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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第4章 英雄の決意
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命の恩人



_______烈火団第一隊長________



街外れの丘でガントを待つ。娘が泣き喚いで五月蝿い。待っていれば必ず来るだろう。早く奴を処刑して帰ろう。



隣にいるマットは木にもたれながら、腕を組んでいる。この男は相変わらず何を考えているか分からない。



マットが何かに反応し、顔を上げた。



「……そうか、お前は来るのか」



「今何か言ったか?」



「いや、何でもない」



マットは体重をかけていた木から離れた。



「体調が悪いから、帰らせてもらう」



「は?」



意味が分からない。全く体調が悪いように見えない。それに今は任務中だ。



「お、おい! そんなことが許されると思ってるのか!?」



俺は胸ぐらに掴みかかるが、マットは微動だにしない。手応えで分かる。まるで大木を押しているような感触だ。このままマットが移動すれば、俺は逆に引きずられる。



「俺は体調が悪い、今日は早退させてもらう」



有無を言わせぬ口調でそう告げ、俺は仕方なく手を離した。止めることも出来ずに、マットは去っていく。本当に生意気な奴だ。隊長命令無視として、処罰も考えなくては。



マットが去ったのと入れ替わりに、1人の男が現れる。



あの饅頭屋の親父と同じ服を着ている。店員だろうか。眼鏡をかけた黒髪の男だ。やたらと顔が整っている。



「何だ貴様は? 俺はガントというジジイを連れてこいと言ったんだ!」



その男は鋭い目で誘拐した娘を見た。どうやら正義感に駆られてやってきたようだ。俺たちに勝てるはずがないのに、愚かな男だ。



「ドラゴンスレイヤーは来ないのですか?」



男が口を開く。第一声はライオネルのことだった。こいつ、ライオネルが来なければ何とかなるとでも思っているのか。俺たち烈火団も舐められたものだ。



「ああ、ライオネル様はこんな些事じゃ動かない」



男は予想外な反応を見せた。ふっと笑ったのだ。



「それは僥倖」



余裕な表情をして生意気な男だ。正義のヒーローにでも憧れているのだろう。それが逆に俺の嗜虐心に火をつける。痛めつけて、泣いて命乞いをさせてやろう。情けなく泣き喚く姿を、この娘に見せてやろう。



「おい、そいつは反逆罪だ、痛めつけてやれ」



烈火団の部下が笑いながら前に出る。こいつらも全員手だれだ。そして、暴れることが大好きな力に飢えた馬鹿共。饅頭屋の店員が勝てる相手じゃない。



「私は正義の味方になるつもりはありません」



男が眼鏡をくいっと上げる。レンズに光が反射して白く光る。



「自分の利益のために動きます、あなた方は実に都合の良いことをしてくれた」



「隊長、こいつ頭がイカれてますぜ」



団員達が抜刀する。この男は自分に酔っている。すぐにその仮面は剥ぎ取られる。



「これで私は恩を売ることができる」



「おい! この馬鹿を殺すぞ!」



一気に団員達が動き出す。男は最後まで笑みを崩さなかった。手を静かに前に出す。





















『ディザスター』

















何が起こったのか分からない。団員たちが一斉に地面に倒れ、もがき苦しんでいる。



「は? お、おい! 何だこれ!」



見るからに状態異常だ。しかし、団員達は状態異常無効の腕輪を両手に装備している。少なくとも2つは異常は無効にできるはずだ。それなのに、全員が倒れている。一度に複数の状態異常を付与されたかのように。



「お、おい! まだ動ける奴らは早くあいつを殺せ」



何かしらのスキルだ。しかし、こんなあり得ない効果を発揮するスキルを俺は知らない。効果範囲外にいた奴らは完全に萎縮していたが、それでも精鋭の烈火団。俺の指示で、すぐに攻撃を行う。



