動き出した野心
俺はランに再び、気配遮断の魔法をかけてもらい、ガルデニアに戻ることにした。
「私は……しばらくここに残る」
リンはそう言った。彼女自身気持ちが整理しきれていないのだろう。それにランは家族だ。ガルドラ地方にいる以上、一緒にいたいと思うのは自然なことかもしれない。
「分かった、じゃあ、また迎えにくる」
俺はここでリンが仲間から外れるのではないかと不安に思っている。明らかに意識して距離を取られているし、彼女の目的であるライオネルへの復讐を俺がしないと言い切った。もう俺と一緒に冒険をする理由はないのかもしれない。
それでも、俺はリンとこれからも一緒にいたかった。だから、迎えにくると告げる。
「また遊びに来てね! レンちゃん!」
ランは明るく翼をパタパタして見送ってくれた。
俺とフレイヤは共に下山する。ドラゴンに注意しながら、山道を進む。
「おい、元気出せよ! リンは絶対戻ってくるぞ!」
フレイヤが俺を励ますように背中をバンバン叩く。普通に痛い。気づいていなかったが、俺は元気がないように見えたようだ。
「同じ男に惚れた女同士だ、私にはわかる! 絶対にリンは戻ってくる!」
リンは俺に惚れてないと思う。それでも今励ましてくれるのはありがたかった。
ゲームなら、仲間と喧嘩することなんてあり得ない。現実であるからこそ、それぞれの人の心がぶつかり合う。
俺の気持ちは変わらない。リンとこれからも一緒にいたい。だから、彼女がライオネルに挑むのを止める。そして、また一緒に仲間として笑っていられるように、精一杯のことをしよう。
順調にガルドラ山脈から出た。麓にある森に入る。そこで、俺は大きな岩を見つけた。
「フレイヤ、気をつけろ、その岩に触るなよ」
「ん? これか? どうしてだ?」
普通にフレイヤはコンコンと岩を叩いた。岩がガタガタと揺れながら動き出す。
「げっ、なんか動き出したぞ!」
俺は若干呆れながら説明する。
「それは身動きしないがボムロックというモンスターだ、触れると襲ってくる、特に『自爆』のスキルが厄介だ」
「自爆か! ロマンを感じるな……」
俺にはいまいちフレイヤの価値観が分からない。どこにロマンがあるのだろうか。
そこでふと思った。バクバクは『自爆』を持っていなかった。つまりバクバクはこの岩、ボムロックを食べていない。
ボムロックは他にも、『爆裂体当たり』という爆裂属性のある攻撃をしてくる。これは良い機会かもしれない。
「ちょっと待ってくれ、やりたいことがある」
俺は、指先から火花を散らし戦おうとしているフレイヤを制止して、正宗を抜く。そして、大きな岩の怪物であるボムロックを切りつけた。正宗の一撃でHPは削った。恐らく半分以下になっている。
「バクバク! ボムロックに『捕食』、その後に『爆裂体当たり』を発動しろ!」
俺の指示に従い、バクバクはボムロックを『捕食』した。そして、『捕食』が終わり、すぐに『爆裂体当たり』を発動した。
俺はこれで確信を得た。
「レン、何でそんなに笑ってるんだ?」
無意識に笑ってしまったようだ。それは笑みも溢れるか。ゲーマーとして、これほどまでに心躍ることはない。
「いや、何でもない、先を急ごうか」
フレイヤに説明しても理解できないだろう。俺がしようとしていることは、常人の考えを逸脱している。狂人の域であることは自覚している。
「にやにやして変な奴だな、まっ、そんなところも大好きだぞ!」
俺は常識の枠を外れ、不可能を超える。
_____烈火団第一隊長_____
無事にライオネルは全員殺してくれた。これで俺の罪を知る者はいない。汚職の証拠も工作をして、その殺された1人で濡れ衣を着せた。
全て上手くいった。やはり俺は優秀な人間だ。烈火団の隊長になれる強さがあり、そして、頭も良い。あのドラゴンスレイヤーを操れるほど賢い。
何とかこれからもライオネルを操れないだろうか。
