約束された勝利
ジュリアのボールが異常な曲がり方をして、コートの誰もいない場所へと向かう。
フレイヤが不敵に笑う。赤い魔法陣が浮かび上がる。
【エクスプロージョン】
指を鳴らした瞬間、フレイヤとユキを飲み込み、自身のコート全体を覆う大爆発が起こる。砂が大量に巻き上がる。
自分たちの全コートを覆う爆発なので、ボールがどこに落ちようが関係ない。ジュリアの打ったボールは上空に吹き飛ばされた。
「きゃあ!」
ジュリアとキャメロンも爆風によって吹き飛ばされる。しかし、ノックバックだけだ。あの距離ではダメージは受けないので、ルールに違反しない。
これはフレイヤとユキだから可能な広範囲網羅のレシーブ。フレイヤは『爆裂の極み』により、爆裂属性のダメージが無効となる。そして、ユキも氷属性吸収でそれ以外の属性が無効なので、自陣を爆破しても2人とも一切ダメージを受けない。
これにより、どんな変化球が打たれてもコート全範囲の爆発でボールを上空に吹き飛ばすことができる。闇の霧に覆われても関係ない。見えなくてもとりあえず全部爆発させれば良いからだ。単純な作戦だからフレイヤでも可能だ。
爆裂魔法は全魔法の中で最もノックバック効果、吹き飛ばす威力が強い。ボールはかなり高く上がっている。
ここからはユキの出番だ。ジュリアの風魔法レシーブを破るのは彼女の役目だ。
ユキが上空に向け手をかざす。足元に美しい青白い魔法陣が浮かぶ。その大きさはジュリアやキャメロンの魔法の比ではない。コート全体すら遥かに超えている大きさだ。
溢れ出す魔力により、ユキの白い髪が美しく揺らめく。周囲の気温が急激に下がっていく。一気に真冬のような気温なり、観客達も震えている。
「何よ……これ」
「ありえない……」
ジュリアとキャメロンは驚愕している。魔法使いであるからこそ、格の違いに気づくことができたのだろう。彼女達とは次元が違う。魔法使いとして、ユキに勝てるのはアリアテーゼかソラリスくらいだ。いや、氷雪属性限定ならばソラリスを超えるかもしれない。
【アイシクルランス】
数え切れない量の氷柱が周囲に出現し、上空のボールへと集まっていく。フレイヤがかなり高くボールを上げたので時間には余裕がある。
上空に凄まじい量の氷柱が集結していき、巨大が氷塊へと変化する。相手コートすべて覆うほどの大きさだ。
その氷塊の先端にはボールがついている。相手のコートに向けて重力により落下が始まる。
ジュリアとキャメロンは慌てて、潰されないようにコートから逃げ出す。そして、安全な位置に来たところで、ジュリアは風魔法を使用する。
風魔法で強烈な上昇気流を発生させるが氷塊は止まらない。当たり前だ。風でどうにかできる重さではない。そのまま、轟音とともに氷塊は相手のコートへと着地した。
「え……あ、こ、これは」
解説者は言葉を失っている。ユキが腕を振ると氷塊は粉々に砕けて、きらきらと光る塵になった。残されたボールはしっかりと相手コートにめり込んでいる。
「チャ、チャレンジャーチームの得点です!」
ユキがさっと俺の方を向いて微笑む。俺はサムズアップを返す。計画通りだ。
ジュリアの風魔法レシーブを打ち破るのはスピードやパワーではない。重量だ。
風で巻き上げられないレベルの重量をボールに与えることができれば、ジュリアはレシーブできない。
これで形成は逆転した。ジュリアとキャメロンは一見無敵に見える。しかし、必ず対応策というものは存在する。手の内さえ知っていれば俺にとって対策は簡単だ。
こちらには完璧なレシーブと、スパイクがある。ジュリアとキャメロンの魔法は完全に封殺した。彼女たちにはこれ以外の技がない。今までその技だけで無敵だったからだ。
そこからの試合はまさに消化試合だった。ジュリアとキャメロンは同じことを繰り返すことしかできず、フレイヤとユキは問題なく3点先取した。
いつの間にか観客がユキとフレイヤを応援している。観客まで味方につけてしまった。運営が2人のグッズを大至急作るんだと慌ただしく動いている。
「ユキフレ……新時代の到来か」
隣の親父が面白そうに笑いながら何かをメモしている。
勝利を決めた2人に大歓声と拍手が巻き起こる。
「あなたの言い分だと、勝った私たちの方が女として上だったってことね」
ユキの勝利宣言に、ジュリアとキャメロンは悔しそうに項垂れていた。
「あはは、ブラボー!! 良い試合だったね! 実にエキサイティング!」
白いパーカーを風に靡かせながら、コートにジョニーが現れる。
「ユーたち、実にナイスだよ! 次の試合も期待できそうだ! このミーをエンジョイさせてくれるのは誰なのかな?」
両手を広げて、観衆にアピールする。会場にどよめきが起こる。次はいよいよあの圧倒的スター、ジョニーの試合だ。
「はは、長いことビーチバレーを見ているが、ジョニーの試合ほど震えるもんはねえ、相手が不憫に思うよ、ジョニーに挑む愚か者の顔が早く見てみたいぜ」
