女神との出会い
俺は一気に警戒心を膨らませた。ここでの発言は命に関わる。シリュウとだけは戦ってはいけない。
できる限り平然を装ったが、リンが俺の緊張を感じ取ったのか、敵意のある目をシリュウに向けた。
「ふーん、彼らがゼンさんたちを襲ったのか、強そうに見えないけどねー」
人に濡れ衣を着せる好機にも関わらず、シリュウはそんなことを言う。ゼンというのは恐らく殺された忍者の名前だろう。
「僕、今暇だから、やっとく??」
シリュウはまるで散歩にでも行くように、気軽に殺害を提案する。
それをサスケが制した。
「やめておけ、まだ尋問が終わってない、少なくとも情報を聞き出してからだ」
「はーい、つれないなー」
まるで子供がおもちゃに興味をなくしたように、シリュウを背中を向けて去っていく。
その姿が角に消える一瞬、シリュウは俺を見た。糸のように細い目が僅かに開き、心の奥底まで見抜く鋭い視線だった。
俺は心臓を鷲掴みにされたかのように、強烈な寒気を感じた。シリュウの姿が完全に消え、自分が呼吸をしていなかったことに気がついた。
「レン……あいつに勝てる?」
小声でリンが問いかける。リンもシリュウがかなり強いと感じ取ったのだろう。
「無理だな、全力で逃げる方を選ぶよ」
サスケが再度尋問をしようと近づいてくる。そこに今度は可愛らしい小柄な女の子が姿を見せた。髪は黒く短く見えるが、細く編み込まれていて腰まで届いている髪束を二本提げている。
サスケと同じ紺色の忍者装束を纏っているが、下はミニスカートのように丈が短くなっている。残念ながら、その下は黒いスパッツのようなものを付けていた。
顔は綺麗より可愛いという言葉が似合う。大きな目と小さな口からは優しい表情が自然と溢れていた。
「イズナ、ここには来るなと言っただろ、俺は今からこいつらに聞かなければならないことがある」
「ごめんね、サスケ、でも私はリンさんとポチさんががどうしても悪い人には思えなくて」
先に連れ去られたリンとポチはイズナと関わりがあったようだ。
「この男がこいつらのリーダーだ、こいつも無害そうに見えるか?」
サスケが俺を指差している。いきなり振られた俺は全力で善良な市民アピールをする。無害そうな顔で、優しい微笑みで。
俺の微笑みで若干、イズナに笑みが生まれた。イズナちゃんは天使だ。俺のことを分かってくれた。
「レン、あれは苦笑いと言うのよ」
リンが横から余計な茶々を入れる。確かに少し引きつっているように見える。
「あ、うん、何か面白そうな人だね、個性的で」
頂きました。一見褒め言葉と見せかけて、その内実はけなしている魔法ワード、個性的。俺はがくっと床に膝をついた。
「道化を演じているだけかもしれない、裏で何を考えているか分からない」
サスケは俺の行動全てに疑心を抱いているようだ。全くこれがツンデレというやつか、などと失礼な納得をする。
「でも……ちゃんと話は聞いてあげて」
やっばりイズナちゃんは天使だ。いや、女神様だ。
「ああ、分かったよ、じゃあ続きだ、先程言いかけたことは何だ?」
サスケは尋問を再開する。俺はイズナの足元をチラッと見た。別にぴったり張り付くスパッツが健康的な太ももをアピールしていたからでは断じてない。
「いや、大したことじゃない、少なくとも俺達は犯人じゃないと言いたかっただけだ」
一瞬、リンが反応した。リンは俺が先程言いかけたことが聞こえたのだろう。俺はさっとリンに振り返った。
「嘘じゃないよな、俺たちはただ旅をして、この樹海を通っただけだ」
リンは俺の目で汲み取った。やはり彼女は賢い。
「ええ、そうね、私たちはここを通過していただけ」
サスケが俺をまた疑わしげに睨んだ。疑いは深まってしまったが、今はこうするしかない。
