奴隷の購入
「お、お客さん? この可愛く哀れな子猫のような奴隷を買わないんですか? それでも人間ですか?」
なぜ奴隷商に人間性を疑われなければならないのだろうか。
「今ならお買い得ですよ、この可愛い娘を自由にできちゃうんですよ! ご主人様のいうことは絶対ってやつですよ?」
「だから必要ないって」
少女はショックを受けたのか、目を閉じて手を握りしめる。そして、肩を震わせながら口を開いた。
「ああ、うぜー、思わせぶりなことすんじゃねえよ、このカス! こんな可愛い女の子をふつーほっとくか? もっと鼻の下のばして、ブヒブヒ鳴けよ、気分わりぃー、おい! 店主、早くこのカスを追い返せよ」
急に目つきが悪くなり、罵詈雑言を浴びせてくる。
ファンタジーあるあるで奴隷の可愛い女の子を買って育てて最強とかを夢見てしまうが、LOLではそう上手くいかない。そんなプレイヤー感情に漬け込んだ罠が張られている。
こいつを買うと膨大なお金が取られる。足りない分は、みんなの心の支え、ぽかぽかファイナンスから借りることになる。
そして、仲間に入れると初めはいっぱいお礼を言われて、プレイヤーを気分良くさせるが、大切なアイテムを持ち逃げして、少女は姿を消す。
残されたのは借金だけという悲惨な末路がある。だから、奴隷は買わない方が良い。
一応奴隷で仲間になるキャラクターもいる。奴隷で仲間になるのは、盗人のバリーぐらいだ。ステータスが極めて弱い。敵からドロップアイテムをゲットできる『盗む』のスキルが使えるが、これは怪盗ラパンや海賊船長ジョーンズも使える。
正直、奴隷を買うメリットはない。
俺は暴言を吐く少女を無視して先へ進む。ちらっと他の奴隷を見る。
ぼろぼろの服に似つかわしくない金髪が見えた。奴隷で金髪なんて珍しいなと思い、通り過ぎようとする。
俺は足を止めた。
もう一度その奴隷を見る。薄汚れている。俯いていて顔がよく見えない。しかし、この金髪は何だかすごく見覚えがある。
まさか、そんなわけないよな。気のせいに違いない。
奴隷の男は俺に気づいて顔を上げた。もはや生気のない目をしている。
俺はその男をよく知っていた。
「やっぱり奴隷を買うことにする」
俺が告げると奴隷商は嬉しそうに揉み手を始めた。
「やはりあなた様はわかってくれましたか! 他の方とは違うと思ってましたよ!」
「あの、さっきはごめんなさい、つい変なこと言っちゃって……本当はご主人様のこと、大好きだよ!」
上目遣いで、お尻ふりふり、ウインクのコンボ攻撃だ。ぐっ、確かに可愛い。
「いや、お前じゃない、あっちの男を買う」
奴隷商と少女が口をあんぐりと開ける。こいつ正気か、という目で見てくる。
「お、お客様、あれ男ですよ! いいんですか?」
「ああ、あれが良い」
少女の奴隷は俯いて肩を震わせる。そして口を開く。
「ちっカスが! きも! そうゆう趣味? 早く目の前から消えろ!」
少女に散々悪態を突かれながら、奴隷を購入する。少女を買うよりかは遥かに安いが、それなりの出費だった。ふらふらとボロボロの服の金髪が檻から出てくる。
「ほら! お前の新しい主人だ」
男は生気のない目で俺を視認する。そして、しばらく固まった。そのままがしっと抱きつかれる。少し臭う。俺は無理矢理引き剥がす。
「おい、ラインハルト、お前こんなところで何してるんだよ?」
奴隷として売られていたのは、ラインハルトだった。いつものキラキラが消え失せている。
「水着美女とバカンス………ガイドを頼んだ」
文章になってないが理由が全て分かった。地獄リゾートの恐ろしさを経験したらしい。あの地獄の観光案内人にガイドを依頼をしてしまったのだろう。ぽかぽかファイナンスの債務者だ。
「……お金が返せなくて……利子とんどんふえてく」
ぽかぽかファイナンスは複利計算で安定の高利子。トイチではなくイチイチという恐ろしい利子がつく。一日一割の暴利だ。
「分かった、もう言わなくてもいいよ」
よっぽど酷い目に遭ったのだろう。以前の生意気な態度は消え失せていた。
「お金は命より大事、お金こそ全て……」
うわごとのように呟いている。これは重症だ。
俺はラインハルトを引き連れて、闇市の入り口に向かう。既にフレイヤとリンが待っていた。2人とも自分の買い物は済ませたらしい。
