命懸けの儀式
俺とフレイヤはガルデニアに戻り、拠点としている飛空艇に乗り込んだ。
飛空艇が既に戻ってきているということは、ドラクロワ達が例の物を手に入れたのだろう。
飛空艇のロビーに入ると、俺は中央の机の上に置いてある物を確認した。
「ほらよ! ちゃんと持ってきたぜ、厄介なもの運ばせやがって」
「わん! きゃっちぼーる楽しかった!」
ドラクロワとポチは無事に手に入れたようだ。
「私も言われたものを用意できた」
ユキがそう言って、少し自慢げに見せてくれる。中々危ない橋だったが、ユキも上手くやってくれたようだ。準備は完璧に整った。
フレイヤが俺の前に出る。そして、大きく息を吸い込んだ。
「あ、あの! 助けてくれて! ありがとう!」
凄い勢いで頭を下げる。赤い髪が舞った。皆その勢いに驚いていた。
「私はこのパーティに入りたい! これから一緒に冒険したい! お願いだ!」
ギルバートはふっと笑う。
「俺はもうフレイヤの嬢ちゃんを仲間だと思っている」
「ふん、勝手にしろよ、俺は酒が飲める奴は嫌いじゃねぇ」
「わん! 花火また見たい!」
仲間達は優しくフレイヤを迎え入れた。
「ほんとうに……いい奴らだな……」
フレイヤが若干涙目になっている。
ユキはフレイヤに近づいた。唯一、反対しそうなのがユキだ。なぜか2人は仲が悪い。微妙な緊張が走る。
「負ける気ないけど……ライバルはいてもいいと思う」
ユキは何故か恥ずかしそうにそう告げる。フレイヤは不安げな顔をしていたが、それを聞いてにっと笑った。
「ああ、私も負けないように頑張るからな!」
そう言って、フレイヤが強引にユキの小さな手を掴んだ。氷雪と爆炎、2人の正反対の魔法使いは握手を交わした。
「手、つめた!」
そして、慌ててフレイヤは手を離していた。
「それで……リンは一緒じゃないんだな」
鋭いギルバートがそのことに触れる。きっとギルバートは既にリンがパーティを抜ける可能性があることに気づいている。
俺は正直にリンの状況を伝えた。
「俺たちには俺たちの思いがある、最終的にはリンが決めることだな」
ギルバートは俺なんかより大人だ。こうゆう時に冷静に話せる仲間は心強い。
「旦那、それで、これからの計画は?」
「ああ、力のルビーを手に入れるために、ガルドラ火山に向かう」
「その火山ってのには、厄介なモンスターでもいるのか?」
ドラクロワは戦闘面を気にしている。
「溶岩系や火属性の魔物、もちろんドラゴンもいる、厄介には変わりないが俺たちなら何とかなる、問題は1人、ライオネルだ」
俺はガルドラ火山の入り口にある魔道具のことを説明する。その魔道具はガルドラ火山の侵入者を感知するもので、発動するとライオネルが追ってくる。
「ドラゴンスレイヤーが力のルビーを守っているのか?」
ギルバートの質問に俺は首を振る。
「正確には違う、ライオネルが守っているのは封印された龍、ディアボロだよ、力のルビーはその封印の1つのピースだ」
「俺たちが力のルビーを奪ったら、ディアボロが復活する危険性はないのか?」
「ディアボロ復活には他にも必要なものがあるから大丈夫、意図して復活させようとしない限り、そうはならない」
「なるほど、それでライオネルに侵入がバレて逃げ切れる可能性はあるのか?」
「……全員が無事でいられる可能性は0だね」
ライオネルはまさに神出鬼没。あの幻影を纏う独特の歩術で急に現れる。俺1人でさえ、ゲームで何度も死に続けながら、力のルビーを手に入れることができた。
運にも助けられないと不可能だ。実際、英雄の中でも何度挑戦しても成功せず、このライオネルイベントのせいでソラリスを諦めた者も多かった。
俺1人ですらその状況、仲間達と一緒に行き、全員が無事にライオネルから逃げ延びることなんて、まず有り得ない。
「だから、とっておきの秘策がある、そもそも魔道具を発動させない」
俺はユキに目を向ける。彼女が手に入れてくれたもの。それがライオネルに気づかれずにガルドラ火山に侵入する鍵だ。
