饅頭屋の襲撃
______烈火団第一隊長_______
俺は烈火団第一隊を連れて、街に出た。目的は饅頭屋のジジイだ。
龍の爪の短剣に気づいた男。放置するのは危険だ。だから、適当な罪をでっち上げて死罪とする書類を作った。この国の法律は俺たちだ。
俺は烈火団第一隊の部下を連れて、饅頭屋に向かう。新人の大男マットも同行している。マットはなぜか屋外ではいつも束の広い帽子を被る。正直似合っていない。
饅頭屋に着くと、店番の男が緊張した面持ちでこちらを見ていた。
「あの……何か、うちに用でしょうか?」
俺は一歩前に出る。
「ここのガントさんに龍信仰の疑いがかかっています、いらっしゃいますか?」
「へっ? 龍信仰! そんなわけないですよ、親父は何かを信仰するような敬虔な人間じゃない」
やたらと大きい声で男は驚いた。
「親父は今出前に出てましてね、帰ってくるのを少し待っていてください」
なるほど、この男は中々肝が据わっている。俺は男を押し除けるように中に入り込んだ。
「ちょっと! 何を勝手に入っているんですか!」
厨房には誰もいない。しかし、台の上には中途半端に作業をした生地があった。近くにあるお湯からは湯気が出ている。部屋の奥には裏口があった。
この男はあえて大声を出して、中にいるガントに合図をしたのだ。裏口から逃げ出せるように。
やたらと手際が良い。罪はでっち上げたものだが、本当にただの一般人なのだろうか。龍の素材に気づくことも出来たのは何か秘密があるのか。
「パパ、ただいま!」
少女の声が聞こえた。振り返ると出かけていた少女の姿があった。そして、あからさまに男の表情に焦りが生まれる。
俺は剣を抜き、男に突きつける。
「この子に少し協力してもらいたい、俺はこの子を町外れの丘まで連れて行き、そこで待っている、だから、ガントさんが帰ってきたら伝えてくれるか? そこに来てくれるようにと」
これは人質だ。逃げ出した男を探し出すのは骨が折れる。向こうから現れてくれるのを待とう。
「貴様!」
男が俺に掴み掛かってくる。俺はそれを軽くいなして、肩を切り裂いた。
「パパ!」
殺しはしない。ガントへの伝言役として必要だからだ。しかし、公務執行妨害だ。それなりの罰は必要か。
俺は男を蹴り飛ばす。盛大に吹き飛び、机にぶつかる。いくつもの饅頭が床に飛び散った。
「誰に歯向かってるんだ? おい! 聞いてんのか!?」
何度も何度も腹を蹴り付ける。男は苦痛に呻きながら身体を丸める。少女の泣き声が耳障りだ。
「俺は言うことを聞かない奴が嫌いだ、いいか、お前がガントを連れてこなければ娘はどうなるか、分かるな?」
脅しの仕方は心得ている。ここまですれば、こいつは俺の言う通りに動く。
部下に泣き叫ぶ娘を無理矢理抱えさえて、外に出る。男は最後まで娘を取り返そうとみすぼらしく地面を這っていた。
俺に逆らおうとするなど、愚かな男だ。この世は弱肉強者。弱者は黙って従っていればいい。
__________ゴント____________
体中が痛い。だが、俺は無理矢理身体を動かす。
娘を助けたい。その意思が俺を動かす。
烈火団の奴らは俺の親父が龍信仰していると言ってきた。なぜバレたのだろうか。それは事実だった。
龍信仰と言っても、遥か昔の邪教のようなものじゃない。昔、親父はガルドラ山脈で龍に助けられた。
龍の夫婦に命を助けられ、それから龍と交流があった。俺もガキのころ、親父に連れられて龍に会ったことがある。龍の住処までの安全な道のりを親父が知っていた。
龍はとても良い奴だった。見た目は怖いが、中身はとても優しくて、俺達と話をするのが楽しそうだった。
もちろん、この街では許されることじゃない。だから、これは俺たち家族の秘密だった。
ある時、龍の夫婦が人間の子供を拾ったと相談してきた。母親と父親はわからず、人間の世界に戻そうと言っていたが、その子は2人にとても懐いていた。
当時、烈火団の行いが酷く。孤児は強制労働か、他国へ人身売買をされていた。それを伝え、夫婦は自分達の娘として、少女を育てることを決めた。
親父は少女の衣服や食料などの人間用のものを用意して、定期的に山に通っていた。
龍の夫婦はそれに感謝し、お礼と言って爪や鱗、傷を癒すと言う涙など、人間の世界で大きな価値があるものをくれた。
親父は命を助けてもらった礼だと受け取りを断っていたが、龍の夫婦に押し切られ、いくつか受け取った。
もちろん、それが烈火団に知られれば殺される。だから、秘密の場所に隠している。
その内、龍の夫婦にも子供ができた。幸せな家庭だったのだろう。
しかし、その幸せは長く続かなかった。
烈火団がその夫婦の存在を知り、討伐隊を派遣した。あのガルデニアの英雄、ドラゴンスレイヤーが動き出した。
俺たちは何もすることができなかった。何の力もない饅頭屋が、それを止めることなどできない。昔、冒険者だった親父は助けに行こうとしていたが、俺たち家族が全力で引き留めていた。
討伐が成功したとの知らせが街に届いた。しかし、龍2体を倒したというもので、少女や龍の子供のことはなかった。親父と俺はすぐに山に向かって、龍のすみかに行った。
激しい戦いの跡があった。そこには少女と龍の子供の姿はなかった。それ以降、彼女達がどうなったのか私達は知らない。
俺は烈火団が嫌いだ。罪のない者を虐げ、大切なものを奪う。許されることじゃない。
だから、龍信仰をする覚悟ができていた。だけど、娘は違う。サラは龍に会ったことなどないし、龍のことなど何も知らない。
彼女だけは絶対に守らないといけない。
顔を上げると、逆光の中、男が立っていた。
饅頭屋のロゴの入った作務衣を着ている。最近、親父に弟子入りしたハリス君だ。配達から戻ってきたようだ。
「大丈夫ですか!? ゴントさん!」
ハリス君は慌てて、俺に駆け寄り、身体を起き上がらせてくれる。
俺は状況を説明した。早く親父に伝えてほしいと。この国の自警団の烈火団が動いている。もう親父を差し出すしか、サラを救う方法はない。
ハリス君は神妙な顔で頷いた。そして、一瞬何かを思案した。
「分かりました」
彼は立ち上がり、黒いメガネをくいっと上げる。それは平凡なよくある動作だった。
しかし、その姿を見て、俺は全身が粟立つような何かを感じた。温厚で一生懸命なハリス君とまるで別人に見えた。
「……私に任せてください」
心強いはずのその言葉は、どこまでも冷たく、研ぎ澄まされた殺意が含まれているように思えた。