「ん? 何だ? そのボロ雑巾みたいな奴」
酷い言われようだ。
「ああ、さっき買った」
「……」
リンが白い目で俺を見ている。多分俺が人身売買したことを責めている。しかし、すぐにリンは気がついた。
「あれ? もしかして、ラインハルトさん?」
ラインハルトは無言で頷いた。俺は事の経緯を説明する。俺が奴隷として売られていたラインハルトを助けたとわかり、リンは謝ってきた。
「ごめん、レンを疑った、可愛い女の子の奴隷とかいたら買いそうとか思ってた」
全く俺も見くびられたものだ。LOLの奴隷にはあの可愛いけど性格の悪い詐欺女しかいない。可愛くて性格が良い子がいたら、ぽかぽかファイナンスのお世話になっても買うに決まっているじゃないか。
痛い出費だし、別にラインハルトは好きな奴じゃないが一応顔見知りだ。さすがにあのまま放置するのも寝覚めが悪い。ジェラルドやマリリンにも合わせる顔がないから購入することにした。
「とりあえず臭いからラインハルトを風呂に入れる、戻るぞ」
俺たちは闇市を出た。ホテルへの帰り道は夜風が涼しい。2人が何を買ったのか報告をくれた。
リンは戦闘に役立つスーパーアイテムという名のガラクタを買っていた。スーパーアイテム屋という店で売っていて、やたらとそこの店長のトークが上手い。そのため、ほとんどが実際は役に立たないガラクタだが言いくるめられて買ってしまう。
正直なことをリンに伝えるのも憚られたので、彼女の得意げな受け売りトークを聞いておく。飛んでもすぐに戻ってくるブーメランや、遠隔爆破が可能な小型爆弾、水に入れると大量の泡が吹き出す錠剤、透明マントなどだ。
俺もゲームでは透明マントを購入させられた。透明人間というのは全男の子のロマンだからだ。利用用途は誰にも言えない。あのショップの親父も姿が消えればいろいろできちゃうぜ、みたいな売り文句で言ってきて、つい買ってしまった。
しかし、実際は少しでも動くと明らかに分かってしまう。空間が歪んでしまうからだ。止まっている分には本当に透明っぽく見える。それでもあまり意味がない。
そもそもこのマントを被っていることで、敵やNPCの行動を変えるなどという面倒なことを、あのLOLスタッフがするはずがない。透明マントを被っていても平気で他のキャラから話しかけられるし、敵も視認して襲ってくる。当然、ガルデニアの女湯にも挑戦したが、当たり前のようにライオネルに殺された。つまりただ姿が透明っぽくなるだけの意味のないアイテムだった。
フレイヤも自分が買ったモノを報告してくれる。彼女は髪飾りやアクセサリーだった。もともと装飾品が多いキャラだが、単純にそうゆうものが好きらしい。
現代の女の子がするような貴金属のきらびやかなものではなく、どちらかと言えば木や石でできた中東系の飾りが好きなようだ。
「ほら、レンにも首飾りだ」
そう言って、石と木片で出来た首飾りを差し出してくる。俺のために買ってくれたのだろう。
「一応、お揃いだからな」
そう言って、自分の首に付けたのを見せつける。その仕草が素直に可愛いくて、俺はつい目をそらしていまう。
「ありがとう」
俺は首飾りを付ける。残念ながらLOLでは特殊効果がある装飾品は腕輪のみだ。しかし、特殊な効果がなくても嬉しいものだ。
「俺もフレイヤにプレゼントだ」
爆弾魔の腕輪を渡す。無骨で禍々しいデザインで、とても女性が喜ぶようなものではないが、実用性重視なので仕方がない。
「本当か!? 嬉しいぞ、ありがとう」
「それ呪われているから付けるかどうかは慎重にな」
「レンからのもらいものだ、付けるに決まっているだろう」
そう言って何の躊躇いもなしに爆弾魔の腕輪をフレイヤは装備した。
「これは結婚するってことだよな!」
「いや! 違うから! そもそもこんな呪われた恐ろしいデザインの腕輪を結婚腕輪にしたらセンスが疑われる!」
「わかった! じゃあ、本物の結婚腕輪はまた今度ってことだな」
フレイヤは以前キャラ設定でこのような発言をしていたが、今は恐らく違う。冗談ぽく言いながら、少し照れているように思える。
ラインハルトは一言も喋らずに後ろをついてきている。いつもならこんなラブコメな展開をしていれば嫌味なことでも言ってくるのだが、やはり傷は深いらしい。