約束
一方で訓練用木剣はとても使える装備だ。攻撃力はよく分からない骨と変わらず、このままではただのゴミアイテムだが、少し工夫すればその真価を発揮できる。
エルフの里を出た後はこの訓練用木剣の強化に向かうことにしよう。
「その……何でも持っていって良いとは言ったが、本当にそれでいいのか? デュランダルいらないのか?」
ナラーハはまだ目をパチパチさせて、尋ねる。俺はニッコリと笑って返答した。
「もちろん、この木剣が欲しかったんです!」
俺は首を傾げるナラーハと共に、宝物庫を後にした。
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それから宴を開いてくれるというナラーハの誘いを断り、足早にエルフの里を出ようとした。リンとポチをこれ以上待たせたくなかった。
この宴イベントで自動的にシャルロッテが仲間に入る。シャルロッテは美しいエルフの女性だ。容姿ランキングでは上位にくる。弓の名手でバフをかけて、仲間のパラメーターを補助してくれる。
しかし、シャルロッテは素早さが遅く、HPが低い。後衛にいたとしても全体攻撃を回避することは出来ないだろう。俺の旅に付き合えば、まず間違いなく生き残れない。
俺は出来るかぎりこの世界の人間を死なせたくない。だから、仲間選びは慎重にする。
容姿で言えば、是非俺の理想郷に入れたい。しかし、俺は苦渋を飲んで仲間にしない道を選ぶ。
気になっていることはある。まず仲間が死亡した時に復活が出来るのかという点だ。ゲームではもちろん仲間のHPが0になっても復活は可能だった。
そうでなければストーリー上、重要な役割を果たすキャラが戦闘で死んでしまえば、ゲームのクリアが不可能になる。
HPが0になると、敵も仲間も青い粒子になって消える。仲間は一定時間、消えた後魂のような白いものがその場に浮遊している。
その状況でアイテム復活の宝玉や魔法【リバイブ】を使用すれば復活できる。時間が過ぎれば白い魂は消えてしまい、その場での復活は不可能になる。教会に多額の献金をして復活の儀式を行えば再度復活する。
しかし、この世界では恐らく出来ない。死者がそう簡単に復活すれば、現実となった今大きな歪みが生じる。
何より俺は城下町のリリーの店で既に品揃えをさりげなく確認している。初期から必ず店に高額で売っていた復活の宝玉がなかった。
現実世界に合わせて仕様が改変されているのだろう。
そして、もう一つ気になっていることがある。それは仲間の数だ。
ゲームでは仲間は4人までしかパーティを組めなかった。だから、俺はポチとソラリス、ウォルフガングを最終パーティにしていた。
それ以外の仲間は仲間加入条件を一度満たせば、それ以降、話しかけるだけでパーティに編入できる。
それぞれのキャラは生活エリアが決まっているので、仲間にだけしておいて、好きなタイミングでパーティに加えることができた。その際、既にパーティにいるメンバーから1人外さないといけない。
だから、この世界でもいざという時のために仲間にだけしておいて、パーティに加えないという選択もありかもしれない。
それでも仲間にすることで強制的に固有イベントが発生するエルザやギルバートは絶対に仲間に加えることができないが。
また逆に5人目の仲間として連れて行くことも現実世界なら可能かもしれない。これはまた検証する必要がある。
俺はやはり宴に参加すべきかと迷い始めた。シャルロッテを仲間にだけしておいて、パーティに入れなければ良い。
戦闘ではなく、平和になってからパーティに入れ、イチャイチャするならそれでも良い気がしてきた。
俺は雑念を振り払うように首を横に振った。リンやポチをこれ以上待たせるわけにはいかない。
それから数歩進んで、また立ち止まる。悪魔の俺が囁く。シャルロッテとエンジョイしちゃえよ、仲間はきっと待ってくれるよ、と。
俺は頭を抱えた。シャルロッテより戦闘で戦力になるナラーハを諦めるときはあっさり決断したのに、ジジイと美女ではここまで違うものなのか。
煩悩と葛藤しながらエルフの里の入り口に向かうと、そこに人影があった。まるで誰かを待っているかのように1人の美女が悠然と立っている。
俺はこの美女には一切、興味を示さず。その横を無言でスルーした。
「って、無視するなぁ!」
戦姫エルザだった。
「あ、エルザさん、こんにちは、それではまた、御機嫌よう」
俺は丁寧に挨拶をして、去ろうとする。風切り音が聞こえ、反射的に俺は前方に回避した。
「我は誇り高き騎士、エルザである」
「へぇー、誇り高い騎士さんはいきなり後ろから切り掛かってくるんですねー」
ぐはっとエルザはダメージを受けたように膝をついた。そして、震えながら立ち上がる。
「貴様は我が剣を見切った唯一の男だ、もう一度、再戦を申し込みたい」
俺は冷静にエルザを眺めていた。正直、この展開はゲーム時代にはなかった。イベントの強制力から外れたエルザが自分の意思で動いたのだろう。俺の答えは決まっている。
「絶対に嫌です」
「では剣を抜け……って、何で!お願い!戦ってよ!戦って戦って戦って!」
デパートでおもちゃを買ってもらえず、駄々をこねる子供を思い起こす光景だった。
「戦う価値がない」
俺の言葉にエルザは愕然としていた。俺は絶対にエルザとは戦わない。戦ってもし仲間加入条件を満たすようなことになれば目も当てられない。いくら可愛くてもエルザは絶対に仲間にしたくない。
仲間にすれば、俺の人生は破滅を迎える。あの理不尽を100個ほど詰め込んだイベントがやってくる。
「そんなに戦いたいなら、場所を変えよう、俺も最強の自分をお前に見せたい」
涙目だったエルザの顔がぱぁと花咲く。
「いいだろう、私のような最強の騎士を相手にするのだ、準備は必要だろう」
よし、かかった。
「3日後の日没、東の戦士の国、シュタルクで決闘だ、そこでお前に見せてやる、真の強さというものをな」
エルザは肩を震わせながら歓喜していた。彼女が好きそうなシチュエーションをあえて用意してあげた。
「よかろう、それまで私も己を高めておこう」
そして、エルザは鼻唄を歌いながら、ご機嫌に去っていった。最後にスキップまで始めていた。まるでデートの約束を取り付けた少女のように。決闘ってそんなに嬉しいのだろうか。
俺はそんな彼女を見送りながら、罪悪感いっぱいで呟いた。
「まあ、俺行く気ないけど、ごめん」
騙すようで気が引けるが、俺は自分の命が一番大切だ。
デートの約束を取り付けておいて、すっぽかす。何だが自分が最低な男のような気がしてきた。