傲慢な統率者
逃げようとする団員を俺が『スイッチ』で場所を入れ替えて逃さない。上に伝えられたら終わりだ。今後ずっと付け狙われることになる。
戦闘能力はこちらがはるか上だった。ポチとドラクロワとフレイヤだけでもう敵は壊滅しかかっている。あとは俺が逃さないように調整しているだけだ。他のメンバーはさすがに参加したら、やり過ぎだと思っているのか静観していた。
シーナポートはグランダル王国から近い。本来ならもっと低レベルで訪れる場所だ。だから、LOLらしく絡まれたら到底勝つことはできない強さに設定されている。しかし、俺達は違う。魔王軍幹部すら相手にできるレベルだ。もはや団員達レベルなら余裕だ。
「ひっ、ば、化け物!」
団員達はもう戦意を喪失し、ただ逃げに徹している。俺は敵を包囲するように移動し、自らも攻撃をしながら海側に追い詰める。
1人が船に乗って海に逃げようとしている。それを見たフレイヤの全身から赤い魔力が立ち上る。『爆裂ブースト』だ。
俺はその時、焦って叫んでいるテッペイの姿が見えた。
「派手に弾けな!」
「まて、フレイヤ! その船は……」
俺の制止も間に合わず、フレイヤが指を鳴らす。逃げ出した団員と船もろとも海上に激しい火柱が立ち上った。
「お、おでのふねがぁぁぁあ!!」
「……」
テッペイが絶叫している。やってしまった。俺たちが乗せてもらおうと考えていた船をフレイヤが爆破してしまった。
フレイヤは俺を見て、褒めてもらえると思っているのか笑顔でサムズアップした。逃げ出そうとした団員をちゃんと始末したと言いたいのだろう。船は黒い消し炭になり、ゆっくりと海に沈んでいった。ちょっとフレイヤには教育が必要なのかもしれない。
「お、お前ら、本当にいいのか? お、俺を殺したらボスが黙ってないぞ! 今ならまだ許してやる、だから戦いをやめろ!」
瀕死のカストルが喚き散らす。いつの間にか、カストル以外はいなくなっていた。当然その要求な呑めない。ここまでされてマフィアが報復をしないはずがない。
「悪いが無理だ」
「く、くそがぁ! それならこいつを」
カストルが瞬時に1番近くにいたユキを捕まえようとする。マフィアの考えはいつも同じで単純だ。人質を取れば相手が言うこと聞くと思っている。弱そうな少女のユキを狙ったのだろう。
残念ながら、ユキはお前が人質にできるような人じゃない。
「触らないで……」
手が触れる寸前に、カストルは無数の氷柱に貫かれて青い粒子に変わった。
「ふぅー、完了だな、よし! 騒ぎになる前にずらかるぞ!」
俺達は急いで逃げるようにその場を離れた。
_______傲慢な統率者_________
「おい、カストルはまだか?」
「はい、それが時間になっているのに、連絡が入りません、カストル様の部下も1人も帰ってきません」
俺は葉巻を吸って、煙を吐き出した。どうもきな臭い。カストルは任務を必ず遂行する忠実なコマだ。俺との約束を反故にすることなど考えられない。何者かに殺されたか監禁されていると思っていいだろう。
「ドンパチーノ様、どうしましょうか?」
「今考えるから、黙ってろ」
「はっ、申し訳ありません」
この街にあの男が来た。憎きクソ貴族だ。俺はあいつが大嫌いだ。
経済界には4人の有名な金持ちがいる。世間から注目され、財と権力を豊富に持つものたちだ。マフィアのボスである俺、カジノ王ゴルディ、大商人アリババ、そしてグランダル王国の貴族ジェラルドだ。最近、マーカスという新参者が名前を広めているが、まだまだ俺たちには敵わない。
カジノ王のゴルディが失脚をしたことで、勢力図は大きく変わった。ゴルディはあのジェラルドにやられ、ジェラルドの勢力が強くなっている。この前起きたグランダル王国のクーデタの後、奴は復興という名目で更に国の中での評価を上げた。今やグランダル王国の貴族の中でも最も権力を持っていると思って良いだろう。
アリババはどうでもいい。あいつは権力とか興味もなく、ただ金儲けがうまいだけの男だ。それに清濁併せ持つ男で、捉えどころがない奴だが嫌いじゃない。俺も何度か奴のおかげで儲けさせてもらった。あいつは取引が異常にうまい。何がお互いの利益になるかを熟知している。
ジェラルドは違う。あいつは清廉潔白。俺とは対極にいる。奴は俺の稼ぎ方をよく思っていないだろう。それに俺みたいな成り上がりとは違い、奴は生まれたときから貴族だった。
