海賊の誇り
翌朝、俺とリンはジョーンズを探しにホテルを出た。他のメンバーとは後であるイベントに参加するために合流予定だ。
ジョーンズは街中にランダムで決められたスポットに現れるので、可能性があるスポットを回る。全て回ればどこかで会うことができる。
3個目のスポットに、ニコニコ太陽のTシャツを来た男がいた。ぽかぽかファイナンスの借金取りだ。身長がかなり高くドラクロワと同じぐらいだ。立派な口ひげを蓄えている。
「おいおいおい、金を返せねえとはどうゆうことだ? こらぁ!」
「ひ、ゆ、許してください、息子が病気で今月は薬にお金が必要だったんです」
「ああ、息子が病気だぁ?」
借金取りが男の肩をがしっと掴む。リンがつい助けようとするのを俺は肩を掴んで止める。
「助ける必要はない」
リンが若干批難混じりの目線を向けてくる。リンは勘違いをしている。
「違うって、よく見てろ」
借金取りは男の両肩に手を置いたまま、うつむき身体を震わせる。まるで怒りを堪えているかのように見える。
顔を上げた借金取りの目には、なぜか涙が滲んでいた。
「そうか……息子の病気のために……お前さんも大変なんだな、今月の返済は待ってやるよ、息子さんの容態はどうなんだ? 薬は効いてるか」
「え? あ、はい、おかげさまで」
殴られると思っていた男はあっけにとられている。
「息子さんに栄養あるもの食べさせてあげてくれよ! 早く元気になるといいな、じゃあまた来月来る!」
にこにこ笑いながら、借金取りは帰っていく。
「だから言っただろ」
そう、この借金取りが海賊船長ジョーンズだ。優しすぎて借金を取り立てられず、上司からいつもボコボコにされている元海賊。
「ああ、それにしても腹が減ったな、昨日から何も食べてない、だが今日は少ない給料でパンを買った、このパンが上手いんだよな」
そう一人言を言いながら歩いている。俺が話しかけようとしたら、ジョーンズが足を止めた。目の前には孤児の子供がぐったりしていた。
ジョーンズはその子と自分の持っているパンを見比べる。そして、その孤児の前にじゃがみこんだ。
「小僧、よかったらこれを食え、俺は腹がいっぱいで捨てようと思ってたんだ」
「え、いいの? おじさん」
「おう、子供は元気じゃなきゃいけないからな」
子供は慌ててパンを手に取り、食べ始める。
「おうおう、そんな慌てんなよ、喉詰まらせないようによく噛んで食べろ」
ジョーンズは微笑ましくその少年を見たあと、立ち上がってまた歩き始めた。
ジョーンズは心優しき大男だ。優しすぎてまともに借金の取り立てもできない海賊。俺は走ってジョーンズに追いついて声をかけた。
「すみません、ジョーンズさんですよね」
「ん、ああ、俺はジョーンズだが、あんたは?」
「はじめましてグランダルから来た冒険者のレンと言います、こっちは仲間のリンです」
リンが会釈する。ジョーンズもぺこっと頭を下げた。俺は簡単な自己紹介をする。
「それで、その冒険者のレン君は俺に何のようだ?」
「実はジョーンズさんに船を出してほしいんです」
ジョーンズは驚いた表情をした。
「よく俺が船を持ってると知っていたな、なんで船なんて必要なんだ?」
「みんなを困らせるクラーケンを退治したいからです!」
「……」
ジョーンズは俺の両肩をがしっと掴んだ。そして、肩を震わせ始める。
「おお! なんと勇気ある少年なんだ! この街の困っているみんなのために、命をかけてあのイカを倒そうというその漢気、俺は感動した!」
ジョーンズは感動したのか涙を流している。この海賊は涙腺がゆるすぎる。
「え……まあ」
本当は海底都市に向かうための口実だが、クラーケン討伐はついでに行う予定だ。嘘ではないだろう。ここまで感動されるとなぜか罪悪感を持ってしまう。
「だがな……俺の船は今組織に預かられていてな、自由に動かすことができないんだ」
「俺が力になれるかもしれません、状況を教えてもらえますか? よかったら食事でもしながら」
先ほどの孤児にパンをあげたのでジョーンズは空腹だろう。友好を深めるには一緒に食事をするのが一番だ。