俺はイズナの方をあえて見ないように自然な素振りを演じた。その理由は彼女の足元にある。
影の形が、イズナのシルエットと食い違うのだ。理由は一つ、彼女の影に潜んでいる者がいる。
『影隠れ』
シリュウが用いるスキルだ。対象の影の中に入り込み、隠密行動ができる。恐らく、この部屋に向かうイズナに気づき、俺を調べるために影に潜んで戻ってきたのだろう。
このスキル、見分けるには影の形を見るしかない。影に潜んでいる時はその形が本物と違ってしまう欠点がある。
俺はシリュウが相手となると分かった瞬間、常に全員の影の形を確認していた。
やはりシリュウは侮れない。本当ならサスケとイズナを説得して逃げ出そうかと考えていたが、もしここで本当のことを話せば、シリュウはここにいる全員をこの場で殺すだろう。
「信じてくれ、俺たちを解放してくれれば、すぐにこの森を出る」
俺の言葉を聞いたサスケはしばらくじっと俺を見続けた。イズナの言葉もあり、信じられるかどうか吟味しているのかもしれない。
「どのみち、俺ではお前たちを解放するか決められない、兄……族長の判断を仰ぐ」
サスケはそう言って部屋を出て行った。
「ごめんね、サスケは慕っていた人を最近失ったから、今は気が立っているけど本当は優しいんだよ」
そう告げて、イズナもサスケの後を追って出て行った。影に潜んだシリュウとともに。
俺は安堵の息を漏らした。シリュウがいなくなってやっと気が楽になる。
今夜サスケは族長で兄のヤナギと俺たちをどうするか話し合うのだろう。ヤナギは直接ゲームでは登場しなかったが、サスケの話によく登場したため覚えている。
「私は、全然敵わなかった、回避術はレンのおかげでだいぶ上手くなったと自惚れてた、けどあの男の攻撃を避けきれなかった」
リンは悔しそうに、拳を握りしめて言う。そして、前を向く。まるでスポ根ドラマの主人公のように闘志を燃やす。
「だから、私はもっと強くなる、誰にも負けないように」
俺は何か1人で盛り上がるリンのテンションに着いていってなかった。この世界はステータスの恩恵がかなり大きい。正直、リンがサスケに勝てなかったのは当然だと思っている。
素早さというステータスは相対的に作用する。この言葉で理解するのは難しいが、例えば極めて素早さが高い者と低い者が勝負をすると、高い者にとっては相手の動きがスローモーションに見え、低い者にとっては相手が高速で見える。
もし素早さが上がり、相手と同じになると、それまで高速で動いていた相手が自分と同じスピードに体感できる。
だから、ある程度素早さに差があれば、回避術では対処しきれない。現に俺でもあと少し素早さが低ければ、エルザに殺されていただろう。
「ごめん、レンにも迷惑をかけたね、私は……」
俺はリンの言葉を聞き流しながら、さっきからずっと寝ていたポチをツンツンと突っついて起こしていた。
ポチは迷惑そうに目を開け、大きな欠伸をした。すこぶる不機嫌だ。
「レン……私の話聞いてる?」
「ああ、もちろん、聞いてるよ、うんうん分かるよ、その気持ち、君は悪くない」
全く聞いていなかったが、女子に使うと事なきを得る必殺ワード、分かるよ、君は悪くない、を使用する。女子は答えではなく、共感が欲しいと以前購入したモテテク教科書に書いてあった。
「まあ取り敢えず、ここから出てから話そう、ここにいても仕方ないし」
俺はそう言って立ち上がった。
「よし、じゃあ忘れ物しないように荷物まとめておけよ」
リンがキョトンとする。どうも俺の言葉が通じていないらしい。
「今からここを出るから」
俺ははっきりそう告げた。もう一度言おう。俺には秘策がある。
俺は別にサスケを説得できなくても、いつでもこの牢屋を出て行くことができた。