町内会の皆様
「つ、釣れない……」
俺は絶望していた。運が悪すぎる。釣竿もエサのカスタマイズも完璧のはずだ。なのに釣れるのは長靴と空き缶ばかり、たまに小さな小魚が釣れる。
「少し休憩するか」
俺は他のメンバーの様子を見てみることにした。実は先ほどから遠くで爆発音が聞こえており、嫌な予感がしている。
近づくとその爆発音の原因がわかった。
「あああ、海の中まで爆発できない!」
フレイヤだった。
少し離れた所にユキがいて、2人で競い合っている。ユキは海の上に立っていた。正確には海が凍りづけにされていた。
ユキが俺を見て、少し照れくさそうにした。
「中々釣れないから、ちょっとやってみた」
ユキの近くに長靴が積まれている。俺と同じ状況で、いやになって海を凍らせたらしい。
「凍らせたけど、魚取り出せなくて困ってる」
ユキは少し天然な所があるようだ。フレイヤはユキの真似をして爆裂魔法を使用しているが、水の中を爆発できなくて困ってるらしい。
「だが、私は諦めない、爆裂魔法は真に万能なはず!」
フレイヤの爆裂魔法への信頼感が凄い。水中では爆裂魔法は使用できないので、物理的に不可能なのだが。
俺は2人を置いて、リンとギルバートの元に向かう。遠くに黒服がちらちらと見えた。マフィアの奴らだろう。何だがか不穏だ。
リンとギルバートは並んで釣りをしていた。
「どうだ? 釣れてるか?」
「おう旦那、ぼちぼちだな」
「私もまあまあ」
2人の魚篭には順調に魚が釣れていた。長靴の姿がない。なぜ無欲な人間はこうゆうときに強いのだろう。
「レンは?」
「ああ、結構釣れてるぞ」
長靴と空き缶ばかりだが強がっておく。これが日頃の行いというものだろうか。ただ2人もテッペイを満足させるようなサイズではない。
俺はドラクロワとポチを探してみた。ポチは釣りに飽きて、日向ぼっこしていた。犬に釣りは難しかったのだろう。
「レン、ドラクロワずるい! 僕水嫌いだから」
そういえば、ドラクロワの荷物は置いてあるが、姿が見えない。
いきなり海面から水飛沫が上がり、何かが飛び出してきた。それはクルクルと回転し、宙を舞う。そして俺に向かってくる。巨大な斧だった。
「え?」
俺は頭が追いつかなかったが、身体が反応してその斧を回避する。斧は地面に突き刺さった。
「ぐはぁっ、し、死ぬかと思ったぜ」
海面からドラクロワが姿を見せる。そのまま、陸に上がってくる。
「いや、釣れないからイラついて自分で行ってみた」
釣れないから海底に潜るという斬新な釣りスタイルだ。
「魚仕留めるのに、武器が必要かと思ってな、デストロイヤー担いでいったんだが……重すぎて浮かび上がれず、死ぬところだった」
どうやらただの馬鹿のようだ。だから、先に海底から腕力で斧を投げて、浮上してきたらしい。
「それでポチ、てめぇはいかねえのか?」
「わん! 水嫌い!」
「へっ、情けねぇな、水が怖いなんて」
「こ、怖くないし! 嫌いなだけだし」
「じゃあ、入ってみろよ」
「で、できるよ」
ポチの尻尾がびくびく震えている。ポチはギリギリのところでストップする。中々入ろうとしない。
「じゃあ、行ってこい!」
ドラクロワがビクビクしてるポチの背中を蹴る。
「ぎゃあ! ドラクロワのばかぁ!」
ザブーンとポチが海に落ちる。ポチが顔を膨らませて、ドラクロワが笑っている。やっぱりなんだかんだこの2人は仲が良い。
どのみちアトランティスに行くために水に慣れる必要がある。ポチには良い訓練になるだろう。
俺はもうひと頑張りしようかと、気を取り直して自分のポイントに戻った。
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日が暮れてきた。結局、思うように釣ることができなかった。今日はこのくらいにしておくか。釣りイベントは運に左右される。今日がダメならまた明日すれば良い。
言い訳がましいが本気を出せば、こんなイベント楽にクリアできる。飛空艇でアニマに行って、ジャングルにある沼で釣りをすれば、やたらデカいナマズがいっぱい釣れる。それを持ってくればクリアは確実だ。
ただアニマは遠いし、何よりジャングルもかなり危険だから、そこまでする気にはならなかった。
俺はみんなに声をかける。ユキとフレイヤは結局収穫がなかったらしく、肩を落としている。
結局ギルバートとリンがしっかりと釣っていた。一匹だけ大物がいて、テッペイを満足させられるサイズに見える。悔しいが、これで船が手に入れられるだろう。
「おい、ドラクロワ、そろそろ終わるぞ」
ドラクロワは海を見ながら立っていた。
「ポチが大物を見つけたらしくてな、今潜ってる」
ポチも水に慣れてくれたようだ。その時、先程のデストロイヤーと同じように海面から金属の箱が飛び出してきた。ドラクロワが軽々とその箱をキャッチする。
「ぷはっ、大物釣れた!」
ポチが顔を出して、海から上がってくる。ポチは釣りが魚を捕まえるものだとわかってないらしい。
「なんだ、この箱?」
「開けてみる」
ポチが素手で金属製の箱をこじ開ける。軋みながら金属の箱が捻じ曲がる。相変わらず半端ないパワーだ。