【オールダウン】



男が魔法を使った。明らかに団員達の動きが鈍る。これはステータス減少の魔法だ。俺自身、身体の変化に気づく。そして、その減少量のあり得なさに言葉を失う。



あり得ない。俺もいくもの修羅場を潜った。ステータス減少の効果を受けたことなど何度もある。しかし、その減少量とは比べ物にならないほど弱体化させられている。



攻撃力や防御力だけじゃない。恐らく全ての能力が大幅に下げられている。



「借りますよ」



男は状態異常で痙攣している部下から、片手剣を一本奪う。



そして男が動いた。目で捉えることも出来ない、異次元の速度だ。無数の斬撃が一瞬で残りの部下達を粒子に変えていく。



俺は全力で逃げ出していた。今は生き残ることだけを考える。意味がわからない。ただの饅頭屋の店員が正真正銘の化け物だった。
















_____賢王______



方針を転換した。烈火団が饅頭屋を襲ってくれたことで、私はガントに恩を売ることができる。



ドラゴンスレイヤーが出てくる可能性を懸念していたが、そうならずに済んだ。私はガントにとって孫の命を救った恩人となるだろう。



龍の涙を手に入れられる可能性も高い。あとは適当に身内が不治の病で死にそうになっているとでもいえば、ガントは私に龍の涙を渡すだろう。



柄にもなく、ヒーローのようなことをしてしまったのが癪だが、別に饅頭屋に何の感慨もない。私は自分の利益を追求したに過ぎない。



それにしても、つい八つ当たりのように団員達を殺してしまった。弱い者が力を振り翳しているのを見ると腹が立つ。



あの隊長の男は一目散に逃げ出した。別に後を追うつもりもない。あんな雑魚に興味はない。



こんな作業のような戦いに何の楽しさもない。あの時、魔王城でレン君とやり合った時は、心が躍った。私は敵でありながら随分と彼を気に入っている。



私が誰かにそんな感情を持ったのは初めてだった。レン君とは友達になれるかもしれない。そんなレン君の表情が絶望と苦痛に歪む瞬間を見たくてたまらない。



烈火団の生き残りが攻撃してくる。あまりに弱い。この程度で自警団をしているなど笑えてくる。私は作業のように、彼らを青い粒子に変えていく。



結局、この国の自警団はライオネルの強さに便乗しているだけだ。虎の威を狩る狐。そして、トップが愚かだから組織が腐敗する。



ドラゴンスレイヤー、ライオネルは個の武力でいえば最強なのだろう。だが上に立つべき器ではなかったということだ。



魔王様は違う。この私が唯一憧れてしまった、尊敬してしまった人だ。恐らくライオネルであったとしても魔王様には敵わない。



「ひっ、ち、近づくな! 近づいたらこの娘を殺すぞ!」



サラを人質にとっている男が怯えながら、剣を押し当てている。



ああ、苛立つ。私は正義じゃない。世間一般で言えばどちらかといえば、悪だろう。別にそれで良い。私は自分の野望のために全てを犠牲にできる。



しかし、少女を人質に取る男に苛立って仕方がない。私だって必要とあらば、女子供を人質に取ることもあるだろう。なぜ自分がこんなに苛立つのだろうか。自問自答し、すぐに答えを見つけ出す。



単純な話だ。サラが殺されれば私はガントに恩を売れない。生きて助けることで私は命の恩人になれる。だから苛立っているのだろう。



「その子を置いて逃げるのであれば、私は追いません」



私はそう言って、男の反応を見る。この男は明らかに怯えている。発汗し、手が震えている。



「それとも……死にたいですか?」



少し威圧を強める。殺気を込めた。



「ひっ、い、いやだ!」



男はサラを置いて全力で逃げ出した。サラの安全は確保される。私は剣を捨てた。ここからはまた演技をしなければならない。好青年ハリスとして。



私はサラに歩み寄った。出来る限り優しい笑みを作る。



「大丈夫かい?」



「うわぁーん! 怖かったぁ! 怖かったよ!」



サラが私に抱きついてくる。私は優しくサラの頭を撫でた。



「もう大丈夫、怖い奴らはいなくなったからね」



これで良い。サラを救えたことで私は命の恩人になった。ガントへの要望も通るだろう。



サラは私の胸に顔を押し当てて泣いている。小さく弱い身体だ。私はサラの頭を撫でながら、心の中で何か私の知らない感情が生まれている気がした。それは少し暖かいものに思えた。



きっと、気のせいだろう。





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