フリードリヒ夫人
俺はリンにエクスカリボーを渡し、スキルの説明をする。リンは理解力が高く、すぐに『龍脈』の仕様を理解してくれた。
「MPとHPをあえて減らして『龍脈』を発動させ、すぐに残影と五月雨突きでステータスを向上させる、残りの秒数で一撃でも多く相手に攻撃を入れる」
「まあそんなところだ」
本当の使い道は違うのだが、今は別にその認識で良いだろう。
「私がステータスを向上させたら、レンに攻撃を入れられる?」
「ああ、今の俺じゃあ素早さが違い過ぎて、太刀打ち出来ないだろうな」
リンは満足そうにエクスカリボーを見つめている。
「これがドラゴンエクスカリボーだ!」
俺はネーミングセンスに定評がある。龍の髭を使ったエクスカリボーなので、ドラゴンエクスカリボーだ。これがリンの強さの切り札となる。
ダインの作成が一晩はかかるので、俺たちは一旦外に出た。
「なあ……リン、その、龍の鱗の使い道なんだけどさ、ほら、俺たち防具とかつけないし、その、やっぱり形見として持っておきたいとか、そういうの」
「レン、別にそうゆうのいいから」
リンは俺の意図を簡単に見抜いていた。今更だが俺はリンの両親の形見をあっさり溶かして武器にしている。ゲーム脳なので使えるものは使うのが当たり前になっていた。
「お父さんとお母さんはここにいるよ、私に力を貸してくれている」
そう言って、リンはドラゴンエクスカリボーを振った。
「だから、気にしなくていい、龍の鱗もレンが好きに使って、その方が良いに決まってる」
リンの心遣いに俺は感謝した。龍の鱗の使い道は決まった。次に向かうべきところは、あまり気が進まない場所だ。
俺はリンと別れ、1人でグランダル城下町の西側へ向かう。
そこには巨大な貴族の屋敷がある。この世界有数の富豪だ。だが、決して嫌な金持ちではない。実力者であり、国のために動くことで財を築いた男だ。そして俺が苦手とする人物。
俺は屋敷のベルを鳴らす。しばらくしてメイド達が数人現れ、丁寧にお辞儀をした。全員美人で可愛い。
「フリードリヒ家にどういった要件でしょうか?」
「ええと、その、夫人に用がありまして、あ、俺はレンって言います」
1人のメイドが裏に戻り、確認を取りにいく。それまで一糸も乱れぬ姿勢で他のメイド達は待機する。
しばらくして現れたのは、この屋敷の当主だった。できれば不在でいて欲しかった。
「やあ、レンくん、マリリンに用があると聞いてね」
「ジェラルドさん、こんにちは、いや、すみません、わざわざ出迎えてもらって」
「何を言っている、君は救国の英雄だ、出迎えるのは当然だろう」
ジェラルドは指をパチンと鳴らす。
「歓迎の準備だ」
「はい!」
メイド達は一斉に動き出す。統率された動きだ。めちゃくちゃかっこいい。
俺はそのままジェラルドに迎えられて屋敷に入る。通されたのは金持ちの屋敷でよく見かける、やたら長いテーブルがある部屋だった。
部屋に絵が飾られている。庭の絵と人の絵だ。俺に芸術はさっぱり分からない。
「街の復興はだいぶ進んだよ」
椅子に腰掛けるとジェラルドはグランダル城下町復興の近況報告をしてくれた。
「新しい女王は良き王だ、国民のことを大切に思っている、この国は良い国になるだろうな」
エルザも慣れない政治を頑張っているらしい。
「それでレン君はマリリンに何の用なんだい?」
「はい、珍しい鉱物を手に入れたのでお見せしようかと」
「はは、彼女は宝石などには目がないからね、コレクターと言っても良い」
程なくして、料理が運ばれてくる。一流のシェフが作った名前も知らない料理だ。きっと季節の何々を添えて、みたいな名前がつく気がする。
一口食べたが、確かに美味い。でも俺は冒険者の酒場で出る料理の方が好みかもしれない。
この料理を作ったコックも仲間にすることができるキャラだ。料理長ボルドー、大柄で古傷だらけの身体でコックの服を着てなければ蛮族とかしか思えない。
そんな見た目なのに、料理は繊細で美しいものを作るので、ギャップがすごい。ビールのがぶ飲みが似合う豪快な見た目なのに、ソムリエのようにワインを試飲している姿を見たときはあまりの似合わなさに吹き出してしまった。
