態になれば感覚器官が拡張され、反射神経が極めて早くなる。
俺はハンドガンを握りしめる。ショットガンは広範囲攻撃のため、精密射撃には向かない。ニキータも銃を構える。
大丈夫。俺達2人ならやれるさ。今までいくつも2人で修羅場を潜ってきた。強者との命懸けの戦いだって、何度も経験している。
「仕事の時間だ」