隣の親父が目をギラつかせて、ジョニーの相手を探す。
「あ、俺だから、行ってくる」
俺は立ち上がった。親父は目を丸くして口を開けた。
「あはは、ユーがミーの相手だね! よろしく頼むよ!」
俺がコートに向かうと、ジョニーは握手を求めてきた。やたらと握力が強くて痛い。
「それでもう一人は誰なんだい?」
「ああ、今呼ぶよ」
俺が待機しているメンバーに合図を送る。その人物はとぼとぼとした足取りでコートに入ってきた。
「ひゅー、このナイスガイが今回の相手だね!」
ラインハルトは気が進まなさそうに、ジョニーと握手した。
「なぜ……僕がこんなことを」
「おいラインハルト、いつまでしょぼくれてるんだよ、ちゃんと打ち合わせ通りしてくれよ」
俺がジョニー戦の相棒にラインハルトを選んだのは数合わせの意味合いが強い。別に俺一人でジョニーに勝てる計画はある。しかし、もし万が一のことが起こった場合、ラインハルトのユニークスキルが使える可能性がある。
「さあ、ついに始まります! あの伝説のジョニーの試合です! ここで彼の試合を観ることができるのはまさに至上の幸運! みんなでその勇姿を目に焼き付けようではありませんか!」
ジョニーの相棒はあのマネージャーみたいな女だ。水着ではあるが、上にTシャツを着ていてまったく色気がない。彼女は一切攻撃には参加しない。
ただトスを上げるだけのセッターとしての存在だ。レシーブもスパイクもサーブも全てジョニーが行う。ただの数合わせのようなメンバーだ。
「それではチャンピオンチームのメンバーを紹介します! もはや説明不要、約束された勝利をもたらす絶対的な王者、ジョニー!!!」
今までのメンバーとは盛り上がりのレベルが違う。拍手と完成が会場に満ち溢れる。
「ジョニーを支えるマネージャー兼セッター、レイチェル!」
拍手が起こるが本人は軽く会釈しただけだった。
「そして対戦相手は、ここまで何故か勝ち上がってきた予想外の相手、そのリーダー、見た目は平凡で地味だが本当に勝てるのか、レン選手」
観客からはブーイングすら起こらない。ジョニーにボコボコにされる相手としか認識されていないのだろう。
「そして、容姿は良いが、実力は未知数、ラインハルト選手」
ラインハルトがため息をついて、少し悲しげな顔をした。なぜかそれだけで女性から黄色い声が上がった。それぐらいなら俺だってできる。
俺は観客に向けて手を振るジョニーを見た。
ジョニーにはいくつものスキルがある。まずは『トルネードサーブ』。これは強烈な風圧を伴う高速回転のサーブだ。
もはや風圧で吹き飛ばされてしまい、ボールに触れることすらできない。何とか風圧に耐えてボールに触れても即死する。300レベルでも余裕でオーバーキルされる。
バレーのルールではサーブで相手に点が入れば、ずっと相手のサーブになる。つまりジョニーに一度サーブ権を渡せば、ずっと『トルネードサーブ』を打ってくる。
あとは『パーフェクトレシーブ』というスキルを使ってくる。これはボールがどこに飛んでいっても不思議とジョニーの構えた腕に吸い込まれていくという技だ。どんなスピードでどこを狙っても100%ジョニーはレシーブできる。
そして、ジョニーはレシーブによって一切ダメージを受けない。ギガンテス兄弟のように吹き飛ばすことも不可能だ。ユキのように超重量の氷塊であっても、ジョニーはレシーブでその氷塊を打ち上げる。ジュリアの上位互換。まさにパーフェクトだ。
最後に一番厄介なのが『ギャラクシースパイク』だ。謎に周り景色が宇宙になるという派手なエフェクトが発生し、ジョニーが勢いよく飛び上がりスパイクを打つ。ボールは太陽のように燦々と輝き出し、凄まじい熱量を持って飛んでくる。
このボールは触れると即死する。打ち返すことなどできず、プレイヤーもろとも地面に大きなクレータを作る。できたクレーターは熱によって、砂が溶けて赤くなっている。
このようにジョニーはビーチバレーにおいて最強の力を持つ。ちなみに仲間にすることもできるキャラだ。バレーボールを武器にして戦う遠距離アタッカーだ。しかし、残念ながら砂浜じゃないと『ギャラクシースパイク』などを使用することができない制限があるので、日常的に使えるキャラじゃない。仲間にしたらがっかりしたランキングで上位に来るキャラクターだ。
「さあ、運命の試合が開始です! サーブ権はどちらの手に」
コイントスにより、サーブ権はジョニーのものとなった。できれば最初にサーブ権が欲しかったが仕方がない。
「あはは、じゃあ行くよー、ミーのサーブ、拾ってみてね!」
始まる。ジョニーがパーカーを脱ぎ捨てる。その光沢のある筋肉に覆われた身体からオーラのようなものが立ち上る。凄まじい強者演出。
ビーチバレーの世界ではまさに無敵。さあ、約束された勝利を覆そう。