「はは、レンの旦那、また悪そうな顔になってるぜ」
ゲームでは出来なかったことが可能になることで、俺はついゲーマーの本性が出てしまう。
「これでライオネルはクリアできる、今日は他の準備を進めて、明日ガルドラ火山に出発しよう」
その後、各自、自由行動となった。ポチとドラクロワは2人でガルデニア中の飯屋を回るといって出ていった。やっぱり2人は仲が良い。
俺はすることがあるので、仲間が手に入れてくれたアイテムを持って、1人で森の中に移動した。
仲間に何をするか聞かれないように、さりげなく出てきた。森の奥まで進み、周りに誰もいないことを確認する。
これは俺が更に強くなるために必要な儀式。魔道具は無効化できると思う。しかし、念のためのことを考える。ライオネルと闘いになった際に、勝つ可能性を生まれさせるために、必要なことだ。
理論上は上手くいくはず。しかし、失敗すれば俺は死ぬ。怖くないと言ったら嘘になる。死ぬ可能性があるのは当然怖い。
俺はもう自覚している。自分自身がまともな人間じゃないと。英雄として最強に至るための道があるなら、俺は自分の命を賭けられる。
仲間には誰にも言っていない。命の危険があると分かれば、心配するだろうし、反対されるかもしれない。だから、こっそりと抜けてきた。
さあ、始めようか。命懸けの儀式を。
これが成功した後、俺は異次元の強さを手に入れられる。ゲーム時代ですら、超越した力だ。
この無理ゲーの世界は力がいる。それも生半可な力では生きていけない。俺はこの世界で自分が生き残るだけじゃなく、大切な者を守りたい。
進む。次の領域へ。
__________ゴント___________
「あれ? 聞こえなくなったな」
1人しかいないお客さんが何やら独り言を呟いて首を傾げている。
俺は店番をしながら、退屈していた。今日はあまりお客さんが来ない。
というより、あの地獄饅頭が流行ってから、明らかにうちの店の売上は下がった。
あの頑固親父が他店を真似して地獄饅頭に手を出してくれればもっと儲かると思うのだが、絶対に嫌らしい。
勝手なものだと思う。うちの親父は昔、饅頭屋なんて継がないと言い切って若い頃、冒険者として各地を飛び回っていた。かなり腕があったようで、よく武勇伝を聞かせてくれる。
老人は自慢話が好きだからな。サラなんて同じ話を何度も聞かされていて可哀想になってくる。
そんな親父が歳をとって、何を思ったか饅頭屋を継いだ。そこからは殊勝なことに饅頭一筋だ。
俺はもともと冒険者とかできる力なんてない一般人だからな。このまま饅頭屋を継ぐつもりだ。
ただ最近で弟子入りしたハリス君が有望すぎて、俺は親父がハリス君に継がせるんじゃないかと危惧している。
ハリス君にはぜひ暖簾分けで、別の場所で商売してもらいたい。
ハリス君は信じられないほど有能だ。試しに作らせた饅頭は店で売っている物と何ら変わらなかった。
しかし、ハリス君は自分で食べて、「師匠に比べて、生地のこねが足りないですね、食感がかたい、それに餡子の水分量が多過ぎます、煮詰める時間がもっと必要だったのでしょう」と所感を述べていた。
親父は「わしもちょうどそう思ってた」と言っていたが、絶対分かってないと思う。ハリス君がやたらと親父を師匠と呼んで持ち上げるから、親父は良い気になっている。
娘のサラもハリス君に熱を上げている。確かに男の俺から見ても、信じられないほどの美男子だ。何であの外見で饅頭屋に弟子入りしたのか分からない。
そういう俺もハリス君のことは結構気に入ってる。彼が来てくれたおかげで、この店は明るくなった。
その時、俺はこの店に向かってくる集団を見つけた。赤いマントが揺れている。烈火団だ。
嫌な予感がする。彼らの目的地がこの店であるかのように感じる。目線が俺に向いている。
一気に緊張感が高まる。先頭の男には見覚えがある。確かセルジオとか言う奴で、評判はすこぶる悪い。
烈火団は店の前で止まった。