このガルデニアに王はいない。政治は街のジジイ達が行っている。烈火団は全く別の組織だ。ライオネルの方針で、政治には口を出さないし、ジジイ達は烈火団の在り方に口を出さない。
戦争も起こらない。ドラゴンスレイヤーがいるため、誰も喧嘩を売らない。
俺は王になるべき男だ。男は野望を持つ生き物。その中でも俺の野望は大きい。
ライオネルの力さえあれば、この国を従えることもできるし、隣国を占領することも容易い。金も女も簡単に手に入る。
危険なガルドラ山脈を探索したり、町の安全のためにパトロールしたりする必要もなくなる。
そこで俺が目を付けたのは、ディアボロだった。現在の龍信仰はただ龍を崇めているだけだが、昔の龍信仰は違った。
ディアボロは人々を操る力があった。龍信仰により、人々はディアボロの手足となった。
この力を利用すれば、ライオネルを操れるのではないか。そう思い、俺は古い文献を調べた。
ライオネルは烈火団を使い、龍に関する文献を徹底的に集め、禁書庫に入れた。俺は立場上、その禁書庫に入れる。
そして、ディアボロを復活させる方法を知った。肉体はライオネルに滅ぼされたが、魂は残っている。遥か昔に書かれた、ライオネル自身の日記に書いてあった。
魂に干渉する術がなく、そこまで消すことができなかったと。当時いた最高の死霊術師でも対処できなかったらしい。
そして、ディアボロの精神支配はライオネルにも有効だと分かった。ライオネル自身、操られかけたことがあったようだ。日記に何度か出てくる仮面の魔女に助けられたらしい。
これは危険な橋だ。それは十分承知している。それでも、最高の結末になれば、俺はディアボロの力とライオネルの力を手に入れることができる。
そうなれば、俺はこの世界を全て手に入れられる。
部屋がノックされる。
「セルジオ隊長、冒険者イバンが話があると来ています」
「通せ」
イバンは俺が飼っている犬だ。烈火団が直接動けないことを裏でしてくれている。
しばらくしてイバンが現れる。
「おい、イバン、ここに来ることはリスクになるから、やめろと言わなかったか?」
「すみません、セルジオさん、ただ緊急でお耳に入れておきたいことがありまして」
「なんだ?」
「実は……本物の龍に会いました」
「何!?」
俺は驚きのあまり、立ち上がった勢いで椅子を倒してしまう。
詳細を聞き、イバンの言葉は信憑性があると分かった。ガルドラ山脈の地図に印をつけてもらう。まさかガルドラ山脈にまだ龍の生き残りがいたとは。
これは暁光だ。この情報をライオネルに流せば、必ずその龍を討伐しに行く。その間、俺は自由に動ける。龍で時間を稼いでいる間にガルドラ火山でディアボロ復活に動ける。
ガルドラ火山には侵入者感知用の魔道具がある。ライオネルの自室で侵入者がいれば分かるようになっている。ライオネルが龍討伐に行っている間が好機だ。そのタイミングなら気づかれずに、火山に侵入できる。
ただイバンを助けたという冒険者が気になる。ガルドラ山脈で生き残れるほどの実力者だ。名前はレンと言ったか。敵対はしたくない。まあ、ライオネルが龍を殺すのと一緒に、そいつも殺してくれることを祈ろう。
「それと……これは別件で小さいことですが、セルジオさんが流している龍のアイテムについて、気づいた奴がいます」
「どこのどいつだ?」
小さいことなんかじゃない。もしそれがライオネルの耳に入れば、俺が殺される可能性がある。イバンはその重要性を理解していない。
「ただの饅頭屋のじじいです、店に来た冒険者が身につけていた短剣を見て、それが龍の爪じゃないかと声をかけたようです、冒険者の方はもちろん焦って否定しましたが、心配で俺に相談に来ました」
ただの饅頭屋が短剣の素材が龍の爪だと気づくことができるのだろうか。鍛冶屋でさえ、龍の爪など見たことがないはずだ。
その饅頭屋が何もしないことも考えられるが、リスクであることには変わりない。適当な罪をでっち上げて、死罪にしよう。
小さなことでも、リスクは消しておく。それが俺が生き残ってきたやり方だ。