ライオネル戦
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俺は轟音の元に向かう。開けた大きな空洞に出た。そして、轟音の正体が分かった。
真紅の長い髪が揺れている。傷一つない陶器のように白い肌。細身でありながら、その腕から振るわれる斬撃は大気を揺らす。
俺はついに辿り着いた。前作の主人公、最古の英雄ドラゴンスレイヤー、ライオネルに。
既にランとライオネルが交戦していた。ランが見つかる前に奴を倒したかったが遅かった。
リンが飛び出そうとするのを無理矢理掴んで引き戻す。
あまりに激しい戦い。俺たちが加勢できる次元ではない。
ライオネルの本気は俺の予想を遥かに超えていた。ゲームでの鬼ごっこは手を抜いていたのだと分かる。まるで別物だ。
幻影を纏う歩術に、異常な素早さにより、俺ですら目で追うことが出来ない。ライオネルの姿を視認した瞬間、他の場所に移動している。
ランも龍としてのステータスで辛うじて、ライオネルの攻撃を受け切っているが、硬い鱗の上からライオネルがダメージを刻んでいる。
ランの攻撃も俺が反応できるレベルではないが、ライオネルは軽くかわしている。ランが攻撃を受ける一方でライオネルには一撃も入らない。
「早く! ランを助けて!」
俺はもがくリンを押さえる。なぜ動かないのか。そんな非難の目線を向けてくる。
このままだとランが殺される。でも、まだだ。今はその時じゃない。ランを信じて耐えるしかない。俺は今動くわけにはいかない。
ランが無数の魔法を発動する。ライオネルはそれを避けるために距離を取る。範囲魔法を周囲に発動することで、ライオネルと距離を作った。
そして、ランはステータス向上魔法を自分にかける。ただでさえ高いステータスが一段階上がる。
ランも戦えている。さすがは龍だ。ライオネルの攻撃を防ぎ、爪や魔法で攻撃する。ライオネルは一方的にダメージを与えてはいるが、思ったように攻撃できず苛立っている。
ライオネルが一瞬離れた瞬間に、ランがブレスを吐き出す。ライオネルにそれが掠り、吹き飛んだ。初めてライオネルにダメージが入る。
「久しぶりの龍との戦いだからか、腕が鈍ったか」
そう言って、ランから少し離れた位置で剣を構える。
「このまま時間をかければ僕が勝つ、しかし、もう終わらせたくなってきた」
ライオネルからの威圧が高まる。大瀑布。息すら出来ないほどの威圧が放たれる。ライオネルの目が青く光る。
「最強の技で終わらせよう」
来る。ライオネル最強の奥義。LOLの全攻撃スキルで2番目の威力を誇る。それをステータスが壊れたライオネルが放つ。
その威力は一撃で全てを無に帰す。龍ですら耐え切れるものではない。そして、舞い込む風により逃げ出すことはできない。近くにいる俺たちも例外ではない。
そして発動されたら最後、スーパーアーマ状態でキャンセルできない。まさしく回避不能で即死、発動されたら終わりの絶対的な奥義。
『龍牙斬』
ライオネルの構えた刀身に青白い光が集まっていく。強烈な風がライオネルを中心に吹き込む。ライオネルは勝利を確信している。約束された勝利がそこにある。
それほどまでに『龍牙斬』はどうにもならない。
ランは爪で地面を掴み、必死にその場で耐えている。しかし、既にその距離は『龍牙斬』の効果範囲だ。
リンやプロメテウスやポチも壁の岩に捕まるが、耐えるのすらできずに少しずつ中心部に移動している。
そして俺は何にも捕まらずに、風に乗ってライオネルに向かっていく。
使われてしまえば終わりの文字通りの必殺技『龍牙斬』。
俺が待ち望んでいたのはそのスキルだった。俺はライオネルが『龍牙斬』を使うのを待っていた。
生きる伝説の終わり、そして新しい伝説の始まり。
「俺の大切な仲間を……泣かせるな」
眩い光が溜まっていく刀身に、俺は切り札を投げた。それは風に巻き込まれて、ライオネルに向かっていく。
エネルギーの充填が終わり、ついに発動される。ライオネルが剣を振り下ろした。
『龍牙斬』
何事もなかったように無音だった。溜まっていたエネルギーは幻のように霧散していた。ライオネルが初めて驚愕の表情を作る。
「龍牙斬は封じたよ」
ライオネルが俺を見る。存在自体はずっと感知していただろう。だが、ただの人間に何の警戒もしていなかった。
ライオネルは再び剣を振り上げる。そして、止まった。
「無駄だ、言っただろ、龍牙斬は封じたと」
ライオネルは剣を下ろす。そして、また唖然とした表情をした。
「気づいたか? もうお前は俺の檻の中にいる」
「これは….何だ? お前は何をした?」
これがライオネル討伐に絶対必要だったもの。普通に考えて、『龍牙斬』を一度使われれば終わりだし、通常攻撃されても避けきれない。
