退屈嫌いなヒットマン
ーーーーーレオンーーーーー
カストルが消えた。あの男は団員の中でもかなりの強さを持っていた。そう簡単にやられるとは思えない。
相手は中々の手練れなのだろう。全く面倒なことだ。俺は戦闘狂ではない。心躍るバトルなど微塵も興味がない。だから強者と戦いたいという欲求もない。
俺が行うのはもっぱら暗殺だ。わざわざ自分の身を危険には晒さない。そうは言っても、真正面からやり合っても、そこらの奴には負ける気はしないが。負ける可能性があるのは今のところニキータぐらいだろう。だが、油断は大敵だ。きっとこの世にはまだ俺の知らない強者が存在する。
俺は別に一番になりたいなんて思わない。欲が大きすぎると身を滅ぼすと知っているからだ。何事もほどほどが一番。それが俺の座右の銘。俺はドンパチーノの下で雇われているくらいがちょうど良い。
ボスは俺とは違う。あの人は人の上に立ちたいという欲望に支配されている。だから自分よりも秀でている人間が許せない。ジェラルドとか言う貴族を目の敵にするのも自分の優位性を証明したいだけだ。
権力なんて俺にはさっぱり興味がないから、何が良いのかわからない。そこそこの金をもらって楽しく過ごせばそれでいいじゃないかと思う。ただそんな俺でも退屈は好きじゃない。日常にはほどほどのスリルが必要だ。それが良いアクセントになる。
だから俺は今の暮らしに満足している。贅沢に遊んで暮らしながら、たまにボスの指示で要人を始末する。そんな生活が俺には合っていた。
俺は顔が広いので、いつも贔屓にしてもらっている人たちにカストルのことを聞いて回る。黒服の集団で移動していたのだから目撃情報はあるが、ファミリーの黒服はこの街でよく活動しているから珍しいものじゃない。情報が多く錯綜している。
そんなに焦る必要はない。この街はそこまで大きな街じゃないからな。のんびり行くのが俺の流儀だ。物事、焦ってもうまく行かない。
既に日は沈んでいる。今日はニキータと約束があったから、待たせることになるだろう。あいつはへそを曲げると機嫌を治すのが難しい。
俺は騎士団に顔を出す。この街で一番の情報を持っているのはここだ。既に夜だからか、当直の人以外は帰り支度をしている。俺はその中で若い男を見つけた。
「サギール、最近調子はどうだい?」
サギールは相変わらず人懐っこい笑みを浮かべた。
「レオンさん! おかげさまで上々ですよ、この前くれたあの袋のおかげです」
ファミリーの伝手で流れてきた品物をサギールに渡した。あの2つの袋は空間がつながっており、片方で入れたものをもう片方で自由に取り出すことができる。本来の用途とは違うかもしれないが、サギールはそれを活用している。
俺はこの青年の素質を感じ、ファミリーのしのぎの1つとして推薦した。一流の詐欺師というのは見た目や性格が何より重要だ。
警戒されず、人の懐に忍び込むことができることが何よりの才能。その点でサギールは極めて優秀だ。正義感と爽やかさが滲み出ていて、初対面でこの青年を疑う人間はいない。
「いっぱい馬鹿な鴨が釣れています、この前も高そうな武器を持った旅行者に袋を渡しました、あれはきっと高価なものを袋に入れてくれますよ」
見た目は爽やかだが、中身はどす黒い。俺たちの世界じゃ中身がきれいな人間は仕事ができない。ぽかぽかファイナンスにいるあの元海賊がその典型だ。
「それは良かった、1つ聞きたいんだが、カストルを見てないか?」
「カストルさんですか? すみません、今日は見てないと思います」
「そうか、ありがとう」
俺はサギールと分かれて、今度は裏路地に入る。カストルは騎士団の詰め所前を通らなかったのだろう。俺たちは無意識に裏路地を好んで使う傾向にある。旅行者に黒服の集団を見られたら、いらぬ警戒を生むからな。
次に向かうのは、ぽかぽかファイナンスの事務所だ。旅行者から金を奪い取るにも限界がある。限界を超えたお金を奪うために、ファミリーが作り上げた金貸しのシステムだ。
俺は入り組んだ裏路地を進み、にこにこと笑う太陽の看板を見つけた。ここが事務所だ。
俺がドアの中に入ってくると、いかつい男が野太い声を上げてきた。
「なんだ? てめえ、ここに何か用があんのか? ああ?」
見たことのない顔だ。新人でも雇ったのだろう。教育ができていない。胸ぐらを掴もうと伸びてきて腕を俺は逆に掴む。ひねり上げ、同時に足払いをして転倒させる。関節を思い切りねじる。
「あ、あああ、や、やめろ、ひっ! ぐああああ!」
