驕りの代償
俺とリンが赤竜のブレスを阻止する。赤竜のブレスを吐こうとしていた先に、フレイヤがいた。
赤竜のおかげで、難なく見つかることができた。何とか間に合ったようで心を撫で下ろす。
「良かった、まだ無事だったか」
俺は『スポットライト』を使用する。これで赤竜のターゲットは強制的に俺に限定される。
「リン、フレイヤを頼んだ!」
できる限り、フレイヤ達から遠ざかるように、回避しながら赤竜を誘導する。赤竜は『スポットライト』の効果で俺以外を狙うことができないので、簡単に誘導できる。
さすがに1人でドラゴンは討伐できない。それに戦闘の騒ぎを聞き出して、他のドラゴンが現れるかもしれない。群れで襲って来られれば、勝ち目はない。
俺はフレイヤから十分な距離を稼げたところで逃げ出す。赤竜は身体が大きい。入れない部分も多いため、入り組んだ場所であれば素早さで負けていても逃げることは可能だ。
俺は木々の間を抜け、岩の影に滑り込む。赤竜は俺を必死に探している。俺はしばらくじっとする。赤竜は俺が見つからないため、諦めて離れていった。
赤竜を無事に撒くことができたので、再びフレイヤの所に戻ってきた。
「フレイヤ、大丈夫か?」
「ああ……大丈夫だ、助かった」
「本当に無茶するなよ、俺は強いから簡単にやられない」
「それでも心配になってしまった、悪い」
フレイヤは素直に頭を下げる。いつもと様子が違う気がする。表情が穏やかに思える。俺へに向ける視線も少し違っている。
「わがままを言うようだが、もう少し手伝ってくれないか? 一緒に来た冒険者達と逃げる途中で離れてしまった、もし生きているなら助けたい」
「そうだな、分かった、どのルートで来たかの道案内を頼む」
俺達3人は冒険者の捜索を始める。ドラゴンにバレないように光や音を立てることが出来ないから、見つけるのが困難だ。
小さな声を出しながら、探し続ける。この闇の中で長距離の移動は難しい。もし死んでいなければ、近くにいるはずだ。
しばらく探していたが、見つからない。フレイヤに悪いが、もう死んでいると考えた方が良い。俺がそのことを伝えようとしたとき、ドラゴンの咆哮と人の悲鳴が聞こえた。
「こっちだ」
俺はその声の方向に走る。壁を蹴り上げて、大きな岩の向こう側に行く。
そこにはフレイヤの別れた2人の冒険者がいた。ドラゴンに襲われている。
最悪の展開だった。闇の中でも、その姿は一目で判断できる。それは通常モンスター最強格のドラゴンの中でも、特に強いとされるガルドラ山脈の最強モンスター、黒竜だった。
これは本当にやばい。赤竜と黒竜では強さが段違いだ。俺でも対処しきれない。
黒竜は冒険者に狙いを定めている。俺は覚悟を固めた。救える人が前にいるなら救うべきだ。
『スポットライト』
スキルを使った瞬間、黒竜と目が合う。俺はいつからこんなヒーローになったのだろうか。ここで彼らを見殺しにすることはできなかった。
「かかってこいよ、黒トカゲ」
俺はいつかのウォルフガングの言葉を借りて、黒竜をトカゲ呼ばわりする。言葉は通じていないだろうが、黒竜は怒り狂ったように俺に敵意を向ける。
先程の赤竜と同じ手を取る。俺が黒竜をおびき出して距離を稼ぎ、離脱するつもりだ。黒竜が動き出す。凄まじく速い。
巨体のわりに素早さが高いため、結構あったと思っていた距離が一瞬で消える。リーチがあまりに長い。
距離を一瞬で詰めて、爪が迫ってくる。俺は辛うじて回避したが、掠りそうになった。これは本気でやばい。ポチがいない今、『ワンモアチャンス』も使えない。
俺はすぐに走り出して、出来る限り皆から離れる。黒竜の追撃が来る。俺は回避不可能と判断して、空中で『流水の構え』を発動させ、吹き飛ばされることで距離を取る。
しかし、その稼いだ距離を、黒竜は一歩の踏み込みでゼロにする。巨体の割に素早さが高いから、一歩の移動が速すぎる。
