両親からの贈り物
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街は賑わいを見せている。今日はお祭りの日だ。中央の広場にはラン用の場所が用意されている。
皆最初は恐る恐る接していたが、ランの持ち前の明るさに、いつもの間にか打ち解けていた。
子供達もランの周りに集まって楽しそうにおしゃべりしている。きっと精神年齢が同じくらいだから、会話が弾むのだろう。
饅頭屋は激戦区と化している。その中でも長蛇の列ができているのが、ガントとゴントの店だ。どうも今日から売られている新作饅頭があまりに美味しいと話題らしい。
本来はガントやゴントにこの街の取りまとめをさせる予定だったが、龍信仰で秘密裏に皆をまとめていたフロイドという男がいたらしく、彼が町長として就任することになった。
俺も話したが、話の分かる理性的な男だった。長い間、龍信仰を烈火団にバレないように続けられたのは彼の功績らしい。
ランからも良い人そう、というお墨付きをもらったので、フロイドがこの街の指揮を取ることが決定した。
他の仲間達もそれぞれお祭りへと出かけた。
ユキはメアリーに代わり、ギルバートと一緒にいる。フレイヤもそれに付いていった。どうもギルバートが気を利かせて俺とリンの2人にしようとしている節がある。
ドラクロワは気分じゃねぇとか言って、旅館の部屋に閉じ籠ろうとしていたが、ポチから僕に大食い負けるのが怖いんだと煽られて、一緒に大食いをしている。
ポチの難しいことを何も考えていない性格に救われた。今も楽しそうにポチと露店で喧嘩しながらはしゃいでいる。あの2人はやっぱり仲が良い。
俺はリンと2人でお祭りを回る。
「ランは大人気だな」
「そうね、ランはもともと明るい性格だから」
けたけたと子供のように笑っているランを、リンは微笑ましく見つめている。
「ライオネルを倒してくれてありがとう」
「俺もランは守りたかったからな」
「レンに言われたこと、分かった、復讐しても何もすっきりした気持ちにはならなかった」
「あの時は結構きついこと言ったかもな、ごめん」
「謝る必要はないわ、レンが正しかった、それと、私の目的は遂げられたけどこれからも旅には同行するから」
「ほんとか! 良かった、実は心配してたんだ」
「ふふ、レン、気になってるけど私に聞きづらくて変な感じになってた」
「いや、それは聞きづらいだろ? もうさよなら、って言われたらショックだし」
「私はライオネルのことを抜きにしても、もっと強くなりたいから、レンからはこれからも学ばせてもらう」
「分かった、頼りにしてるよ」
ひとまずリンがパーティを抜けないことが分かり、俺はほっと一安心した。
その時、人混みの中からガントが現れた。
「おお、レンさん、リンさん、ちょっと来てくれねぇか」
俺のことをずっと探していたらしい。ガントは俺を案内するように進んでいく。
「店は大丈夫なんですか? 随分繁盛してるみたいですが」
「ああ、俺は作るのが仕事だ、売るのはゴントやサラちゃんがやってくれる」
そのまましばらく進み、街の外れまで来た。周囲に人気はない。
そこにある古びた倉庫の鍵をガチャガチャと開けて、中に入る。古びた倉庫の中には、アイテムが並んでいた。
「これはあの龍の夫婦が俺にくれたアイテムだ、きっとお前さん達が持っていた方が良いと思ってな」
「お父さんとお母さんの……」
リンが美しい光沢を放つ鱗を大事そうに持ち上げた。両親の形見。これがリンのこれからの旅を助けてくれる。
龍の鱗。極めて高い魔法防御と物理防御を持つ素材。
龍の爪。青く透明な宝石のような素材。硬度が高く、魔法親和性が高い。
龍の髭。滑らかで手触りの良い髭。身につけた者に特殊な加護を与える。
どれもまともにゲームをプレイしていては手に入らないレアアイテムだ。そもそも、ゲームではライオネルを討伐できない。リンの固有イベントでもライオネルへの復讐は未達で終わるのだろう。
もしライオネルの討伐に成功していれば、英雄達の中で話題になるはずだ。きっとゲームでのリンの固有イベントはランを守りきることができず、ライオネルにランを殺されるのが、正規路線なのだろう。性格の悪いLOLスタッフの癖が出ている。
だから、リンは固有イベントをクリアしてもユニークスキルを取得しなかった。イベントをクリアしたことになってない。
ゲームでの龍アイテムの取得方法は主に3つだった。1つはディアボロからのレアドロップ。ボスからのレアドロップだから、何回ロードを繰り返しても膨大な時間が掛かる。
もう1つは烈火団の宝物庫に侵入し、盗み出す作戦だ。これはかなり難しいが、入念な準備を進めれば可能だ。バクを最大限に利用することになる。
もちろん失敗するとライオネルに殺される。ちなみにこれでは龍の鱗しか手に入らない。他のアイテムはゲーム上ただの飾りで持ち出すことができない仕様になっている。
最後は天界に登場するモンスターのレアドロップだ。天界自体がエクストラステージ扱いなので、ラストダンジョンの魔王城より敵が強い。そのレアドロップなのだから、入手難度はかなり高い。1番現実的なのが、この選択だろう。