「……悪いがそんなに持ち合わせがなくてな」
「じゃあ、今日はご馳走しますから、その代わり船が出せるようになったら俺達を無料で乗せてください」
ジョーンズのお腹が大きな音を立てる。彼は少し恥ずかしそうに頭をかいた。
「それじゃあ、好意に甘えさせてもらうよ」
俺達は昨日食事をした店に入った。そこで遠慮をするジョーンズを無視して、俺が勝手に食べたいものを注文する。
ジョーンズは運ばれてきた料理を一口食べて再び涙を流し始める。
「ぐす、人の好意は……あったけえな」
よほどお腹が空いていたのか、うめえ、うめえと言いながらジョーンズは料理を平らげた。一通り食事を終えたあと、食後のお茶の飲みながら本題に入る。
「じゃあ、俺の話をするぜ、あんまり楽しい話じゃないからな」
そう前置きをしてジョーンズは語り始めた。最後の海賊のキャプテンジョーンズの話。
ーーーーーーージョーンズーーーーーーー
俺は海賊だった。大海原を旅してお宝を探して毎日冒険をしていた。最強の女海賊マリアの船で俺はクルーをしていた。
マリア船長はおっかなくて、怒らせるとめちゃくちゃ恐い人だったが、実は部下のことを大切にしている人だった。戦闘は鬼神のように強く、海の危険なモンスターをばったばったとなぎ倒していた。
大変な日々だったが、楽しかった。お宝を手に入れたら街に戻って換金し、酒を飲んで皆で騒いで寝る。街は俺たちの持ち込んだ財宝で潤っていた。
そんな生活に転機が訪れた。船長のマリアが船を降りることになった。理由はわからない。船長からは教えてもらえなかった。そして、彼女は船長の帽子を俺に託した。
俺は驚いていた。俺には船長みたいなリーダーシップもないし、強さもない。それなのにお前が新しい船長だと任命された。副船長じゃないのかと聞いたら、副船長も船長と一緒に船を降りるのだと言われた。
俺が自分に自信がなくて返答できないでいると、マリア船長は俺の胸ぐらをつかんで怒鳴りつけた。お前が船長として適任だと判断した私の目がおかしいって言いたいのか、と。本気で恐かった。
俺は覚悟を決めた。必ずこの船と団員を守り抜きますと。そう宣言し、海賊帽子を被った。サイズはピッタリだった。マリア船長はいつも帽子をぶかぶかに被っていたが、それがかっこいいと思っていた。
幸い部下のみんなは本当にいい奴らで、俺を認めてついてきてくれた。新生ジョーンズ海賊団の誕生だった。
しかし、俺はその海賊団を守り切ることができなかった。俺にはその力がなかった。
一人二人と仲間が事故にあって死んでいった。家族の調子が悪いと、船を降りるものが多数出た。いつのまにか俺の海賊団は人員を減らしていった。
そして、ある時、船に男が現れた。金持ちそうな高価な黒い服を着た。たばこをふかした男だ。
ドンパチーノと名乗ったその男は、俺の船のクルーが多額の借金をして返済ができなくなっている。このままだと奴隷として売らなくてはならないと告げた。
黒服の連中が俺の部下を何人も連れてくる。彼らは涙を流しながら俺に助けてくださいと頭を下げた。
ドンパチーノは俺に提案をしてきた。海賊をやめてこの部下のために働けと、お前が海賊をやめて働くなら、俺は奴らを奴隷にはしないと約束すると。
俺には海賊の誇りがある。マリア船長から受け継いだ魂だ。俺はこの海賊団を守ると誓った。
だから、俺はその提案に乗った。俺にとっての海賊団は人だ。船や旗じゃない。一緒に冒険をしてきた大切な仲間たちだ。それを守ることが俺の海賊の誇り。
ドンパチーノは俺が全員の借金を肩代わりして、必死に働けばまた船を出すことができると約束してくれた。船は借金返済までの担保として預かられた。
部下のみんなと一緒にまた冒険ができる。その夢があるから俺は辛い仕事を日々こなしている。
俺は学がないから、どれくらいで借金が返せるのか自分じゃわからない。でもちゃんとぽかぽか金融のボスが計算してくれている。俺が頑張れば十分に返せるんだとよ。
俺は絶対にもう一度海賊帽を被って、仲間達と大海原に出る。俺の中の海賊の誇りは決して消えない。