馴れ初め
翌日、俺とリンはダインの鍛冶場に向かった。
「おう! お二人さん、最高の代物に仕上がったぜ!」
ダインが差し出した短剣をリンが手に持つ。透き通るように青い刀身が滑らかな線を描いている。
「軽い……」
金属ではなく爪であるから、短剣ということも相まって重さの数値が小さい。回避を邪魔しない英雄向きの武器だ。
しかし、その軽さからは想像もできないほどの攻撃力を備えている。オリハルコンすら凌駕する攻撃力だ。
そして、龍の爪は極めて魔法親和性が高い。初期スキルが付与されている。
『魔法属性付与』受けた魔法を武器に吸収して、斬撃属性に他の属性を付与できる。
俺の『魔法剣』の効果時間が存在しない上位互換だ。例えば火属性の攻撃を『属性付与』すれば、他の属性を付与しない限り、ずっと攻撃に火属性が追加される。弱点属性を持つ敵にはかなり効果的だ。
『魔法耐性付与』属性付与と同時に自身にその属性耐性をつけられる。同じ属性を武器で受けた回数により耐性は変化する。
これは極めて優秀なスキルだ。本来、レアアイテムでの鍛治でスキル追加してつけるものだが、この短剣には初期スキルで付いている。
火属性の攻撃を短剣で受ければ、火属性耐性が20%上がる。次に火属性の攻撃を受ければ火属性耐性40%になる。つまりダメージが40%軽減される。これを5回繰り返せば火属性耐性100%、完全耐性を得ることができる。
残念ながら常時発動型のパッシブスキルであるが、一度発動したら3分のクールタイムがあるため、敵の連続攻撃で一気に耐性100%まで行くことはできない。
火属性の攻撃を受けて火属性80%状態で、他の属性、例えば氷属性の攻撃を受けると氷属性20%になり、火属性が0%に戻ってしまう。
1つの属性のモンスターしかいないダンジョンなどではかなりの効果を発揮できる。
これでリンの短剣二刀流が完成した。二刀流になれば、スキルの攻撃回数が増加する。『残影』発動における多段ヒット数がかなり増える。単純な攻撃力以上の効果がある。
「よし、じゃあ、俺が命名しよう!」
俺はネーミングセンスに定評がある。ばっちりの名前をつけてやろう。リンは首を振る。
「いい、私がする、この短剣はファミリア」
リンはキラキラと青く光るファミリアと名付けた短剣をしばらく見つめた。リンの両親が残した形見がリンを守る剣になる。
リンは満足したようにファミリアを鞘にしまった。ちょっとリンが付けた名前がかっこよくて悔しかった。
それから俺は青壁の洞窟にバクバクを迎えに行く。石ころ結界内にブルースライムが溢れていて気持ち悪い。
バクバクは言いつけ通り、『捕食』をし続けて経験値を得たようだ。レベルは452まで上がっている。もはや敵に回したら俺では勝てないレベルだ。
俺はバクバクを戻して、またグランダル城下町に戻った。最後に仕方なく同行者を迎えに行く。
ジェラルドの屋敷に着くと、すでに準備はできていたのかマリリンが待ちくたびれたように足をぶらぶらさせていた。
「あ! レンちゃん、準備できた?」
「無理を言ってすまないね」
ジェラルドとマリリン、そして、料理人ボルドーと執事のアンリも同行するようだ。
マリリンには世話役が必要らしく、アンリがいつも付き添っている。そして、マリリンは料理の味にうるさいため、口に合わなかった場合に備えて、ボルドーを連れていくらしい。ジェラルド家は全てがマリリン中心に回っているようだ。
ボルドーはまるでシェフには見えない。大柄な身体に傷だらけの腕。獣のような眼差し。どう考えても屈強な戦士だ。
俺は2人を飛空艇まで案内する。
「実はあれに乗ってみたかったの! レンちゃんが近くに停めてるから、グランダルの街では話題なんだよ!」
マリリンはハイテンションで、飛空艇の中に入っても好奇心丸出しで中を見学していた。
「えっと、みんな、紹介するよ、今回一緒にシーナポートに行くことになったフリードリヒ夫妻だ」
「ジェラルドだ、よろしく頼む」
「マリリンはマリリンだよ!」
ジェラルドが礼儀正しくお辞儀をする。マリリンはあざとらしさ全開ウインクと決めポーズをする。
「くぅーん」
ポチは2人を見て、尻尾を丸めている。本能的に苦手なのかもしれない。
「あのグランダルの金持ちだな! よろしく!」
フレイヤは礼儀や畏れというものを知らないらしい。フランクに2人と接していた。