俺は近くに赤竜がいるのを発見する。恐らく先程俺が戦っていた奴だ。
黒竜が息を吸い込む。ブレスの予備モーションだ。
赤竜とは違い、長い溜め時間が存在しない。一瞬の呼吸だ。そのため、回避行動が遅れる。即死広範囲ブレスが吐き出される。
『スイッチ』
近くに見かけた赤竜と場所を交換して、避ける。赤竜は黒竜のブレスを受けて、悲鳴を上げている。もし赤竜がいなければ、俺は死んでいた。
『お手玉エスケープ』なら生き延びられたが、終わったあとの黒竜の追撃を避けられない。偶然に助けられた。
俺はこの隙に逃げ出そうとするが、すぐに黒竜は俺を捕捉する。『スイッチ』した赤竜の位置が近かったのと、障害物があまりないため、すぐに見つかってしまった。
このままではまずい。倒すことは愚か、逃げ出すことさえ困難だ。
どこか黒竜が入り込むことが出来ない狭いスペースに逃げ込む必要がある。しかし、ブレスを吹き込まれたら終わりだ。黒竜のブレスは予備動作がほとんどないので、溜めている間に距離を取ることもできない。
再び、何の工夫もなく襲いかかってくる。身体能力に任せた野性的な攻撃。しかし、だからこそ純粋に強い。
速く攻撃範囲が広い。回避が困難な条件を満たしている。頭の中で『スイッチ』のクールタイムをカウントする。いざとなれば『イリュージョン』という手もあるが、移動する場所によっては即死する。
俺は再び『スイッチ』で回避できるように、先ほどの赤竜から離れないようにしていたが、赤竜の方が黒竜から逃げ出してしまい、離れてしまった。
これで『スイッチ』できる対象が目の前の黒竜しかいなくなった。黒竜と場所を入れ替えても距離を取ることはできない。
出来ることなら、『スイッチ』の効果範囲ギリギリ遠くに他の竜がいる状況を作りたい。障害物が多く視界が悪いと更に良い。
普通の移動では黒竜から逃げ延びることはできない。『スイッチ』や『イリュージョン』などの瞬間移動系スキルが必須だ。
俺は他の竜を探しながら、必死に黒竜から逃げる。目線を逸らしたら、攻撃が避けきれず次の瞬間に死ぬ。常に黒竜のモーションを意識しながら、逃げ続ける。
赤竜が赤子に思える。それほど黒竜は強い。そして、自分の弱さを改めて思い知る。
俺は強くなったつもりでいた。しかし、ノーマルモンスターに勝てない。一撃で俺の物語が終わる綱渡りをしている。
その時、背後からドラゴンの鳴き声がした。俺には暁光だった。これで『スイッチ』の対象ができた。上手く黒竜を引きつけて、ギリギリの距離でこの竜と場所を入れ替えれば、距離が生まれる。
俺は背後のドラゴンを横目で確認した。
2体目の黒竜だった。
黒竜はどこにでもいる赤竜と違い、個体数が多くない。出会ってしまえば、運が悪いと諦める災害のような存在だ。
背後の黒竜も俺に気付き、向かってくる。正面と背後から2体の黒竜が襲いかかってくる。
前後の黒竜の動きを同時に予測する。深い集中状態で、俺は理解した。どのような手段でも回避が不可能だと。
『イリュージョン』
躊躇いなく奥の手である『イリュージョン』を発動する。運任せで、移動した先は2体の黒竜のすぐそばだった。
数秒で2体の黒竜は俺に気づく。同時の攻撃。俺は攻撃範囲を演算する。辛うじて攻撃が当たらない部分を割り出して、回避する。
死がすぐそこにある。英雄の回避術を持ってしても、この攻撃を避け続けることはできない。
俺はウォルフガングやアリアテーゼ、ベルゼブブを倒した。だから、自分の力を過信していた。強くなったつもりでいた。
俺がいる世界はLOLだ。絶望が蔓延する救いのない世界。誰かを救うヒーローになろうなど傲慢だった。そんなこと、わかっていたはずだった。それなのに、俺は目の前にいる人を助けようとと動いてしまった。
最後まで英雄として、俺は生きる道を探し続ける。しかし、現実は残酷だ。
栄光への道は、存在しない。