俺はここまでたどりつくまで危ない橋を何度も渡った。死線を超え、文字通り命がけの賭けに勝ち続けてこの地位を築いた。それに比べ、ジェラルドは生まれたときから地位が確立されていた。
それにも関わらず、天は幸運なジェラルドに更に二物を与えた。ジェラルドは経営者としての才能も一級品だった。悪いことは一切せず、正道を貫いて莫大な財を築いている。
フリードリヒ家は衰退している家だったはずだ。それがたった一代でグランダル王国で最も力のある大貴族となった。今やグランダルの国にさえ影響力を強く持つ男だ。それに比べて、俺はこんなただのリゾート地の支配者。
なぜ奴と俺にここまでの差が出る。俺の何がジェラルドに劣っているというのか。こんな理不尽は許せるはずがない。思わず怒りで葉巻を握りつぶしてしまった。
「そんなにかっかしない方がいいぜ」
レオンが俺に声をかけてくる。この俺にこんな口が聞けるのは奴とニキータぐらいだ。
青い目にブロンドの髪、高身長で顔が整っており、とにかく女にモテる。普通ならこんな色男は好きじゃないが、実力は本物だから大目に見ている。
高い金を払っているがその分の働きはある。やはりこうゆう仕事をしている以上、単純な暴力は絶対に必要だ。恐怖は人を従わせる。俺はそのことを熟知している。だからこれだけ大きな組織を維持できている。
「なんなら、俺がジェラルドをやりましょうか?」
「いや、事はそう簡単じゃない」
腹が立つことに、ジェラルドは戦闘能力も極めて高い。ボディガードなど付けなくても本人が強い。もしレオンやニキータという最大戦力を失ってしまったら俺はこの組織を維持できない。
それにただ殺すだけでは生ぬるい。奴の持っている財を全て手に入れたいし、グランダル王国とのパイプも奪いたい。それには人質を取って脅すのが俺のやり方だ。
本当は奴の女を人質にしたいが、あの女はジェラルドにべったりとくっついている。連れ去る隙がない。だから、奴の弱みとなる人物を探している。
「ボスは難しく考えすぎですよ、もっと楽にいきましょうよ」
「黙ってろ」
「おう、怖い怖い」
俺はここまでたどり着くまで血の滲むような努力をした。昔のシーナポートは海賊が牛耳っていた。俺達は弱小組織で、日銭を稼ぐのにやっとだった。
女海賊マリア。圧倒的な強さにカリスマがあり、シーナポートはあの女の支配下にあった。今のようなリゾートなどなく、ただ漁業と海賊から落ちる金で生活している漁村だ。
マリアは信じられないほど強かった。海賊らしく曲刀を好んで使い、女であるのに大柄な男達を片っ端から地に伏せた。俺も何度か殺し屋を送ったが、ことごとく返り討ちにされた。
俺はマリアや海賊達が嫌いだった。しがらみもなく自由で、財宝を求めて旅立って酒を飲み笑う。俺は奴らが憎かった。いつか奴らを見下してやろうと思っていた。
ある日、マリアは忽然と姿を消した。海のモンスターにやられたのかもしれない。それは俺にとって好機だった。マリアがいない海賊など脅威でもない。
奴らは圧倒的なカリスマを持つマリアがいなければ何もできない愚か者だった。俺達が闇討ちをし、少しずつ海賊達を弱らせていった。
使えそうな海賊の下っ端どもは俺の組織に迎え入れた。金をちらつかせれば奴らは海賊の誇りなど簡単に捨てた。元々そうゆう本能的に動く野蛮な連中だ。
マリアの代わりに船長代行をしていた馬鹿は、本当に哀れだった。最後まで海賊の誇りを守ると反抗した。そこそこ力が強かったが、結局かつての仲間達に襲わせて奴の守っていたものを全て奪い取った。俺がその誇りを目の前で踏みにじってやった。
あの時の顔は最高だったな。怒りと苦しみ、涙を流しながら拳を叩きつけていた。俺への怒りなのか、不甲斐ない自分への怒りなのか。最後まで反抗したその海賊を俺は自分が楽しむために雇っている。地位も最底辺のただの使いパシリだ。今も惨めに日銭を稼ぐ毎日だろう。
海賊は解体し、俺はこの街を手に入れた。騎士団も賄賂さえ送っておけば何でも見逃してくれる。この街はこの俺が法律だ。
だからこそ、呑気に観光などに来たジェラルドをただで帰す気などない。これは神が俺にくれた好機だ。天が俺にジェラルドを越えろと伝えている。奴の権力も金も、全て俺がむしり取ってやる。
そのために今できることを1つずつこなしていこう。
「レオン、お前はカストルが誰にやられたか探れ」
「了解、任せてくれよ」
間延びした声で、ひらひらと手を振ってレオンは出て行った。俺の国で勝手な事は許さない。必ず見つけ出して、親族含めて皆殺しにしてくれる。