貧困街の少女
____貧困街の少女____
生まれた時から貧しかった。貧困街に生まれ、父親も母親も誰か分からない。
毎日、飢えに苦しみ、辛うじて生きている毎日だった。
それでも、私は自分を不幸だと思ったことはなかった。それが当たり前で、それ以上の幸せを知らなかったから。
それに私には仲間がいた。同じように親のいない子供達。ピーター、カリム、ジェニー。私たちはいつも一緒だった。彼らが私の家族だった。
ピーターは頭が良く、いつも私達のリーダーだった。残念ながら、喧嘩は弱かったので、私がいつも守っていた。
カリムは寡黙な子だった。いつもあまり喋らない。でも、喧嘩は私より強かった。身体は私より小さいのに、技術や才能が違った。
ジェニーは可愛い女の子だった。ピーターはきっとジェニーが好きだった。苦しい生活でも笑顔を絶やさず、みんなに気を使っていた。
喧嘩なんてできるわけがなく、誰かが守ってあげなければ、死んでしまうような存在に思えた。
私たちはいつも4人で、その日の食事を得るために必死に動いていた。そして、夜は夢を語りながら、一緒に寝た。
協力して泥棒を退治して、食料を奪ったこともある。力を合わせれば、何でもできる気がした。
ある時、いつものようにみんなでゴミ捨て場を漁っていたら、ジェニーが古びた本を見つけた。
それは町娘が王子様に恋をする話だった。ピーターだけが文字を読むことができたので、みんなにその話を聞かせてくれた。
町娘の優しい少女は、貧しくても懸命に働いていた。そして、手に入れたお金で、恵まれない子供達にご飯を作っていた。
彼女は料理が得意で、子供達が美味しいって言ってくれるのが、何より好きだった。
それを良く思わない悪い大人達がいた。彼らはその町娘の働いて貯めたお金を奪おうと、やってきた。
町娘はこれは子供達のためのお金ですと声高に叫んだ。
悪い大人達はそんなことはお構いなしに、町娘の大切なお金を取ろうとする。
そこに王子様が颯爽と現れて、悪い大人達を追い払った。
お城の王子様は彼女の評判を聞き、その料理を食べてみたいとお城を抜け出してきていた。
町娘は助けてくれたお礼に王子様に料理を作った。料理を食べたとき、王子様はお城のコック達が作る料理よりも美味しく思い、涙を流した。
王子様は町娘をお城に招き、貧しい子供達のために、レストランを作った。町娘はそのレストランで子供たちに美味しい食事を提供した。
程なくして王子様と町娘は結婚した。そこから、2人は幸せに過ごした。そんな話だ。
私はその町娘を自分に重ねた。いつか私にも王子様が、迎えにくるのだと、そう思った。
それにしては、私はその町娘と比べて、あまり良い子ではない。料理もできないし、生きるためなら、何でもする。自分を守るために、誰かを攻撃することだってある。優しさなんてほとんどない。
そうしなければ、ここで生き残れない。だから、こんながさつな私では王子様は現れない。
ジェニーはいつか王子様が来るといいな、と言っていた。ジェニーにはきっと王子様が来る。彼女は誰よりも優しいから。
ピーターが小さな声で、僕が王子様になるとつぶやいていた。
私も心の奥で、こんな乱暴な私を迎えに来てくれる人が、この世界のどこかにいるのかもしれないと思っていた。
いつの間にか、私はそんな夢を見なくなった。成長したからかもしれない。子供の心は次第に薄れていく。
時々、私の街にやってくる男たちがいた。彼らは冒険者といい、私たちに美味しい食事を振る舞ってくれた。
冒険者は危険だが、世界を見て回ることができる。そして、力さえあれば、富を得ることができる。
彼らも生まれはこの街だったが、冒険者として成功し、今では贅沢もできているらしい。
私は彼等の話を聞くのが好きだった。見たことのない世界。見たことのない生き物。この世界には、私の知らないものが山ほどあると知った。
私は冒険者に憧れ、努力をした。昔兵士だったおじさんから、武術を習い、魔法が使える冒険者に魔法を教えてもらった。
残念ながら、私には魔法の才能がなかった。いろんな魔法を教えてもらったが、どれも使いこなすことができなかった。
それでも、私は諦めなかった。武術の稽古をしながら、ゴミ捨て場で見つけた魔導書を読み漁った。文字を読めなかったので、文字を読む練習もした。
