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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第5章 英雄の意志
242/370

ハル



__________



柳本遙。久しぶりに日本人の名前を聞いた。



この無理ゲーの世界に、俺以外の日本人がいた。俺はそれを予想していた。



敵意は感じられない。しかし、警戒は怠らない。いつでも戦える準備をしておく。



俺がこの男の正体に気づいたことのは、彼と別れてすぐだった。すぐ近くにいたフレイヤに合流したことが原因だった。



フレイヤは去っていった男を見て、ハルの声と似ていると言った。俺は覚えている。フレイヤが木こりのトムと初めて登場したとき、トムがその従業員をハルと呼んでいた。



グランダル王国にいたNPCがガルデニアにいるはずがない。ここに来るためには飛空艇が必要なはず。歩いて来れる距離じゃない。俺はフレイヤの勘違いかと思った。



その時、俺が山脈で見た飛竜を思い出した。飛竜もプレイヤーが手に入れられる乗り物枠の一つだ。



俺の中で一気に点と点が線でつながっていった。



プロメテウスはフレイヤを見て、俺を人気者だと言った。あれはフレイヤが女性キャラだから揶揄したのではない。



彼女の腕を見たのだ。装備されている腕輪が盗聴器だと気がついた。プロメテウスだからこそ、気づくことができた。



だからプロメテウスはフレイヤに気をつけた方が良いと、俺に忠告した。フレイヤがスパイである可能性を疑っていた。



フレイヤは利用された。初めから、あの木こりのイベントから、全て計画されたことだった。



その事実が示すことは1つ。フレイヤがプレイヤーに好意を抱くというゲームの設定を知っている。



ゲームのキャラクターが設定などを知ることはできない。ならば可能性として考えられるのは、その人物が俺と同じ立場だということ。つまり外から来たプレイヤーだ。



俺は急いで仮面の男を追ったが、すでに姿を見失ってしまった。



周辺を探し回る。高いところに登ろうと思い、壁を蹴って建物の屋上に向かう。



そこで遠い空を飛竜が飛んでいるのが見えた。俺はその飛竜の飛ぶ方向へと走る。



その先であの男が丘の上を歩いているのが見えた。












俺は問い詰める。



「お前の目的は何だ?」



「本当に警戒しないでくださいよ、俺、先輩のことリスペクトしまくってますから!」



警戒を解こうと、全身で無害をアピールしている。何だか毒気が抜かれてしまう。



「お前は俺のことを、前の世界での俺を知っているのか?」



「それはもちろん、知ってますよ! 有名人です! 俺は先輩に憧れてます! 大ファンです! あと、俺のことはハルって呼んでください」



「何か調子狂うな……それでハル、聞きたいことが山ほどある、どうやってこの世界に来たんだ?」



それがわかれば、元の世界に戻る方法が分かるかもしれない。まあ、別に戻りたくないんだが。一応知っておくべきだろう。



「すみません、分かりません」



「え? 何で?」



「先輩はここに来た方法覚えてたんですか?」



「いや、俺も分からないけど、っていうかさっき俺を追ってこの世界に来たって言ったよな?」



「はい! だって俺がこの世界に来るの、それ以外に理由が考えられないですから、正直、どのようにこの世界に来たか覚えてないんです、気づいたらグランダル郊外の森にいました」



「何か釈然としないが、じゃあ、どうして俺を付け狙ってたんだ?」



「付け狙ってはいません、大ファンなので、観察していただけです、ファンとして当然のことかと」



「いやいやいや、ファンでもそんなことしないから」



このハルという男は少し一般人から認識がズレているらしい。俺のような普通の価値観を持つ一般人とは相容れないようだ。



「やっぱり、何か俺に言えないことを隠してるのか?」



「そ、そんな信じてくださいよ! 俺のこのまっすぐな目、先輩に嘘をつくような目に見えますか?」



「うん、見える」



「そ、そんなぁーー!」



何だかハルに流れを支配されて、俺の警戒がかなり下がってきている。



ハルはここで真剣な表情を作る。



「これは仮説ですが、この世界に入るときに一部の記憶を持ち込むことが出来ない仕様なのだと思います、だから、俺も本来のこの世界に来た目的を失ってしまっている」



なるほど、その仮説は説得力がある。俺自身、この世界に来る前の記憶が一部欠落している。



「持ち込まないというか、阻害、ジャマーがかけられているようなイメージかな」



「そうなんですよ! 思い出させないように何か力が働いているような感覚です! でも先輩のことは覚えてましたからね」



「何か持ち込める記憶に条件があるのかもしれない」



これはハルにとって都合の良い設定だろう。俺に教えたくないことは忘れていると言えば良い。こちらに与える情報を取捨選択できる。だが、その説には信憑性はあるように思える。



