憧れの人
_________ハル__________
プロメテウスはあっさりと青い粒子に変わっていった。先輩の敵に違いはないのだから、殺したところで先輩にマイナスはないだろう。
神兵の腕輪を入手しておいて良かった。この世界の必須アイテムであるから、入手には苦労したが役に立った。
浮かれていた気分に水を差された。あの先輩と握手ができたんだ。もう一生手を洗わないと誓い、その幸せを噛み締めていたがプロメテウスに邪魔された。
俺は路地を歩き、先へ進む。頭を切り替えて、もう一度先輩のことを考える。
先輩はやっぱり流石だ。あのドラゴンスレイヤーを倒すとは思ってもいなかった。
俺はセルジオに蹴られたタイミングで、邪魔な黒竜を倒して先輩の方に移動した。
ティアマトだけはずっと俺の方を観察していて疑っていた。勘の鋭い奴だ。どこかで抜ける予定だったから、蹴り飛ばされたのはちょうど良かった。
ガルドラ火口でこっそりと先輩の戦いを見て、鳥肌が立った。原理は理解できる。でもそれを思いつくことは普通できないし、思いついても常人には実行できない。
あの人はやはり天才だ。
俺はそんな人から握手もしてもらったし、サインもゲットしている。国宝級の価値があると思う。
グランダル城下町で兵士のふりをしてサインをもらえた時は、最高にテンションが上がった。
それからもバレないように、先輩のことを見ている。これはストーカーではない。ストーカーは対象に害を及ぼす。
俺は決して先輩の邪魔をしないし、害も加えない。ストーカーではなく、先輩の大ファンなだけだ。
大ファンなら盗聴器で会話を盗み聞きするのも一般的に行われることだ。
俺はフレイヤに盗聴器の水晶が入った腕輪をプレゼントして、先輩のパーティに送り込んだ。上手く仲間になってくれてよかった。
フレイヤとはあらかじめこの為に友人になっておいた。彼女は友情に飢えている。付け入るのは簡単だった。
先輩達が研究施設に向かうと予測が出来たので、俺はフレイヤを誘って木こりのトムの依頼を受けた。
あの時、初めて先輩に顔を見せたが、きっと先輩はモブの1人なんて覚えていない。俺は極力モブ、NPCのふりに徹した。
そして、自然な流れでフレイヤは先輩のパーティに入った。フレイヤは元々先輩に好意を持つように設定されている。その設定を利用した。
先輩が飛空艇を手に入れるならば、こちらも移動手段が必要だった。だから俺は先輩が研究施設にいる間、飛竜の入手に奔走した。
飛竜を手に入れて戻ってみれば、フレイヤがパーティを抜けそうになっていた。俺はフレイヤに友達として会い、諦めないように説得して策を授けた。
俺も協力した。グランダルの兵士を騙して路地に誘い、昏倒させて兵士の服を奪った。そして、兵士のふりをして木箱を飛空艇に運んだ。
最終的には何とかフレイヤはパーティメンバーとして定着した。
ガルドラ火口でフレイヤにバレそうになった時はひやっとしたが気づいていないようだ。声を変えるのは得意なので、見破られない自信はあった。
盗聴器のおかげで、先輩の動きが簡単に分かるようになった。それまでは作戦会議中の食堂に潜入して聞き耳を立てたりしていた。その手間がなくなった。
途中、俺が饅頭屋で盗聴器の音を聞いていた時、急に音が聞こえなくなったタイミングがあった。あれはあのダルマの影響だったのだろう。
このように俺は先輩の動向を追っていた。
あの人は俺の憧れの人だ。あの人のことは俺が1番よく知っている。
俺は自分の力に自信を持っている。それでも先輩には敵わない。俺は先輩がどれだけ凄い人かを知っている。
路地を抜け、ガルデニアの街外れの丘についた。遠い空に俺の飛竜が飛んでいる。街に近づかないように、俺を迎えに来たのだろう。
俺は足を芝生の上に投げ出して、木にもたれた。息苦しいお面を外すと気持ちの良い風が頬を撫でた。離れた広場からお祭りの音楽が小さく聞こえている。
煙草が吸いたくなった。これは身体的な欲求ではなく、精神的な欲求だ。この世界では煙草は存在しない。
俺は自分の目的を考える。なぜこの世界にいるのか。欠落した記憶がある。それは何かに邪魔されている。封じられている。
行動には理由が存在する。人は意味のない行動はしない。たとえ記憶が欠落していても、俺がここにいるのには意味がある。
人は変わらない。俺はいつでも俺だ。だから、俺はなぜ自分がここにいるのかを推測できるはず。
失われない記憶もある。先輩のことだ。俺の憧れた人。本物の英雄。
不可能を悉く覆す圧倒的な力。それは頭脳だけではない。精神が本来人がたどり着けない領域まで及んでいる。俺は初めて先輩を見た日を思い出した。あれが俺の始まりだった。
「……もっと先輩のことを知りたいな」
「先輩って誰のことだ?」
心のどこかで分かっていた。先輩を俺なんかが監視するなんて、荷が重いと。
この人にバレないようにするなんて、最初から無理な話だった。
見えている景色が違う。普通の人が二手、三手先を読めるなら、先輩は百手先まで読み切るだろう。
どこで気づかれたのだろうか。俺には想像することもできない。
目の前には憧れの人が立っている。俺を先輩が認識してくれている。それだけで光栄なことだ。
「お前は何だ?」
先輩が刀を抜いた。
全身に寒気が襲う。ああ、これだ。きっと先輩自身すら自覚していないだろうな。
この人の持つ気は他の人とは違う。同じ立場にいるからこそ、感じ取れる。
先輩がそうしたいと思ったら、それが現実になる。運命すら捻じ曲げるような、どうしようもない強制力を感じる。
俺は立ち上がった。姿勢を正す。片膝をつき、最大限の尊敬を込めて頭を下げる。
「俺はハル、柳本遥です、レン先輩を追ってこの世界に来ました」
_____第4章 完________