ジョニー戦
俺は正宗を構える。このビーチバレーはアイテム使用可能だ。武器だって相手に直接ダメージを与えなければ許可されている。ラインハルトも片手剣を腰に提げている。
「おい、ラインハルト、危ないから下がって『自己陶酔』を使ってくれ」
俺はラインハルトを下がらせる。このサーブの相手をさせるには危険すぎる。
ラインハルトは言われた通りに大人しく『自己陶酔』を発動する。このスキルはラインハルトのユニークスキルだ。発動中、攻撃も移動も何もできなくなる。ステータスは何も変わらない。ただ、鏡を片手に髪の毛をいじったり、表情を決めたりするスキルだ。
ジョニーが高くボールを投げる。そして、助走を付けて飛び上がる。ネットより遥かに高い位置でジョニーの身体が最高到達点に届く。まるで吸い寄せられるかのように彼の腕の軌道に、上からボールが落ちてくる。
腕が強烈な振りによって、鞭のようにしなる。ジョニーを中心に風が流れ込む。
『トルネードサーブ』
全神経を集中する。時の流れが止まる。灰色の世界で俺は思考する。
俺は自分とジョニーの素早さから計算する。 『トルネードサーブ』は彼の手がボールにヒットしてから0.2秒でこちらのコートに到達する。
その速度のボールに反応してサーブするのは不可能。一見そう思えるが、実は『ドルネードサーブ』には欠点がある。
相手を風圧で吹き飛ばすことができ、もし相手が耐えてもボールに当たれば即死する。そんな頭のおかしい効果だからこそ、1つ致命的な欠陥が生まれた。
このサーブは必ずコートの中央に寸分違わず放たれることだ。どうせ受けることができないから、コントロールする必要がない。このスキルを考えたLOLスタッフの怠慢だろう。
だから、俺は『トルネードサーブ』がどこに打たれるかを予め知っている。ラインハルトを下がらせて俺はコートの中央に立っている。間違いなく『トルネードサーブ』は俺に向かってくる。あとはロジックの世界だ。
相対的な素早さから0.2秒という到達時間を算出し、それに合わせて自分のスキルを発動するばよい。
『不動心』
まずは風圧で吹き飛ばされないためのパラディンのスキル『不動心』。これにより吹き飛ばしやノックバックが無効になる。
針の穴を縫うようなタイミングでもう一つのスキルを発動する。時が動き出す。
ジョニーの手がボールにヒットして、ボールが消える。もはや目で終える速さではない。それでも俺は目に見えない速度に論理を使って反応する。
すでに『流水の構え』は発動している。
カウンター発動時間のわずかなフレームに目に見えない速度の『トルネードサーブ』をヒットさせる。カウンターが発動して、俺は刀でボールを上空に打ち上げた。
「ラインハルト!」
俺の声でラインハルトが『自己陶酔』をやめて走り出す。
ラインハルトは美しいフォームでジャンプし、完璧に俺の上げたボールをトスした。動きがかっこよくてちょっと腹が立つがこれで良い。女性たちから黄色い声が上がる。
「行くぞ、ジョニー!」
「ヘイ! カモン!」
俺は飛び上がり、普通にボールを叩いた。
ジョニーの全身が揺らめくオーラに包まれる。ボールが引力によりジョニーに引き寄せられて、そのまま地面にぼすっと落ちた。
「……ほわっつ?」
「へ、は? 普通のよれよれボールなのに? 得点? え、あの地味なやつの?」
ジョニーが困惑している。会場もどよめき、解説者がパニックになって、意味不明なことを口にしている。
簡単な話だ。俺はジョニーの『パーフェクトレシーブ』を『バニシング』で打ち消した。
ゲームでもジョニー戦は『バニシング』が必須だった。『パーフェクトレシーブ』が完璧過ぎて、打ち消す以外に対抗策がない。
本当はシャルドレークの宝玉をここに置きたかったが、外部からの特殊効果を与えるものは禁止されている。観客がスキルを使って選手の邪魔をするのと同じ反則行為となる。ちなみにテイムしたモンスターを召喚しても同じく第3者の力を借りたことになり反則となる。
「あはは、ファンタスティックなことをするね! 今、ユーが何かしたんだろう?」
ジョニーは気づいてるようだが、逆に楽しそうだった。
「意味のわからないことがありましたが、きっとなにかの事故でしょう! 気を取り直していきましょう! それではチャレンジャーチームのサーブです」
俺はボールを受け取り、サーブ権を得る。
「ラインハルトは『自己陶酔』を続けてくれ」
「はあ……分かったよ」
ラインハルトが素直に言うことを聴いてくれる。俺はラインに立ち、ボールを胸の前に構える。そして、目を閉じた。
「レン選手、目を閉じて精神を集中しています、やはりあのジョニー選手と戦うのはとてつもないプレッシャーなのでしょう」
「……」
「……」
「……」
俺は目を開けて、ボールを見回す。そして軽くジャンプして体を揺らした。
「いよいよ、覚悟が固まってきたのでしょうか、少し時間がかかりましたね」
俺は屈伸と伸脚をして、足首を回す。
「緊張のあまり体が固くなってしまったのか、丁寧に動かしています」
俺は深呼吸をして、もう一度ボールを胸の前に構えた。
「準備が終わったようです! それではレン選手のサーブです!」
そのまま目を閉じて、息を深く吐き出す。
「……」
「……」
「……」
「早くサーブしろよ!」
解説者が我慢できずに、声を荒げる。それでも俺は動じない。
当たり前の選択だ。『バニシング』のクールタイムを回復させなければいけない。だから、俺はさっきからずっと時間稼ぎをしている。
『バニシング』はその性質上、クールタイムがかなり長い。ゲームでもサーブの時にひたすらクールタイムが回復するのを待つのは常套手段だった。『リバース』を使っても良いが、バクバクを召喚できないので『無限リバース』を使用することができない。できるかぎり温存したい。
ただ現実になると周りの目が痛い。早くやれよ、おせーよ、と観客から罵詈雑言を浴びせられるが、俺は鋼の精神で耐えてひたすら意味のない行動を取り続ける。
「運営からルールの変更がありました! 今から次の行動に移るまでの制限時間は30秒とします! 破ったら反則負けです!」
「ちょ、待って、それは本当に無理!」
俺は慌てて文句をいうが、運営が決定しましたと押し通された。ゲームではこんなルール変更はなかったので、ずっと時間稼ぎができたが現実ならではの弊害だ。
『バニシング』が使えないと本気で厳しい。とりあえず『リバース』で『バニシング』のクールタイムを回復させておく。
「ほら! レン選手、まもなく時間ですよ」
「え! うそ、は、はい!」
俺はとりあえず適当にサーブを打つ。ボールは相手のコートなどにいかず、目の前の地面に着地した。
「サーブ失敗! ジョニー選手の得点です!」
会場からブーイングが上がる。更にジョニー攻略の難度が上がった。こうなったら作戦変更だ。