「でも、なんで俺なんかを知ってるんだ?」



「な、何言ってるんですか! 先輩は超有名人ですよ、特に俺はみたいなゲーマーの中では」



「え? そんなに有名か?」



「はい、特にLOLの世界では有名人ですよ、先輩が残した動画は伝説になってますよ、あのウォルフガング戦とか、最後には負けちゃいましたが魔王戦とか」



別に俺はゲーム配信者なんてしていない。ただネットの中に同じ英雄の仲間たちがいて、積極的に意見交換をしていた。その際に自分の動画を上げたことは何度かある。



「俺はあれを見て感動したんです! その後も先輩は数々の偉業を成し遂げました、特にすごいのがEオリンピックの優勝選手をFPSで完全封殺したときです」



「は? 俺そんなことしてないけど」



「何を言ってるんですか! 先輩はLOL以外にもいっぱいゲームしてましたよ、その中の一つ、ガンオペ3で最強でしたよね」



「ちょっと待て、ガンオペ3? 俺は2までしか知らない、まだ発売されていないはずだ」



「え? 何言ってるんですか? あんなに3をやりこんで達人レベルだったじゃないですか、特にあの2丁拳銃で空中を立体的に動き回る戦法、先輩以外にまともに使える人見たことありませんよ」



話が噛み合わない。ガンオペは2までしか発売されていない。だが、ハルが嘘をついているようにも見えない。



俺たちはそこからゲームや漫画の話を共有して、ある事実が判明した。ハルは俺の時代よりも未来のことを知っている。



「え、うそ! もうアキカンの連載終了してるの!?」



「はい! あれは名作でしたね、ラストは……」



「や、やめろ、ネタバレはするな!」



可能性として3つ。俺がその記憶を失っているか、ハルが嘘をついているか、ハルが違う時間軸からこの世界にきたか。



ここで話していても、その答えは見つからないだろう。



「それで、お前はこれからどうするつもりなんだ?」



「元の世界に戻る方法を見つけます、この無理ゲーの世界じゃ、命がいくつあっても足りませんから」



「LOLのことは知っているのか?」



確か、俺のLOL動画を見たと言っていた。



「もちろん、世界最高の無理ゲーですよ、俺がここまで生き残れているのはゲームの知識があったからです」



確かにゲーム知識がなければ、飛竜など手に入れるのは不可能だ。初見プレイでここまで辿り着くことは出来ない。



「そうか、じゃあ、ひとまず味方ってことでいいんだな?」



「もちろんです! 憧れの先輩を裏切ることなんてしません!」



どこか胡散臭い奴だが、なぜか憎めない不思議な男だ。ハルは懐から黒い水晶を取り出した。



「これでお互いに連絡が取り合えます、先輩が持っていてください、ちなみにもう盗聴はしませんので安心してください」



「ああ、分かった」



俺はそこからLOLの情報を交換した。ハルも俺と同じレベルで情報を持っていた。バグや裏技に関しての知識もある。廃人ゲーマー、つまり英雄の域にいる。



「本当は一緒に旅でもしたいんですが、少し調べたいことがあるので、呼んでくれたらすぐに駆けつけますね、それに記憶を取り戻す方法も探してみます、さすがに自分の記憶がないのは気持ち悪いですからね」



まだ本当に味方かどうかわからない。だから俺は彼をパーティに加える気なんて更々なかった。それをハルも感じ取っているのだろう。



おちゃらけて見えて、こちらを常に観察しているように思える。発する言葉も高速で考えて吟味しているものだ。



俺の目的もハルには教えない。恐らくガルデニアに来ている時点で、ソラリスの復活だと予想されているかもしれないが、念のためその情報は伏せる。



「ではそろそろこの辺で、リンさんたちも待ってると思うので、また何か情報を手に入れたらお伝えします」



「手を借りたくなったら連絡するよ」



ハルはにこにこと笑いながら大袈裟に手をふり、飛竜のいる方へと歩いていった。ハルはコミュニケーション能力が高く、人の懐に入り込むのがうまい。



俺は直感的に理解している。彼は何かを隠している。



記憶が阻害されるという事象を利用し、俺に渡す情報と渡さない情報を選別している。これは確信に近い。



ハルは立ち止まった。



「先輩、多分先輩はまだ俺を疑ってると思います、それは仕方ないことです」



ハルは振り返った。その目はふざけた雰囲気ではなく、真剣そのものだった。



「1つだけ覚えておいてください、俺は先輩を絶対に裏切りません、あなたは俺の……憧れであり、恩人であり、神様だからです、これから何が起こってもそのことは忘れないでください」



そう言ってハルは去っていく。最後の言葉には強い思いが込められているのを感じた。







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