悠久の約束
それでも2人は僕から離れなかった。リズは生まれた時からずっと一緒だった。僕を心配してずっとついてきてくれる。
ロイクはディアボロを滅ぼすという目的を優先した。強くなり過ぎた僕にディアボロを倒すという悲願を遂げさせようとした。
それは信頼ではなく、ただの利用だった。
そんな歪なパーティでも冒険は順調に進んだ。全てを僕が力で解決するからだ。
そして、僕はついにディアボロと戦う機会を得た。
僕が生まれ育った村にディアボロの侵攻が迫っていた。僕達はこちらから討伐に向かった。リズはもうこの頃、全く戦力にはならなくなっていたが、ついて行きたいと言って聞かなかった。今でもあの時、リズを連れて行ったことを後悔している。
ディアボロとの戦いは熾烈を極めた。僕が今まで戦ったどの龍よりも強かった。
過酷な戦いの中、ディアボロが放った瘴気にリズが飲まれた。今までは余裕で仲間を守れていたから僕は油断していた。ディアボロとの戦いは彼女を守る余裕などまるでなかった。
僕はリズを連れてディアボロから逃げ出した。この時だけは世界のことなど、どうでも良かった。ただリズを助けたかった。俺はロイクのことも置き去りにして、リズを抱えたまま故郷の村に走った。
リズは瘴気に蝕まれ衰弱していた。村の医者では手の打ちようがなかった。だから、僕は一縷の望みをかけて仮面の魔女に助けを求めた。彼女はいつも僕たちを助けてくれる存在だったから。
彼女は助ける方法はあると言ってくれた。しかし、代償が必要だと。僕はリズを守るためなら何でもすると伝えた。
僕はその時、あるスキルを手に入れた。『悠久の約束』何の効果も持たないスキルだった。
魔女は瘴気を打ち払う秘薬を作成してくれた。僕は急いでリズのいる村に戻った。
到着した時、村は焼けていた。親戚のおじさんも、村長も、誰もいなかった。炎が黒い煙を上げていた。龍に村が襲われたのだと思った。
村の広場にロイクがいた。彼は剣を振り上げている。彼の前にはロイクの妻がいた。
俺は絶句した。俺が止めるまでもなく、ロイクは自身の手で家族を青い粒子に変えた。
ロイクが振り向く。目が赤く光り正気を失っている。頰には涙が伝っていた。
村を襲ったのは龍ではなかった。あの時、僕がロイクを置いて村に戻ったから、ロイクはディアボロに負けた。そして、精神を支配された。
「お、おれを、ころ、してくれ」
ロイクが辛うじて声を絞り出した。これが僕が憧れたドラゴンスレイヤーの末路。ロイクは更に近くに倒れている村人を殺した。小さい頃からよく僕たちの面倒を見てくれたおじさんだった。
僕の大切な人が、大切な人を殺した。現実を受け止めきれず、頭がおかしくなりそうだった。
「ころ、してくれ」
ロイクは懇願した。別の村人の少女にロイクは襲いかかる。その時に、リズが手を広げて立ちはだかった。
瘴気に蝕まれ死にかけているのに、少女を庇うようにロイクの前に立った。
ロイクは何の躊躇いもなく、剣を振り下ろす。
「やめろおおおお!!!!」
僕は叫んでいた。目の前が真っ赤になった。身体が勝手に動いた。
手加減などできなかった。弾かれたように最速の動きで僕はロイクを斬っていた。
ロイクが青い粒子に変わっていく。
「ああああぁ!」
声の限り叫んだ。剣を思い切り、地面に叩きつけた。この狂った世界を呪った。ロイクに大切な人を殺させたディアボロを心の底から憎んだ。
いくら憎んでも憎しみが湧き続ける。止まることを知らない。
龍が現れた。ディアボロの命令で村の様子を見にきたのだろう。龍は満足そうに笑っていた。
僕は全身を支配する怒りに任せて、その龍を殺した。ただ殺意のままに、その龍を圧倒した。何かを喚いていたが、問答無用で殺した。
その時に僕は気づいた。
何だ。龍なんて弱いじゃないか。こいつらはただの害虫だ。僕なら駆逐できる。この世から龍という存在を絶滅させよう。そう思った。
リズは魔女の秘薬により回復したが、もう魔法を使うことは出来なくなっていた。辛うじて立つことはできるが、もう走ることはできず冒険にはついて来れなかった。
リズは何度も謝っていた。何に対して謝っていたのか分からない。僕はいつのまにか幼馴染のことを理解できなくなっていた。
