鉄壁の男
「どうしてこうも俺を知ってる奴がこのタイミングで現れるのか」
大男が苦い表情で呟く。
「てめぇは……あの時……」
大男が掌を向けてドラクロワを止める。
「悪いな、感動の再会をしている暇はない、俺には俺の目的がある」
そう言って拳を握る。ドラクロワも大きく息を吐き出して構えた。
「まあ、いいさ、てめぇをぶちのめした後に話はゆっくり聞かせてもらう」
「ああ、俺を倒せたらお前の質問に何でも答えよう、出来るはずがないがな」
ドラクロワが『竜化』のスキルを使う。これはシュタルクの闘技場でレンの旦那との戦いで見せたスキルだ。身体能力がありえないほど向上していた。
ただでさえ、身体能力の高いドラクロワがもう一段階ギアを上げる。正真正銘の本気だ。
デストロイヤーは使わずに徒手で構える。本当に1番得意なのはやはり徒手なのだろう。
ドラクロワが一気に踏み込む。信じられないほど速い。俺ではとても反応出来ない。
渾身の正拳突きが大男に当たる。勝った。そう思えるほどドラの渾身の攻撃はクリーンヒットした。
しかし、大男は微動だにしなかった。吹き飛ばないどころかのけぞりもしない。
「この程度か」
信じられない。『竜化』したドラクロワの攻撃をノーダメージで受け切った。とてつもなく防御力が高い。
ドラクロワはバックステップで距離を取って、腕に炎を纏わせた。物理攻撃に火属性を付与するスキルを使ったのか。これで物理ダメージは入らなくても、属性ダメージが入る。
「おらぁあ!」
一気に突っ込み、渾身の肘鉄を叩き込む。炎が大男を包む。しかし、その状況でも大男は平気な顔をしていた。
そもそもフレイヤの爆裂魔法の嵐でさえ平然と受け切っていた。魔法ダメージすら通らないほどの魔法防御力。
『アイシクルランス』
隙をついてユキが魔法を叩き込む。避けることさえせず、その攻撃も受けきる。わずかにダメージが入った。
「ほう、俺にダメージを与えられる魔法使いか、珍しい」
「てめぇの相手は俺だ!」
「無駄だ」
ドラクロワが更に攻撃をしようとした時、凄まじい勢いで吹き飛んで壁に叩きつけられた。大男が軽く右手を振っただけに見えた。
「少し寝ていろ」
ドラクロワは起き上がらない。気絶状態になっている。あの防御力と重さが高いドラクロワが一撃で昏倒させられた。
こんな強い奴が烈火団にいるなんて、レンの旦那から聞いていない。ドラクロワは面識があるようだが一体何者なのだろうか。
それよりこれからどうする。今の実力差で勝つのは不可能だ。しかし、逃げてしまえばディアボロが復活してしまう。俺が判断しなくてはならない。
「この先でディアボロという邪龍を復活させようとしている者がいる、俺たちはそれを止めたい」
俺は言葉を使う。この男は信じられないほどの強さを持っているが理性的に見える。俺たちを殺そうと思えばできるだろうが、そうしない。
先程もまるでドドラクロワを測るようにしばらく攻撃を受けていたし、気絶したドラクロワに追撃もしない。
「ああ、それは知っている」
「あなたはディアボロを復活させても良いのですか? 多くの人が命を落とすことになります」
「別に構わん」
「目的は何ですか?」
「それを教える義理はない」
通路の奥から禍々しい黒いもやが出てきた。旦那の言っていた瘴気というものだ。
それが意味することは1つ。手遅れだった。ディアボロが復活してしまった。
大男は俺達を無視して奥に歩いていく。俺たちも覚悟を決めて先に進む。申し訳ないがドラクロワは置いていく。ドラクロワの大柄な身体を運べる者はいない。
瘴気に触れないように奥へと進んでいく。そして、開けた空間へ出た。溶岩が滝のように流れ、灼熱の世界となっている。肌が焼けるように痛い。
中央にその存在はいた。禍々しい瘴気を吐き出す、ほぼ骨だけの龍。辛うじて腐敗した肉がこびりついている。
「ははははは、ディアボロよ、私がお前を復活させたセルジオだ!」
烈火団の男は高笑いをしながら、右手を挙げる。