ただ憧れて、努力を続け、私の身体は大人に近づいた。この街では、子供はすぐに死ぬ。大人になれる方が少ない。私は無事に生き残ることができた。
その頃には、私はもう1人だった。最初にいなくなったのはジェニーだった。
彼女は自分の身を守ることができなかった。ゴミ捨て場に迷い込んだモンスターにあっさりと殺された。彼女の王子様は現れなかった。
次に死んだのはピーターだった。ジェニーがいなくなってから、彼は魂が抜けたようだった。毎日のように泣き、涙は枯れ果てた。
彼は生きるのを諦めた。病気なのか飢えなのか。彼は私の目の前で倒れ、青い粒子に変わった。
カリムは自然と私から離れていった。ジェニーとピーターが死んで、元々寡黙だった彼は更に何も話さなくなった。
ある時、その腕を見込まれ、冒険者達に誘われてこの街を出た。私には挨拶もなかった。
私はひとりぼっちになった。私だって、ジェニーやピーターの死は辛かった。大切な人は皆、私の前からいなくなる。
それでも、私は必死に生きることにした。
しばらくして、私は自分の才能と出会った。爆裂魔法だ。
他の魔法はどれだけ頑張っても習得できなかったが、爆裂魔法だけは簡単に習得できた。
私はそれが嬉しくて、爆裂魔法を毎日訓練していた。
自分の中にある濁った感情、忘れたい過去が、大きな音と共に弾けるのを感じた。美しい爆炎が全てを忘れさせてくれた。ついつい爆裂魔法に夢中になってしまい、やりすぎることもあった。
だけど、神様はいつも私に優しくなかった。ある夜、盗賊の男に私は襲われた。この街ではよく聞く話だ。その男は強かった。私は頑張って修行をしていたはずだった。爆裂魔法も練習した。
それなのに、私はその男に敵わなかった。ただの盗賊なのに私は勝てない。男に馬乗りになられ、何度も殴られた。
ジェニーにピーター、次は私の番だと思った。その時の感情は今でも覚えている。私は神様を呪った。この理不尽に怒りを感じた。
私は仲間が欲しかっただけだ。冒険者になって、助け合えるパーティを組む。そんな未来が欲しいだけだ。
こんなところで、死ぬわけにいかない。怒りは凄まじい熱量で、私の身体を駆け回った。そして、男は爆炎で弾き飛んだ。
最初は何が起こったのか分からなかった。誰かが助けてくれたのかと思った。しかし、誰もいない。私は無意識に爆裂魔法が発動されていたことを知った。盗賊の男はもう粒子に変わっていた。
このことがあってから、私は更に強くなるために訓練を続けた。
そして、月日が経ち私は旅立ちの日を迎えた。大人になり、爆裂魔法という武器を手に入れ、冒険者として独り立ちできた。
付近のモンスターをコツコツと狩って貯金もあった。この街で貯金などあればすぐに奪われるが、私はそれを守れるほど強くなっていた。
私はすぐに仲間を探した。冒険者というのはパーティを組む。私は絆で結ばれた人たちを見て、いつも羨ましかった。
ひとりぼっちが嫌いだった。
幸い、私は運良くパーティに入れてもらった。私の爆裂魔法が認められたようだった。
私は嬉しくなり、自身の爆炎でモンスター達を焼き払った。最初はみんな喜んでくれた。
しかし、長くは続かなかった。何が原因なのか、あの盗賊に襲われた日以降、爆裂魔法は私が意図せずに暴発してしまうときがあった。
パーティの1人が私の魔法で怪我をした。命に別状はなかったが、皆の見る目が変わった。それまでの温かい眼差しではなく、腫れ物に触るような目だった。
朝起きたら、パーティの皆はどこにもいなかった。きっとどこかに出かけているだけだと思って、その日はずっと待っていた。彼らが帰ってくることはなかった。
それから私はソロで活動した。冒険者としてのリスクは跳ね上がる。何度も死にそうになった。
爆裂魔法で敵を吹き飛ばしている間だけは嫌なことを忘れられた。私は心に溜まった濁った感情をぶつけるように、敵を焼き払った。そんな私には爆裂狂という不名誉なあだ名がつけられた。
爆裂魔法の暴発を何とか抑えようと努力した。でも無理だった。また大切な人を傷つけてしまう。
ひとりぼっちは嫌だ。でも、誰かを傷つけるのはもっと嫌だ。そして、誰かに捨てられるのはもっともっと嫌だった。
だから、私は、いつも独りだった。
冒険者に憧れて、冒険者になった。でも夢が叶った今は、あの時想像していた幸せな光景とは違った。
これが私の追い求めた夢の果てだった。