救出と壊滅
「レン!」
リンから呼ばれる。リンにポチのおやつを買ってもらっている間、俺は暇つぶしにマモル君袋で遊んでいた。
ちょうどサギールが、空間がつながっているもう一つのマモルくん袋のチェックをしているのを発見したので、袋に石ころとかゴミとか入れて反応を楽しんでいた。
近くに水道があったので、袋にそれをかぶせたら、向こう側の袋から勢いよく水が吹き出してサギールがずぶ濡れになっていた。
「ん? どうした?」
リンの声からは焦りが感じ取れた。リンは俺に紙切れを差し出した。
「これ見て、さっきジェラルドさんからハンカチにくるんで渡された」
俺はその紙を受け取った。中身を読んで、全て理解した。
それはドンパチーノからの手紙だ。ラインハルトを人質にしてジェラルドを脅迫している。呆れた男だ。大人しくしていれば良いものを。ジェラルドに喧嘩を売るとか正気とは思えない。
ジェラルドがこれをリンに渡したということは、俺に伝えたかったのだろう。これはジェラルドから俺への依頼だと思っていい。ジェラルドは見張られていて自由に動けなかった。だから、俺に助けを求めた。そんなところか。
俺はびしょ濡れになって半泣きのサギールを見る。この国の騎士団はドンパチーノファミリーとの癒着が激しく当てにならない。ジェラルドの立場なら俺達に声をかけるのが正解だ。
「……仕方がないか」
どうやら決断の時のようだ。俺は覚悟を固める。
ラインハルトやジェラルドは一応知人ではあるし、何よりジェラルドの頼みを断るなど恐ろしすぎてできるわけがない。できればあの人には恩を売っておきたい。
それに、どのみちジョーンズの船を手に入れる必要がある。多少、手荒なことにはなるが仕方がない。
LOLスタッフが作った品のないシナリオを全面的に無視させてもらうことに決めた。
「リン、みんなを集めてくれ」
リンがその辺で買い物したり遊んだりしている仲間たちに声をかける。しばらくして全員が集まった。できるかぎり人に話を聞かれないように裏路地に移動する。
「おい、何かするのか?」
ドラクロワの問いに俺は頷く。
「ああ、方針の変更だ、ちょっと今からマフィアを1つ潰すことにする」
「また随分と物騒だな……まあ、旦那の無茶ぶりはもう慣れてるけどな」
ギルバートが呆れたように笑う。皆こうゆうのを驚かずにあっさり受け入れるのだから、俺のやり方に慣れてきたのだろう。
俺はドンパチーノファミリーを壊滅させる。文字の通り壊滅だ。やるからには一切容赦する気はない。マフィアというのはやられたらやり返すが心情の組織、必ず報復がある。レオンやニキータを倒せなければ、今後暗殺される可能性が極めて高くなる。
ならば報復すらできないほど、完全に組織の息の根を止めるしかない。中途半端が一番危険だ。ジョーンズが肩代わりした借金も踏み倒させてもらい、ついで船も手に入れる。
まずはラインハルトを救出する方向で考える。俺はドンパチーノファミリーの拠点を全て把握している。だが、数が多くて全て回るには時間がかかりすぎる。手分けをするのも危険だ。レオンとニキータのどちらかがいた場合、俺ならまだしも他のメンバーが単独で遭遇したら危険過ぎる。
それとも先にドンパチーノを倒すか。ボスがいなくなればラインハルトを人質にする必要がない。ドンパチーノは自ら紙に書いてある集合場所に姿を見せるはずだ。自分の言う事を聞くジェラルドを直接見たいという歪んだ欲を持っているからな。
ただドンパチーノは恐らくレオンかニキータのどちらか、または両方をボディーガードにつけているだろう。戦闘が長引けば、部下にラインハルトを殺されるかもしれないリスクはある。
結局、レオンとニキータの居場所によって、成功率は大きく変わる。
彼らはステータスが300レベルオーバーのプレイヤーより高い。ポチのようなチートキャラじゃなければその値は超えられない。
問題は武器だ。ギルバートと同様に銃火器を使用する。ライフルやハンドガンなら俺は回避できる。当然銃弾より早くは動けないが、銃口の向きから軌道を予測して、その線上に入らないように回避することは可能だ。厄介なのが、ショットガンとマシンガン。
いくら俺でもその2つは回避が不可能となる。しかも2人の攻撃力も上乗せされ一撃の威力が高い。ショットガンやマシンガンは複数ヒットするので、俺のHPと防御力だと呆気なく即死する。
シャルドレークの宝玉もあまり活用できない。そもそも移動禁止でも相手は飛び道具だし、スキル禁止でも通常攻撃で即死させられる。
もちろん不意打ちで『天命龍牙』をストックしたバクバクに『五月雨突き』をさせればダメージ上は倒せる。しかし、2人にはもう一つ強力なスキルがある。
ユニークスキル『兄妹の絆』。2人が一定範囲にいる場合、一人のHPが0になった瞬間、もう一人のHPを半分を分け与える。
レオンやニキータ単体であれば不意打ちによる撃破は可能だ。2人揃うとこのスキルが真価を発揮する。
一見ただの救済スキルに思えるが、そこはLOL仕様。頭がおかしいとしか思えないが、これは何度でも発動するパッシブスキルだ。例えば、ニキータのHPが1000だとする。レオンを倒した瞬間に、ニキータは500になりレオンは500回復する。
またレオンを倒すと、ニキータは250になり、レオンは250回復する。これをずっと繰り返すことになる。ニキータのHPが1になると発動しなくなる。
端数は切り捨てになるがニキータのHPが1になるまで計算上、10回レオンを殺さないといけない。途中でニキータにポーションでも使われたら、更に先が長い。だから、レオンとニキータ戦は2人を分断することが基本戦略だった。
「あれは……」
俺はふと視界の端に入った人物を見て、ある作戦を思いついた。大通りをピンク色の髪が横切った。急いで後を追う。大通りに彼女はいた。何かを探すようにふらふらしている。
「マリリンさん!」
マリリンは俺の声で振り向いた。表情にいつもの明るさはない。
「あら、レンちゃん」
マリリンは護衛も付けていない。この治安の悪い街に一人とはずいぶんと不用心だ。
「ちょっと聞いて! レンちゃん! マリリンの愛しのダーリンに浮気疑惑なの!」
マリリンは興奮気味に俺にまくしたてる。話すのがあんまり上手くなくて理解しづらいが、要約すると、ジェラルドが仕事と嘘を言って、浮気をしている可能性があると。
「だって! いつもならマリリンが嫌って言ったらお仕事なんていかないのに、今日はお仕事に行ったんだよ」
いつもマリリンに嫌と言われたらジェラルドは仕事を休むらしい。家族ファーストの鏡だ。やり過ぎな気もするが。
俺は全て合点がいった。ジェラルドはマリリンを心配させないように嘘をついたのだろう。マリリンは敏感にその嘘に気がついている。
俺は本当のことを伝えるか迷った。俺には一つの案がある。ある意味賭けの要素は強いが勝算はある。
その前に確認しておくことがある。
「あの、マリリンさん、一つ聞きたいんですけど……」