遭遇
俺は森から出た。実験は無事に成功した。理論上は成功すると確信していたが、実際に成功して胸を撫で下ろした。
これで攻撃面において火力はかなり向上した。問題はステータスだけだ。レベルに由来するステータスはライオネルを相手にしたとき、どうにもならない差となる。
特に素早さが厳しい。ライオネルは俺よりも遥かに速い上に、幻影を纏う歩術を使う。数回は何とか回避できるだろうが、俺でも避け続けられるものではない。
それについても手は打っているが、条件を上手く揃えないといけない。ここまで準備はしたが、できればライオネルとは戦いは回避すべきだ。
俺は飛空艇に戻ろうと歩く。明日、ガルドラ山脈に向かい、力のルビーを手に入れてこの地を離れる。
リンはどうするだろうか。このままここに残るかもしれない。俺はそのことを受け入れられるだろうか。
その時、俺はガルデニアから出てきた男を目視した。
「え……」
血のような赤い長髪の男。ライオネルだ。普段烈火団の本部からほとんど動かない奴がガルデニアから出てくるのは珍しい。
ライオネルは凄まじい速度で移動している。幻影を纏う歩術は使用していない。あの歩術はスキルだ。クールタイムも存在し、あくまで移動手段なので瞬間移動ではない。ガルデニアから一気にガルドラ山脈に瞬間移動することはできない。ライオネルでも移動は普通に走るのが1番速い。
嫌な予感がする。ライオネルが真っ直ぐにガルドラ山脈に向かっていく。俺はその理由を考える。普通ならば末端の烈火団に任せてれば良いし、ライオネル本人が出向くことは滅多にない。
もしライオネルが自分から動くとすれば、考えられる可能性は生きている龍が発見されたときだ。
昨日イバンとリーマンがガルデニアに戻っている。タイミングが符合する。
俺は一気に血の気が引いていく。俺は馬鹿だ。楽観的に考え過ぎていた。
イバンやリーマンの様子を見て、俺は人を信じてしまった。大切な人の命がかかっているにも関わらず。俺の判断ミスだ。
恐らく俺の最悪の予想は合っている。ランの存在がライオネルに露呈した。俺の取るべき選択を必死に考える。
ライオネルは絶対にランを殺すことを諦めない。あの男の龍に対する執念は異常だ。そして、俺はランを殺されることを受け入れられない。
だから俺は決心した。もうそれしか道はない。
最古の英雄、ドラゴンスレイヤーを俺が倒す。
今まで俺はドラゴンスレイヤーと戦わないで済む方法を探していた。あえて、命を危険に晒すリンの復讐に反対していた。
しかし、ランの命が狙われている以上、俺には奴を倒す明確な動機ができた。ランは大切なリンの家族だ。俺は彼女の涙を見たくない。
そのためなら、どんな困難だって乗り越えよう。
俺は頭を切り替える。ここでライオネルを足止めすることはできない。そもそも素早さが違うので、ライオネルに追いつくことができない。
飛空艇に乗り込んで、フレイヤを助けた時のように上空から先回りすることも考えた。しかし、危険過ぎる。それでも間に合わない可能性が高いし、それだけ目立つことをすれば、ライオネルは攻撃をするだろう。
下手をすると、空中の飛空艇ごと撃墜される。ライオネルにはその力がある。
どう考えてもライオネルより早くランの元へ向かうことは出来ない。
俺は思考を切り替える。最善の行動は、ランが殺されていない可能性に賭けて、一刻でも早く駆けつけることだ。
ライオネルは龍を討伐する力がある。しかし、ランの戦闘力もかなり高い。ライオネルが楽に倒せるわけではない。
ランが反抗すれば、すぐにはやられないだろうし、ランが逃げに徹すれば、それなりの時間は稼げるはず。
ランは気配遮断の魔法も使える。それがどれほどのレベルかは分からないが、少なくともランの父親はライオネルの目を誤魔化すほどの魔法を使用した。
とにかく、俺にできることはランが生き延びてくれる可能性に賭けて、早くランの元に駆けつけることだ。
もし間に合って、俺がライオネルと戦える状況を作れば、栄光への道は完成する。
俺はちょうど飛空艇から出てくるフレイヤを見つけた。
「フレイヤ! ライオネルにランのことが気づかれた! 皆をランの家に連れてきてくれ! 俺は先に行く!」
そう告げて、フレイヤの返事を待たずに走り出す。ランとリンがまだ無事であることを信じて。