僕はディアボロを殺しに向かった。諸悪の根源を断つ。この世の龍を駆逐する。それがドラゴンスレイヤーの使命だ。
ディアボロとの最後の戦いは終わりがなかった。僕もディアボロを殺しきれず、ディアボロも僕を殺せなかった。
お互いに本気で殺し合うがどちらも死なない。決着がつかなかった。
事態が動かしたのは、ある乱入者だった。仮面の魔女だ。
いつもエルドラドの湖の畔で研究をしていた魔女が戦いの場に現れた。手に赤く輝く宝石があった。
彼女はそれを利用して永遠にディアボロを封印できると言った。僕は彼女の言葉に従い、ディアボロの体力を削った。
弱ったディアボロに魔女は魔法を行使する。赤い宝石は眩く光り、ディアボロは完全に封印された。
こうして僕の戦いは終わった。その後、僕は残った龍を片っ端から殺して回り、世界は龍の恐怖から解放された。
僕はディアボロの封印を守るために火山の管理をすることにした。もう二度とあんな絶望を味わいたくなかった。
その後、僕はリズと結婚した。ロイクの墓を建て、彼の好きな酒を置いた。
全てが終わり、平和が舞い戻った。
後に分かったことだが、ディアボロは自身を封印することができることを事前に知っており、当時の部下に封印された場合に復活するため準備を指示していた。
そのため、僕は生き残った龍の残党が何度もディアボロ復活を目論んで向かってくるのを、返り討ちにし続けた。龍を許すことだけはできなかった。
この頃の僕はもう龍など、何の脅威でもなかった。
そこで僕の物語は終わるはずだった。辛い経験は、穏やかな暮らしの中で薄れていくものだと思っていた。
ディアボロとの戦いの最後に、魔女は俺に謝っていた。彼女のおかげでリズを救うことができ、ディアボロも封印できた。謝られることなど何もないと思った。
その理由が分かったのは、ずっと後になってのことだった。『悠久の約束』何の効果もなかったはずのスキルに効果が現れた。
そして、新しいスキルを取得していた。そのスキルは僕に地獄を与えた。
僕の目の前でリズは死んだ。
老衰だった。彼女は最後に僕に感謝していた。そばにいれて幸せだったと。
今思えば、リズはずっと僕を支えてくれた。どんな時もずっとそばにいてくれた。
瘴気の影響はずっと残っていて、日常生活にも支障はあったが、それでも懸命に僕のことを思ってくれていた。
僕はただ残された喪失感の中にいた。
僕だけは歳を取らなかった。病気にもならなかった。リズだけが僕を置いて、歳を取って行った。彼女が少しずつ動けなくなっていくのを見守っていた。
リズだけじゃない。僕の知り合いは皆先に死んでいった。1番長生きしたジャスティンは掠れた声で、僕との冒険は楽しかったと昔話のように語っていた。
唯一、一緒に時を過ごしている存在がいた。あの魔女だった。
彼女はリズが死に、どれだけの月日が流れたか僕が忘れた頃に現れた。
あの頃と変わらず、美しい声だった。
僕が死ななくなったのは、彼女の残したスキルのせいだ。僕は彼女に自分の気持ちをぶつけた。
無限の命など欲しくなかった。周りの人が死んでいくのが耐えられないと。
彼女は仮面を被っており、表情はわからなかった。
だけど、僕に共感していたように思う。彼女も同じ気持ちだったのかもしれない。
彼女はまだエレノアを探していた。途方もない時間をかけて、その人を探していた。
魔女は僕に頭を下げた。そして、一緒にエレノアを探して欲しいと頼んだ。
僕は怒り、それを断った。僕にこのような地獄を与えた上に、自分の要求をすることが赦せなかった。彼女は僕の前から消えた。
そこからの記憶はほとんどない。ただディアボロの封印の管理をしながら、見つけた龍を殺すだけの人生だった。
終わりはなく、永遠に続く日々。いつの間にか、僕の人間としての心は壊れていった。
目の前の現実が舞い戻る。レンと名乗った男は攻撃を続けている。
彼は異質な存在だった。彼ならば僕をこの呪いから解放してくれる気がした。
僕は今でもリズを愛している。
悠久の時を超えても、彼女のことが忘れられない。
だから、早く彼女の元へ行きたい。きっと遅すぎると怒られるかもしれない。
僕にはなぜか分かる。
彼なら僕を殺してくれると。