男の悲鳴を聞きつけて奥から人が現れる。アロハシャツを着たサングラスの男が慌てて俺に頭を下げた。
「レ、レオンさん! うちのバカがすみませんでした! まだ新人で教育できてないもんで!」
俺はその新人を離して立ち上がる。別に怒っているつもりはないが、全員の顔が俺への恐怖で引きつっている。俺はただ自己防衛をしただけなのだが。
「気をつけてくれよ、このぽかぽかファイナンスの社訓は?」
「はい! いつもにこにこ笑顔で、みんなを助ける心の支えとなる、です!」
「そうだよ、ここに来る連中は不安な気持ちでやってくる、だからそれを笑顔と良い接客で安心させてやるんだ、そうじゃないと契約してくれないだろう? そして一度契約したら骨の髄まで絞りとる」
「はい! 社員の教育により一層力を入れます、おいてめえら! さっさとレオンさんに茶でも出さないか!」
慌てて部下達がお茶の準備をする。俺は奥に通されてソファに座る。
「それでどのようなご要件でしょうか、今月の上がりはもう収めたと思いますが」
「ああ、カストルの行方を探していてな」
「カストルさんですか? 残念ながら最近はお会いしていませんね」
「そうか……それは残念だ」
もともと情報収集はダメ元だ。いろいろ回って聞き続け、どこかでヒットすれば良い。俺はそれから少し仕事の状況を聞いた。
どうも上がりは上々らしい。最近も上玉の金づるが現れたと言っていた。もう利益を吸い付くして、奴隷として売り払ったらしい。相変わらずあの観光案内人が良い働きをするようだ。
「あの金髪、武器も鎧も高価だったよな、最後は小鳥のように喚いて傑作だったぜ」
「最初は威勢良くて生意気だったのに、最後はどんどん弱っていったよな、あいつ名前なんて言ったっけ? 確かライオンハートみたいな」
下っ端達がその光景を思い浮かべるように、げらげら笑いながら話している。
「違げえよ、そんな強そうな奴じゃない、ラインハルトってやつだ」
「今……何と言った?」
俺は立ち上がり、話をしていた下っ端に問いかける。俺の琴線に触れたワードがあった。
「え、はい、この前奴隷に落としたガキがラインハルトって名前でして」
顎に手を添えて考える。自分の記憶をたどる。普段は適当な性格で細かいことを気にしない俺だが仕事は別だ。俺は仕事のときだけ、情報収集を徹底する。俺はラインハルトという名前を知っている。
俺は最近見た資料を思い返す。そして思い出した。確かにラインハルトという名前は資料にあった。
「お前達は金の卵を逃がすつもりなのか」
皆俺の変化に怯えている。同姓同名の可能性は残るが、ラインハルトはあのジェラルドの息子だ。そんな要人をみすみすと奴隷に流すなどあってはならない。
「売ったのはいつだ?」
「き、昨日です、きっと今日の開かれている闇市に売り出されているはずです」
「わかった、俺はこれで失礼するよ」
俺は急いで事務所を飛び出した。男の奴隷は女と違って、そんなにすぐ売れたりしない。闇市は不定期開催、昨日は開催されていないから恐らくまだ間に合うはずだ。向かう先は商会の地下だ。
商会に到着して、階段を降りる。相変わらず盛況で人が溢れている。俺は人混みをかき分けて真っ直ぐに奥の奴隷売り場に向かう。
奴隷商人は俺を見てすぐに寄ってきた。
「レオンさんじゃありませんか? いつもお世話になっています」
「ラインハルトという男の奴隷はまだいるか?」
「え、あ、ラインハルトって確かあの金髪の……、すみません、つい先程売れてしまいました」
「何! いつだ?」
「え、つい数分前なのでまだここを出ていないかもしれません」
俺は金髪の奴隷を探しながら、急いで人混みをかき分けて進む。見つからない。闇市を出て外を探す。
だめだ。見つからない。俺はまだ中にいる可能性を考えて再び中に戻って探したが結局探すことはできなかった。
ここからは方針の転換だ。今の情報を戻ってボスに伝えよう。カストルのことよりもラインハルトのことの方が優先度が高いはずだ。もしラインハルトという鍵を手に入れることができれば、ジェラルドへの最大の切り札となる。
今は沖に出現したクラーケンのせいで海に出ることができない。陸路の入口に検問さえ張っておけば、この街からは出られない。そのあとゆっくりと探せば良いだろう。
「ふっ、少し楽しくなってきたな」
退屈な日常が少し楽しくなる予感がした。取り敢えずもう今日できることはない。ボスにラインハルトのことを報告したら、待たせているニキータと合流しよう。