限界を超える道
闇市の後、俺達はホテルに戻ってきた。帰り道で試しにトリモチ団子を刀につけてみたら、2本の刀がくっついて離れなくなってしまい、リンに呆れられてしまった。
ラインハルトを風呂に入れる。まるで1人で何も出来ない子供だ。なぜ俺が男の風呂を世話しないといけないのかわからない。せっかく風呂に入るので、刀にくっつけたトリモチ団子を水で洗い流す。
風呂を上がるとよほど疲れていたのか、すぐに寝息を立て始めた。いつもは生意気な奴だが、今は子供のような顔で寝ている。俺はラインハルトを部屋において外に出た。他のメンバーは既に近くの酒場で食事をしている。
シーナポートで一番安全な酒場を教えておいた。シーナポートではこの店だけ、会計の際に恐いお兄さんが出てくるというサービスがない。何と頼んだ料理の分しかお金を払わなくて良いという画期的なシステムのお店だ。
酒場につくと、既に盛り上がっていた。ギルバートがいち早く俺を見つけて手を振ってくれる。
「お! 旦那こっちだ、旦那も飲むかい?」
「ああ、もらうよ」
「気をつけてくれよ、旦那いつも二日酔いでぐったりしてるから」
「ふっ、俺を誰だと思ってるんだ? 不可能を超える英雄だ、ちゃんと学習するさ」
「わん! フルーツが! おいしい!」
ポチはシーナポートの南国フルーツを気に入っていったようで、パクパクと食べている。ユキは酔っ払ったフレイヤに無理矢理肩を組まれていて迷惑そうだが、少し楽しそうだった。
「レン、この後のことを教えて」
リンはよく食べてよく飲むが、いつも冷静だ。彼女が酔っ払っているところは見たことがない。この作戦会議ももう慣れたものだ。なぜ俺がそんなことまで知っているのかという疑問はいつの間にか誰も持たなくなっていた。
「そうだな、まずは船を手に入れる、テッペイの船がなくなってしまったから他の選択を選ぶしかない、ジョーンズの海賊船だ」
明日はジョーンズのところを訪ねてみよう。個人的にジョーンズは好きなキャラだが、あいつのイベントはマフィアが絡む。下手にドンパチーノに目を付けられたくないから慎重に行かないとな。
「船を手に入れたあとはその船に乗って沖に出る、そこにはクラーケンっていう大きなイカがいてな」
「わん! イカ焼き食べる!」
「あー、イカ焼きできるレベルの大きさじゃないぞ」
「いっぱい食べられる!」
ポチは何かを勘違いしている。クラーケンはそんな生優しいネタモンスターじゃない。
「クラーケンを倒したら、魔の海峡の中にある船の墓場に行く」
漁師から恐れられる魔の海峡という場所がある。霧が立ち込めており、一度入ったら2度と出れないという噂がある。その中で、多くの船の残骸がある船の墓場に辿り着ける。
そこに現れる幽霊船はアンデッドの巣窟だ。出来れば、【ホーリー】が使用できるデュアキンスやコーネロ、四大天使の誰かがいて欲しいところだがいないものは仕方がない。
「船の墓場にある大渦に巻き込まれることで海底都市に向かうことができる、あとは単純に戦闘してダンジョンクリアして知性のサファイアを手に入れるだけだ」
簡単には言っているがかなりやることが多い。できる限り少ない労力で危険が少なくなるように動くつもりだ。
他にもゼーラに行くことも見据えて様々な準備をしなけばならない。マリリンの宝探しは急がないのでアトランティスから戻ってきてからでも良いだろう。
「あと水中対策しないとだな、水の中だと息できないし」
「わん、泳ぐのうまくなった! もう水こわくない!」
「水中対策は腕輪の効果?」
「ああ、腕輪でも可能だ、水神の腕輪という装備で水の中でも息ができるようになる、あとはエアーシードっていう消費アイテムだな、店売りしていないから大量購入できないけど」
「水神の腕輪はどこで手に入るの?」
「この近くのミラージュパレスっていうダンジョンだ」
ミラージュパレスは壁が全て鏡でできた洞窟だ。景色が反射しまくっていて壁がどこにあるのかもわからない。