俺が勝つためにはその全てを封じる必要があった。だから、俺は最強の檻を用意した。
ライオネルの足元にそれは転がっている。スキル使用不可、移動不可、魔法不可の領域を作り出す俺の切り札。
シャルドレーク遺跡のギミックである水晶だ。
俺はカーマイン戦でシャルドレーク遺跡を利用した時、このギミックの有用性に気がついた。本来であればギミックはそのダンジョン特有のものであり、持ち出すことはできない。
だが、あの時カーマインは遺跡の床や壁を破壊した。あの瞬間、俺にこのアイデアが舞い降りた。
デストロイヤーがあれば破壊不能オブジェクトを壊せる。それならば、ギミックの水晶を固定している柱を壊して持ち出せる。
俺はドラクロワとポチに頼んで、この水晶を持ってきてもらった。もちろん移動不可になるから、運ぶの苦労しただろうが、2人でボールのように投げながら移動すれば可能だ。
そして、なぜ俺達はその水晶を持ちながら、ここまで移動することができたのか。本来なら水晶は自分たちの動きまで阻害してしまう。
それを可能にしたのが、もう一つの切り札だ。
「ポチ、来てくれ」
後ろにポチが着地する。彼の手にあるのは俺が異次元の強さを手に入れるために必須だったアイテム。
ダルマの置物だ。
ガルデニアの女湯に配置されているオブジェクトであり、『イミテート』などのあらゆるスキル効果を打ち消す。
正確にはあらゆる特殊効果を打ち消す。俺たち英雄は女湯を覗くために、凄まじい熱意を持ってトライアンドエラーを繰り返した。
それは裸が見たいなどというくだらない欲望ではない。英雄はなぜ女湯に挑むのかと言われ、皆こう答える。そこに不可能があるからと。
ありとあらゆる手を駆使して俺たちは女湯への侵入を試みた。アイテム、スキル、魔法、その努力を全て蹴散らしたのがこのダルマの置物だ。
ダルマの効果範囲内ではあらゆる効果が打ち消される。スキルの発動自体は可能だが、効果が発揮されない。
ゲームの時からこのダルマの有用性は話題に上がっていた。しかし、女湯に入るだけで殺されるため実質持ち出すことは不可能だった。
ゲームでは女性キャラを操作することが出来ないが、現実は違う。俺はこのダルマをユキに持ち出してもらった。ガルデニアで盗みを行うのだから、危ない橋だったがユキは渡りきってくれた。
このダルマによってシャルドレークの水晶の効果を打ち消していた。
「なあ、ライオネル、ランを……この龍を見逃してはくれないか? こいつは絶対に人に危害を加えない」
俺は願いを込めてライオネルに問う。俺はこの男の物語を知っている。彼はただ人々を守りたかっただけだ。大切な人を失いたくない。俺と同じ気持ちが元にある。
「龍は駆逐する」
分かっていたさ。お前がそう答えるのは。それでも俺は期待せずにいられなかった。
悲しいが仕方がない。俺には明確な優先順位がある。
「そうか……残念だ」
俺は正義の味方なんかじゃない。ただ仲間を守りたい。リンの泣き顔は見たくない、ただそれだけだ。
「動きを封じただけで僕を倒すのは不可能だ」
「ああ、確かHPが自動回復するスキルがあったよな、膨大な最大HPと高い防御力、そのスキルがあれば普通ならお前のHPは削り取れない」
俺は正宗と妖刀村正を抜いた。
「それなら、その全てを上回るダメージを与えるしかない」
「不可能だよ、僕の龍牙斬でもできはしない」
俺は笑う。そうだよ。普通なら不可能なんだ。ライオネル、お前の唯一の誤算は相手が普通じゃなかったことだ。
目の前には煌々と輝く栄光への道が続いている。
「不可能か、その言葉はな、本物の英雄には意味がないものだ」
俺は自分の位置を確認する。ポチの持っているダルマの効果範囲とシャルドレーク水晶の効果範囲、両方の外にいる。
神兵の腕輪を外す。
「ポチ」
ポチに合図をしてスキルを発動する。
『ワンナイトカーニバル』
HPが1になり、狂乱状態になる。攻撃力が2倍になる。『狂戦士の怒り』により減った分のHPが攻撃力に加算される。
『ドッペル』
俺の分身を作り出す。ウォルフガング戦で俺が使った手だ。
だが、あの頃とは次元が違う。あの時は『絶命斬り』だった。そんなダメージ量とは桁が違う。
俺の最強の攻撃スキルをぶつける。
それは『閃光連撃』でも『剣神の太刀』でもない。
『リバース』効果範囲内を30秒前の状態に時を巻き戻す。
俺はジョーカーのスキル『リバース』を習得するまで、どんな危機に陥ろうとこのスキルを温存し続けた。
俺は刀を構える。
俺が持つ最強の攻撃スキル。
それは俺がこの世界に来て、1番初めに手に入れたスキルだ。
一度使ったらなくなってしまうイベント用のスキル。
俺はまだ一度も使っていない。
『天命龍牙』