___________リン____________
私は日課のトレーニングをする。エクスカリボーを片手に、レンの姿を想像して戦う。
あの時のレンは強かった。私は近づいたと思っていた。それでもレンとの距離は遠かった。
そもそも攻撃が出来ない。右手を動かそうとすると、それが抑えられていて、蹴りを繰り出そうとしても、その可動域を塞がれている。きっとレンはまだ私に見せていない技をいくつも持っている。
レンとは気まずくなっている。私があんな態度を取ったからだ。避けられている感じがする。
だけど、私の気持ちは変わらない。ドラゴンスレイヤーを倒したい。あの時、目の前でお父さんとお母さんが殺された時、私は自分の無力さを思い知った。
だから強くなろうと決意した。それをレンは否定した。
理解はできる。ドラゴンスレイヤーの強さは異常だ。戦うリスクが高い。それでも、私はあの男を許すことができない。
私はどれだけ時間がかかろうと、あの男を倒す。その為に、私は今まで生きてきた。
「リンちゃん、レンちゃんと仲直りしたら?」
「別に喧嘩してない」
ランは平和主義者だ。両親が殺されたとき、まだ幼かったこともあり、復讐心はほとんどない。それとも龍だからだろうか。人間とは違い復讐などの感情を持ち辛いのかもしれない。
私は今でもあの時の光景が目に浮かぶ。激しい戦い。お父さんは私たちに被害が出ないように戦っていた。そして、最後はドラゴンスレイヤーの剣で首を斬られた。
ランが首を持ち上げた。
「誰か近くに来てる、レンちゃんかな」
龍の感覚は人間の何倍も優れている。近くと言っているが、まだかなりの距離があるだろう。
「あれ? レンちゃんよりちょっと速い」
私はランのその一言で一気に状況を理解した。レンは300レベルオーバー、普通ならレンより速く移動できる者などいない。
昨日の冒険者2人がガルデニアに戻ったばかりだ。このタイミングでレンよりも速い人間の来訪。私は血相を変えて、立ち上がった。
「ラン! 逃げて! ドラゴンスレイヤーが来る」
「え?」
ランはまだ事態が飲み込めていない。私は声を荒げた。
「早く逃げるの! 今すぐ!」
私の剣幕に押されてランが動き出す。
「リンちゃんは?」
「私は人間だからきっと大丈夫、お願いだから、全力で逃げて」
「分かった! 逃げる!」
ランはそう言って、洞窟の外へ走り出した。私は覚悟を固めた。ドラゴンスレイヤーはここに来る。私がすべきことは、1秒でも多く、ランが逃げる時間を稼ぐこと。
私はレンの下で多くのことを学んだ。彼は常に最善を尽くす。その時に何が出来るかを必死に考えている。
私はレンに憧れている。もちろん回避術や強さもそうだが、それが1番じゃない。
レンの本当の凄さは頭脳だ。近くで見ていると、時々恐ろしくなるときがある。普通の人にはできない発想、見つけられない可能性、それをレンだけが手に入れることができる。
あの人が集中をしている時の顔が好きだ。どんな無理難題だろうと、覆そうとする姿。私はレンが見ている景色が見たい。
だから、私は努力をする。彼に近づくために。
ふと、今気づいたことがある。ランが危険に晒されたことで私は気付かされた。ランが大切だ。たった1人の妹、大事な家族。それはドラゴンスレイヤーへの復讐よりも、はるかに優先順位が高いと分かった。
私がレンに憧れ、彼を目指したのは、本当にドラゴンスレイヤーを倒すためだけだったのだろうか。そう自分に問いかける。
復讐心は消えていない。でも、私はきっと、ドラゴンスレイヤーの存在がなくても、レンの背中を追っていただろう。
力を欲する理由はそれぞれある。今、この瞬間、私が力を求める理由は1つ。ランを助けたい。それだけだ。
私は手にしていたエクスカリボーを仕舞う。レンならこの状況をどうするか予想する。彼は怒りや恐怖に屈しない。私に1番求められるものは時間稼ぎ。
それならば、最適解は武力ではない。私は肺の中の空気を吐き出した。困難に直面した時のレンのように集中力を高める。
前を向く。驚きはない。もう覚悟はできている。
真紅の長い髪が揺れた。傷一つない白い肌。背中に背負った片手剣。
私の目の前には龍殺しの英雄、ドラゴンスレイヤー、ライオネルが立っていた。