ミラージュパレスも安定の無理ゲーダンジョンとなる。通常の敵として現れるミラークリスタルというモンスターが厄介だ。ミラークリスタルはアルデバラン迷宮のナイトメアの色違いモンスターだ。
ナイトメアのように変形はしないので、その点は問題ない。ただ物理ダメージ無効、魔法反射という鉄壁の防御を誇る。HPも地味に高い。
それが大量に現れることになる。魔法も物理も効かないので、もはや普通の手段では討伐できない。
そして、ミラージュパレスは「本当の自分と出会う場所」というイベントでも行くことになり、奥でラビリンスという隠しダンジョンに行ける。
ラビリンスは迷路になっている。不思議なダンジョン系というのか、階層を進むごとにランダムで部屋が設置される。部屋の配置によってクリア不可能になるので、運にも左右される頭がおかしいダンジョンだ。
水神の腕輪はミラージュパレスにあるのでラビリンスまで潜る必要はないが、たどり着くまでにミラークリスタルの大群に殺されるだろう。
俺はそのことをかいつまんでリンに説明した。それを聴いて、むしろリンは不敵に微笑んだ。
「楽しみね、不可能を超えるのが英雄でしょ」
「リン……」
本当にリンは頼もしくなった。師匠として少し感動してしまう。
「私はレンとの冒険で学んだ、一見不可能に思えることでもどこかに糸口がある、それをあきらめずに探し続ける、それが英雄」
「ああ、その通りだ、俺は諦めるのが大嫌いだからな」
「ミラージュパレスの攻略は私にも考えさせて、レンは答えを知っているだろうけど」
「ん? 別に良いけど……どうして攻略法なんて考えるんだ?」
「え? だってミラージュパレスに行くんでしょ、自分の頭で考えたい」
何か話が食い違っているような気がする。
「いや、ミラージュパレスなんて行くつもりないけど」
「へ? なんで?」
「だって危ないし」
「……」
先程ミラージュパレスの危険性は伝えたはずなのだが、なぜ勘違いをしているのだろう。俺はそもそも水神の腕輪を入手するつもりなんて初めからない。
「またいつもの……もうやだ」
リンが大きなため息をついて、グラスのお酒をがぶ飲みした。
やはりリンは少し変わっている。俺のような一般的な価値観とは少し違うらしい。
俺には水神の腕輪は必要ない。なぜなら俺が行おうとしていることをすれば、水中対策はついでについてくるからだ。
俺がしようとしていること。それは更なる高みに登ること。今俺はシーナポートでそのための準備を進めている。
ゼーラでは神の使徒との戦いになる。今の俺たちじゃどう足掻いても勝てない。ライオネルのようなハメ技も使用できない相手だ。
だからその前に更に強くなる必要があった。だから、その準備を兼ねてシーナポートのサファイアの攻略から先に進めることにした。
俺はドラゴンスレイヤーライオネルを倒した。しかし、それは不意打ちで罠に嵌めただけだ。最後にはライオネル自身も死を望んでいた。
純粋な力でライオネルと戦えば、俺は絶対に勝てなかっただろう。
そして俺にはまだ最大の敵が残っている。天才ネロだ。ネロは頭脳の面でも危険な存在だが、バクバクの『捕食』をスキルコピーしている。つまり上限なくレベリングすることができる。
次に会ったときは、前よりも確実に強くなっているだろう。だから俺もこのままではいけない。『無限リバース』と『天命龍牙』、バクバクのテイムで俺の戦力は増強された。それでもまだ足りない。
だから俺はこの先へ進むための策を見つけ出した。我ながら英雄として能力が成長しているのを感じる。望む未来を手にするための栄光への道が、鮮明に見える。
俺が見つけた限界を超える方法。それはシーナポートであと少しアイテムを用意すれば可能になる。
ポチがくいっと顔を上げて、入口のドアを見た。
「変なにおい」
少し遅れてドアが開かれる。黒髪短髪で目つきの悪い女が姿を見せた。目の下に蛇のような形のタトゥーがある。
「……空いてる?」
俺の酔いが一気に覚める。刀を構えようかと逡巡する。
だが、入ってきた女にこちらを認識しているそぶりはない。女は俺の横を通る。俺はできる限り反応しないように努める。きつい香水の匂いが漂った。