私の居場所
私はある日、運命の人と出会った。
その人を見た瞬間、私の意思を超えて彼を好きになった。不思議な感覚だった。この人と一緒にいたいと、強く思った。
レンは私の爆裂魔法を打ち消してくれた。一緒にいたヘルマンが私の暴発を防ぐアイテムを作ってくれた。そして、研究施設で私の力を求めてくれた。
私は初めて自分の居場所を見つけたと思った。もうひとりぼっちじゃなくなった。とても暖かく居心地の良い場所だ。
レンは不思議な人だった。平凡そうに見えて、スイッチが入ると別人のようになる。この人についていけば、全てが上手く行く。そんな気がした。
だけど、私はまた捨てられた。レンに冒険についてこないように言われた。私はやっと見つけた自分の居場所を失いたくなかった。
でも、レンは今までの人たちとは違うことに気づいた。無言でいなくなり、帰って来なかった冒険者達とは違う。この人は私の身を案じている。危険な旅に、私が死んでしまうことを恐れている。
強い言葉を選んでいるが、私にはレンの気持ちが伝わっていた。
それが余計に悔しかった。私はまだ実力が足りていない。強くなったつもりでいた。でもレン達には敵わない。
私は酒場でやけ酒をした。レン達の強さはこの目で見た。あんなに強い人たちは初めて見た。どんな冒険者パーティより強いと思う。
あのレベルに追いつくには、私ではこれから何年もかかる。何年かかっても辿り着けないかもしれない。それだけの差があった。
一緒にいた顔見知りが偶然酒場に居合わせて、話を聞いてくれた。木こりのトムの下で働いている男だ。私が冒険者として依頼を受けたときに良くしてくれた。私が魔法使いということで、魔力が少し上がる腕輪をくれたこともあった。
話を聞いてもらうと、気持ちが少し楽になった。そこで、彼はある作戦を思いついてくれた。物資に紛れて飛空艇に乗り込むことだ。
研究施設で、私の爆裂魔法は役に立った。きっとこれからも役に立つ時がある。そう言ってくれた。レン達のピンチに颯爽と現れる私の姿を思い描いていた。
だから、私は彼の考えた作戦を実行した。
途中、ポチに見つかったときは焦ったが、しぃーって合図すると素直に聞いてくれた。危うく凍りつけにされるところだった。
そして、ガルデニアにやってきた。
私はバレないように注意しながら、レン達の動きを追っていた。いつ合流すれば良いか、タイミングが中々掴めずにいた。きっとバレたら怒られる。そんな中、レン達はガルドラ山脈に旅立った。
私はついていくわけにもいかず、ガルデニアで彼等の帰りを待っていた。
しかし、いつになっても帰ってこない。日が沈み、夜になった。ガルドラ山脈で野営なんて自殺行為だと聞いた。何かあったのかもしれない。
私が助けにいかなければ、レンを失ってしまうかもしれない。やっと見つけた居場所がなくなってしまう。また、ひとりぼっちになってしまう。
私はその心配と恐怖に突き動かされ、ガルデニアにいた腕利きの冒険者を集めた。
危険は十分に承知している。準備は入念に行った。レンを救う。そんな使命感を持っていた。
そして、命を救った私にレンが感謝して、ぜひ仲間になってほしいとお願いされる。そんな甘い妄想を心のどこかで抱いていた。
現実はそんな甘いものじゃなかった。
山に入り、程なくして私たちはドラゴンに見つかって襲われた。腕利きと評判の冒険者達も散り散りになった。生きているのかも分からない。
私も必死で逃げた。ドラゴンのあまりの強さに恐怖しかなかった。私の爆裂魔法は、ドラゴンに全く効かなかった。
逃げ惑い、何度も死にそうになりながら、岩の裂け目に逃げ込んだ。
ドラゴンに気づかれないように息を潜めた。自分の愚かさを呪った。レン達を助けるなんて、そんな実力は私にはなかった。結局、私は自分の命すら守れない。
ドラゴンが岩の裂け目にいる私に気づいた。爪で攻撃をしてくるが、狭いためドラゴンの大きな手では入らない。
何度か爪を入れようとしたが、奥にいる私には届かなかった。このまま諦めてくれないかと願った。
そんな願いは叶わない。ドラゴンは口内にブレスの炎を溜め込んだ。岩の裂け目にいる私は回避なんてできない。ブレスを浴びれば、問答無用で死ぬだろう。
これが私の最後だと分かった。私は死ぬ時も独りだった。自分の居場所は結局どこにもなかった。
いつも強い冒険者としての自分を演じているが、こうゆうときに貧困街の少女が顔を出す。誰もいない寒い夜に震えながら蹲っていた何もできない女の子。
「……ひとりぼっちは……いやなんだ」
泣きながら声を出した。ドラゴンは今にもブレスを吐き出そうとしている。
「助けてよ……王子様」
凄まじい音がした。ブレスを吐く瞬間に、ドラゴンの頭は頭上から地面に叩きつけられた。その威力に地面がひび割れ、砂埃が巻き起こる。
きっと私はこの光景を二度と忘れることができない。
2本の刀を竜の頭に打ちつけている姿は、お伽話の英雄のようだった。
私にも来てくれた。私の王子様が。
別の気持ちが、私の中で湧き上がる。今までは何か大きな力によって、レンのことが好きと感じていた。私はそれを運命などと思ったが、多分違う。
それは私の本当の気持ちじゃなかった。誰かに造られた偽りの気持ちだった。今ならそれが分かる。
レンはきっとそのことに気づいていた。だから、私の気持ちに応えないようにしていた。
でも、今、この瞬間、私は自分の意思でレンのことを好きになった。霞がかかるぼやけた気持ちが鮮明になっていく。これは私の本当の気持ちだった。
「良かった、まだ無事だったか」
ああ、この人は本当に。私の心に入り込んでくる。
私は決めた。この人についていこうと。恋が叶うかはわからない。これだけカッコいい人だ。きっと他の女にもモテるだろう。
レンのことを自分の意思で好きになって気がついた。あの白い少女、ユキもレンのことが好きなのだろう。だから、私は良く思われていなかった。
それでも遠慮するつもりはない。ここが私のたどり着いた居場所だ。ユキとはライバルになれるだろうし、他の仲間達とも仲良くなりたい。
そして、命を救ってもらったこの恩を返す。足手纏いにならない。もっと私は強くなる。自分を守れるように。皆を守れるように。
もうここに貧困街の少女はいなかった。
彼女はやっと自分の居場所を見つけられた。