そのため、現実で龍のアイテムが3つも手に入るのは僥倖だ。龍の爪はオリハルコンを超える攻撃力を持つ素材になる。俺はこのアイテムの使い道を決めている。
リンの武器を作る。今までエクスカリボーだけだった。序盤では破格の性能だったが、終盤に来てエクスカリボーでは火力が不足し始めている。
もう一本、龍のアイテムを使って短剣を作る。リンは『二刀の心得』を持っている。短剣二刀流が可能だ。
この龍のアイテムでリンは戦力は倍増する。俺にはその計画があった。だいぶ遠回りではあったが、彼女の両親からの贈り物だ。
「ありがとう、ガントさん、ありがたく使わせてもらう」
リンは宝石のように輝く爪を大事そうに胸に押し当てた。
「きっとあの夫婦も、娘のためになって喜んでいるじゃろう、君を本当の娘だと思っていたからの」
リンの目から一筋の涙が落ちた。その涙は龍の爪に落ち、綺麗に光っていた。
それから俺たちはガントにお礼を言い、広場に戻った。俺たちもお祭りを楽しんだ方が良い。
「リン、何か食べたいものがあるか?」
「そうね、お腹空いたから、あの2人を見習っていっぱい食べましょ」
ポチとドラクロワが、溢れるほどの食べ物を買い込んでいた。
「あ、あの! ドラゴンスレイヤーを倒した方ですか?」
当然後ろから声をかけられる。俺が振り向くと細身の男がいた。その辺りの露店で売っているお面を被っていて素顔は見えない。
「はい、そうですが」
俺がここに戻ってきた時のことを見ていたのだろう。
「私の両親は烈火団に殺されて……あなたがドラゴンスレイヤーを倒してくれたので、本当に感謝しています!」
前にもこんなことがあった気がする。男は興奮気味に手を差しだす。
「あ、あの握手してくれませんか?」
「あ、はい、いいですよ」
若干気恥ずかしい。隣でリンが楽しそうに俺を見ている。握手が終わると男は深く頭を下げた。
「あなたと握手できるなんて、光栄です! ありがとうございました!」
そう言って、スキップしながら離れていった。変な男だ。
「大人気ね、英雄さんは」
「はは、悪い気はしないが、やっぱりちょっと苦手かもな」
そう言って2人で笑い合い、俺たちはゴントの饅頭屋に並んだ。
____________賢王____________
私は荷物をまとめた。ガントから龍の涙を手に入れた。次のステップに進むときだ。
喧騒が嫌いだし、レンくん達に会うのも嫌だったので、裏路地を進んでいく。
人気はないが、細い路地に前からお面の男がスキップしてやってきた。ご機嫌のようだ。お祭りで浮かれているのか。
男とすれ違う。私はあることに気がついた。
「君、ちょっと待ってもらえませんか?」
私が呼び止めて男が立ち止まる。そして、振り向いて私の言葉を待つ。
「君のしている腕輪、どこで手に入れたものですか?」
男は自分の腕輪を確認した。
「普通にお店で買ったものですよ」
違う。私は専門家だから分かる。あれには声を盗聴するための黒い水晶が埋め込まれている。恐らく受信機だ。どこかの声をあの腕輪で聞くことができる。
そして、私はつい最近、その腕輪と似たものを見た。それが盗聴器の方だろう。
先手必勝。この男の動きを止めて、捕縛しよう。私の考えが正しければ、こいつは今後、私の邪魔になる可能性がある。
『ディザスター』
男は倒れない。困ったように頭をかいている。
「これはバレてるか……ここで遭遇するなんて俺は運悪すぎだな……どうしよ」
状態異常が効かない。間違いなく只者じゃない。私は間髪を置かずに軍刀に手をかける。
「仕方ないか」
男が動き出した。信じられないほど速い。私よりも素早さが高い。一瞬で私の横に移動した。いつのまにか軍刀の柄を押さえられている。私は刀を抜くことさえできない。
私は魔王軍幹部だ。ダンテやアリア、ライオネル、そしてレン君、彼らのような化け物クラスの相手以外に負けるわけがない。
腹部に激痛が走る。肘鉄を受け、私は壁に吹き飛ばされる。HPが一気に減らされる。信じられない攻撃力だ。
逃げなくてはならない。本能でそう分かった。こいつはあの化け物達と同じ領域にいる。戦ってはならない。
「どうなんだろ、お前を殺したら先輩の邪魔になるかな」
私を生かすか殺すかを迷っている。細い路地、逃げ道は一本しかない。
私は一気に地面を蹴って、男と逆方向に走り出した。後ろから頭を掴まれる。追いつかれた。頭から地面に叩きつけられる。
更に大量のHPが削られる。
私はこんなところで死ぬのか。私には野望がある。まだ死ぬわけにはいかない。
私には力がなかった。ウォルフやアリア、ティアマト、彼らより戦闘能力は劣っている自覚がある。だからこそ、魔王軍幹部になるために、死に物狂いの努力をした。
戦略と戦術を学び、指揮能力を誰にも負けないように磨いた。私は力不足を補うために誰よりも努力した。
しかし、結局私は力によって潰されそうになっている。暴力という理不尽なものが、私の努力を否定する。
男から冷たい声が降り注いだ。
「お前、先輩の敵だよな、なら殺していいか」
男が剣を抜く。素手で私を圧倒する実力だった。その男が抜刀した。男は剣を振り被った。
ああ、死にたくない。私にはまだすべきことがあるんだ。
最後に頭に浮かんだのは、なぜかサラの笑顔だった。