ちなみにステータスは見た目の通り攻撃力が高く、生粋のアタッカーだ。
「アンリ、マリリンを呼んできてくれないか? 客人を待たせるわけにもいかない」
「承知しました」
料理を運んできた男に指示を出す。若い執事だ。長身で細身、女性のように艶やかな黒髪を後ろで縛っている。肌が白く中性的な顔立ちだ。立ち姿勢が美しい。
忘却のアンリ。アンリも仲間にすることもできるキャラだ。記憶を失い、フリードリヒ家に拾われて雇われている。固有イベントでその記憶を取り戻すストーリーがある。
しばらくして、階段から明るい声が聞こえてきた。
「あなた! お客さんって聞いたけど、だれ?」
現れたのは、ピンク色の長い髪がくるくるカールしている小柄な女性。少女と見間違えるほど顔が幼い。子供が3人いるとは絶対思えない。パジャマのようなローブを着ている。
俺を発見すると小走りで近づいてきた。
「こんにちわー! マリリンですっ!」
ウインクに決めポーズ。あざとさ全開のロリっ子だ。
「マリリンは今日も美しいね」
「やだー、あなたったらマリリン照れちゃうよ!」
本当になぜこのジェラルドがマリリンと結婚したか謎である。間違いなくラインハルトのお馬鹿な部分はマリリンから遺伝している。
「それでぇー、マリリンに何の用なの??」
一人称はマリリンだった。俺は立ち上がってお辞儀をする。
「フリードリヒ夫人、はじめましてレンといいます」
マリリンは手を叩いて笑った。
「やだやだ、堅苦しいのなし! マリリンのことはマリリンって呼んでね、はい! あくしゅー」
そう言って手を握ってブンブン振ってくる。やたらとスキンシップが多い。もしかしてジェラルドはこうゆうのに弱いのだろうか。
「今日は、え……と、マリリンさんに珍しい石を持ってきました」
「え! ほんと! マリリンは宝石とか大好き!」
俺が懐から龍の鱗を出して机に置いた。その瞬間、マリリンの目が一瞬鋭く切り替わる。
「これは……龍の鱗」
呟くように言う。凄まじい分析能力。一目見て龍の鱗であることを当てた。
マリリンははっとなってキャラを元に戻す。
「すごーい、龍の鱗ってとってもレアなんだよ! どこで手に入れたの??」
「ガルデニアの方です」
「龍って昔に絶滅しちゃった伝説の生物でしょ? 希少価値が、高いんだよねー」
マリリンは惚けたキャラに見えて、その観察眼は本物だ。宝石や貴金属のコレクターであり、それを渡すことで貴重なアイテムと交換してくれる。
宝石や貴金属にはランクが設定されており、そのランクによって交換可能なアイテムが変わる。龍の鱗はSランク、最上級だ。
最上級Sランクは龍の涙の他にアダマンタイト、天使の涙、魂の琥珀などがある。どれも入手難度が異常に高いレアアイテム。
はっきり言って、狙って手に入れることなど不可能な次元だ。それほど龍の鱗は貴重なアイテムとなる。
龍の鱗は防具や盾などを作成することで、かなりの性能になる。しかし、俺もリンも防具や盾は不要だ。素早さが落ちるだけだし、防具を固めたところで一撃死する。回避の精度が下がるぐらいなら、守りなど不要だ。
だから、この使用用途はマリリンとの交換にする。
「これをマリリンさんに差し上げます」
マリリンは俺の目を観察する。彼女は本当は高い知性を持っているように思える。典型的なぶりっ子だ。ジェラルドが見抜けないのは盲目にされてしまっているからか。
「やったぁ! じゃあ、代わりにお礼をしなくちゃね!」
これが俺の狙いだ。Sランクのアイテムならここでしか入手不可の貴重はアイテムを手に入れることができる。
「レンちゃん! ついてきて! マリリンのお部屋見せてあげる」
俺は一瞬ジェラルドの様子を伺う。ジェラルドは優しく笑っていた。
「行ってくるといい」
俺はお辞儀をして、椅子から立ち上がった。マリリンが俺の腕をがしっと掴む。
「じゃあ、行くよ!」
「あ、ちょっ、ちょっと待ってください」
俺はマリリンに引っ張られながら走る。意外に力が強く、俺は必死で足を動かした。前を走るマリリンは元気な少女にしか見えなかった。