中には古びた腕輪や武器などが入っていた。ぱっと見で何の腕輪かは判断できない。武器もいくつかあったが、その中でも一本の曲刀が存在感を放っている。豪華な装飾がされており、刀身に光沢が残っている。売れば高いのかもしれない。
一体どこから拾ってきたのだろうか。こんなイベントはなかったはずだ。せっかくだから、頂くことにしよう。この街の騎士団なんかに渡したら私腹を肥やされるだけだ。
その中に海賊旗があるのを見つけた。髑髏が海賊帽を被っている。俺はあとで使えるかもしれないので、とりあえずそれらのアイテムを仕舞いはじめる。
ポチは「僕が1番大きい!」と誇らしげに胸を張っていた。
「レン、後ろ」
俺がアイテムをしまっていると、唐突にリンから声をかけられて振り向く。
それは異様な光景だった。いつの間にかファンタジーの世界には似つかわしくない、ダークスーツとサングラスの男達が並んでいた。
「こんばんは、少しお時間よろしいですか?」
中央のオールバックの男が、穏やかな声で話しかけてくる。全員がすぐに動けるように臨戦体制を取る。
俺は手で合図し、それを抑える。ここで戦いになるわけにはいかない。負けることはないが、ここであいつらに喧嘩を売れば後々面倒なことになる。
「私はシーナポートの町内会のカストルと申します」
町内会なんていう穏やかなものじゃない。こいつらはマフィアだ。絶対に絡んではいけない。
戦闘能力で言うなら俺達の方が強い。こいつら全員を倒すことも可能だろう。
ただマフィアは必ず報復をしてくる。ゲームでは1人でも奴らを倒してしまうと、四六時中狙われる羽目になった。俺だけならまだしも、仲間にも常に危険がつきまとう。
それに一般の団員は大したことはないが、ボスの用心棒をしているレオンとニキータという男女の二人組は強い。
LOLスタッフはマフィアを簡単に壊滅させられたら困るから、300レベルオーバーでも倒せないこの2人を用意した。
マフィアは正々堂々なんてしない。常に暗殺を狙ってくるし、絶対に諦めない。準備がない状況や寝ているときに襲われたら俺に勝ち目はない。それに仲間が単独で行動しているときを狙われたら、俺に守る術はない。奴らは他の街に行っても追ってくる。
だから、絶対に反抗してはいけない。会話でこの状況を乗り切ろう。
「はい、何の用でしょうか?」
「いえ、あなたと一緒に来た方と、どんな関係の方かなと思いまして」
一緒に来たということは、ジェラルドのことか。
「いや、もしあの方と仲が良いのでしたら、ぜひ手伝ってほしいことがありまして」
なるほど、こいつらはジェラルドが目当てだ。そして、ジェラルドを操れるための人質を探している。
厄介だ。倒すことも出来ないし、言うことを聞くわけにもいかない。何とか言葉で誤魔化して切り抜ける。
「別にたまたま一緒になっただけで、関係性なんてありませんよ」
カストルの目が細められる。
「それにしては随分と仲良く見えましたが……」
「いやー、コミュ力が高いもんで!」
あははと笑いながら、頭をかく。何だか誤魔化せてる気がしない。
「まあ、良いでしょう、協力してもらって意味がなければ、また次の候補に当たるだけです」
殺気が強くなる。まずい。仲間達が武器を握ろうとする。俺は慌ててジェスチャーで手を出すなと指示する。皆頷き、フレイヤはサムズアップしてくれた。
「協力しますよ! カストルさん優しくてかっこいいから、信頼できそうですしね! でもその前にトイレに行きたいのです!」
「おい、駆け引きなんてする気はないんだよ、舐めた口をきくと殺すぞ」
カストルが本性を表した。俺の渾身のゴマスリ作戦は失敗した。もとから平和的な解決なんて臨めない。奴らからしたら力ずくで連れていけば良い話だ。
「それはすみませんでした! 俺は争いを好みません、平和主義者です、要求を呑みます」
両手をあげて降参のポーズを取る。カストルは満足そうに笑った。ちょっと笑顔が怖い。
「殊勝な心がけだ、じゃあ聞かせてもらおうか? お前らはジェラルドの何だ? 友人か? ジェラっぶほおおっ!」
話している途中でカストルが爆風に飲まれて錐揉みしながら吹き飛んだ。綺麗に空中を浮いている。ああ、終わった。
「どうだ! レンの指示通り、悪いやつは爆発させたぞ! これこそ正義だ」
フレイヤがにっと笑って再びサムズアップする。ジェスチャーが全く通じていなかった。
「そうだったのか! 俺はてっきり手を出すなって意味かと勘違いしてたぜ! おっしゃ! やってやるぜ!」
ドラクロワがデストロイヤーでマフィアの団員達を蹴散らし始める。
「もう待ておわったの? わん、僕もやる!」
ポチが他の団員達に攻撃し、一瞬で粒子に変えていく。我がパーティを代表する三大脳筋は意気揚々と戦闘を開始した。駆け引きなど眼中にない。
俺はやれやれと頭を振った。そして、頭を切り替える。
「俺は平和主義者なんだが……仕方がないか」
俺は全員に指示を与える。方針変更だ。
「1人たりとも逃すな! 全員消せば、上の奴らに伝わらない! 伝令担当からやれ! ここで殲滅するぞ!」
「……平和主義者って何だろうか」
ギルバートがあきれたように呟いていた。