一通りの挨拶が済み、ギルバートが飛空艇を離陸させる。
「すごい! ほら! 空に浮いてる!」
マリリンは子供のように窓からの景色を眺めて、飛び跳ねている。ジェラルドが微笑ましくそんな姿を見ていた。
しばらく興奮していたが、早々に飽きたのかマリリンはボルドーに指示をした。
「ボルドー、お茶の準備をして!」
「承知しました」
ボルドーが持ち込んでいた鞄からティーセットが現れる。慣れた手つきでお茶の準備を始めた。
テーブルにお茶と芸術品のようなケーキが並べられる。飴細工やフルーツなどをふんだんに使い、見た目が麗しい。
「全て手作りです」
ボルドーが野太い声で言う。人は見かけでは分からない。
「さあ、皆、飲んでくれ、ボルドーが淹れたお茶は美味しいからね」
俺達はお茶とお菓子をいただく。きっと高級な茶葉を使っているのだろう。上品な味わいだ。ケーキは見た目だけではなく、味も絶品だった。
ポチは目の色の変えてケーキにありついている。その横でうまいうまい言いながら、フレイヤが似たような食べ方をしていた。
意外にドラクロワが上品にお茶を味わってる。俺と目があった。
「魔王城にいたときにダンテに何度も誘われて茶を飲まされたからな、あのジジイは自分の菜園を自慢したくていろんな奴を招待しやがる、断ってもキリがねぇから何度か行ってやったよ、まあ茶は美味いけどな」
「ダンテさん元気かな、あの時はお世話になったから」
リンが言う。ダンテにはリンを助けてもらった恩がある。絶対に敵に回したくない人だ。
「ボルドー、腕を上げたね、このケーキの層に含まれるベリーのソースのアクセントは見事だ」
「お褒めに預かり光栄です」
ジェラルドに褒められて、ボルドーは頭を下げる。
「シーナポートか、久しぶりだね、私とマリリンが出会った思い出の場所だ」
「そう! か弱いマリリンは正義のヒーローに助けてもらったの!」
そこからマリリンとジェラルドのラブストーリーが語られる。1番ユキが興味津々に聞いていた。ポチはお腹いっぱいになって、興味ないのか昼寝を始めた。
簡単に言うと、荒くれに襲われていたマリリンを通りがかりのジェラルドが颯爽と助けて、恋に落ちたというテンプレ過ぎる内容だった。
ボルドーは元々マリリンの親戚で、2人でシーナポートにいたらしい。元マリリンの世話役だったようだ。ジェラルドはその2人を屋敷に誘い入れた。
「あの時のあなた、すっごくかっこよかった」
「君も美しかったよ、一目見た時から私はマリリンの虜だ」
見つめ合う2人。甘い空気が漂う。ユキは顔を普段白い顔を真っ赤にして、これが愛、とか呟いている。
「それからね、アンリはね、マリリンが拾ってきたの」
ずっと動かなかったアンリが静かに会釈する。
「アンリは記憶がなくてね、雨の中で倒れてたから連れてきたの、まだ子供だったし、かわいそうだったし」
マリリンの中では捨て猫を拾ってくる感覚なのだろう。
「アンリは実によく働いてくれるよ、住む場所もないようだから我が家に住み込みで働いてもらっている、歳も近いので子供達の遊び相手になってくれた、いや、正確には教育係かな」
ジェラルドは昔を懐かしむように目を細める。
「ヒースとラインは勉強が苦手だったからね、よくアンリに教えてもらっていた、アンリは同じくらいの歳なのに勉強がよくできたからね、ジークは賢かったがサボるくせがあったからよくアンリに捕まえてもらったよ」
ヒースクリフとラインハルトが勉強が苦手なのは容易に想像できた。
「アンリは戦闘能力も高くてね、子供達に稽古もつけてくれていた、3人ともそこそこ強くなれたのは彼の稽古のおかげだね」
アンリの戦闘能力は彼の過去に由来する。失った記憶を取り戻すことでその真相が分かる。そこにもまたドラマがあるのだが、今はあえてアンリのユニークイベントをクリアしようとは思わない。
俺たちは美味しいお茶を飲みながらおしゃべりを続けた。ユキがマリリンに質問して、マリリンが照れながら答えるという女子トークが中心だったが。
「そろそろシーナポートに着くぞ」
ギルバートから声がかかる。ついに到着か。俺は気を引き締め直す。
南国のリゾート地、シーナポート。別名地獄リゾート。明るい見た目とは異なり、悪意が渦巻く危険地帯。
街を守る騎士団も癒着まみれ、犯罪が野放しにされる法外の街。甘い蜜で観光客を誘き出し、暗闇に引き摺り込む。
俺たちの危険なバカンスが始まる。