「お前は復活するために人の欲望に付け込んだ、この腕輪を身につけるものをお前は主人と認めるのだろう?」
ディアボロはゆっくりと頷いた。まだ声を出せないのかもしれない。少しずつ身体が再生し始めている。
「はははは、これで! 俺は世界最強の力を手に入れられる、ディアボロよ、お前に復讐の機会をやろう、あのドラゴンスレイヤー、ライオネルを操り人形にするんだ」
ライオネルの名前を聞いた瞬間、明らかに反応があった。ディアボロの再生した赤い目が光る。
「くくく、ははは、実に良い気分だ、あ? 何だお前ら? おい、マット、ちゃんと仕事をしろよ」
この大男はマットという名前らしい。ようやく俺たちに気づき、セルジオという男はこちらを振り向いた。
その時、マットの姿が消えた。あの巨体からは考えられない速度で移動した。
「え?」
マットがセルジオの腕を掴んでいた。セルジオの顔が苦痛に歪む。
「ぐあ、ああああ、痛い痛い痛い! 痛い! やめろ!」
ただ掴んでいるように見えるが、凄まじい力で握り潰されているのだろう。何が起こったのか分からない。
「ぐぁぁぁ、ディアボロ! こいつを殺せ!」
ディアボロが手が動きマットを切り裂く。さすがにディアボロの攻撃はダメージが通る。それでもマットは微動だにしない。
「ご苦労だった、団長」
そう言ってマットはセルジオを吹き飛ばした。煮えたぎる溶岩の中へ。
「あ、いやだ! あ、ああああ!」
すぐにセルジオは溶岩に沈み、声は聞こえなくなった。マットの手にはセルジオが身につけていた腕輪と赤い宝石があった。
「ディアボロ、お前はこの腕輪の持ち主の言うことに従うのだったな」
ディアボロは無言でマットを見つめている。
「1つ聞かせてくれ、エレノアはどこだ?」
ディアボロの顎が初めて動く。肉片が地面にべちゃっとこぼれ落ちた。
「エレノアか……なつかしい名だ……なぜお前が……その名を知っている」
喉が再生し始めて、声を出すことができるようだ。
「さすがに俺も会ったことはない、ただ当時から生きている婆さんの頼みでな」
「ほう……あの女か……諦めの悪い女だ」
「これは命令だ、ディアボロ、エレノアの場所を教えろ」
「いいだろう……」
ディアボロは巨大な頭をマットに近づける。聞き取れないが、何かを伝えている。
「なるほど」
ディアボロがマットから離れる。
「それで……お前は……我をどうする」
「俺はお前らの昔の確執なんて知らない」
「ならば……我を自由にしてくれないか」
「この腕輪、あと数回で壊れるのだろう?」
「……」
「図星か、お前は自分が復活するために人間の欲望を利用する、そのためにこの腕輪を用意した、だが、人間に隷属する気など更々ない」
「ふふふ……さすがは……あの女の仲間だ」
「あの婆さんを仲間と思ったことはない」
「それでも……復活するまで……長い年月がかかった」
「あのライオネルが管理している、そもそもこの腕輪に人間が触れることさえ、あまりなかっただろうな」
「ライオネルか……あの男は……やはりまだ生きているか」
「ああ、元気に今でも龍を狩っている」
「そうか……あの男こそ……我よりも恐ろしい存在だと思う」
マットとディアボロの会話についていけない。話している間もディアボロの再生は進み、顎の肉が形成されていく。言葉を口に出しやすくなってるようだ。
話の流れからして、マットはディアボロにむしろ敵対しているようにも見える。
「この腕輪で俺がお前に自害を命じたらどうなる?」
「お前は良いのか、我の力を手に入れられれば世界を手中に収められる」
「全く興味がない」
「……なるほど、無欲な男だ、しかし、自害を命じることだけはやめてくれ、何でもする」
「かつて世界を滅ぼしかけた龍も弱音を吐くんだな」
「せっかく生き返ったんだ、まだ死にたくはない」
マットはディアボロの反応を見て満足そうに頷いた。
「よく分かった、では命令しよう、お前はここでもう一度死ね、永遠にな」
その命令をした瞬間、マットの腕輪は砕け散った。
「その命令を待っていたよ、感謝しよう、愚かな竜人よ」