救助
俺は何とかドラゴンから逃げ延びて、仲間達と合流した。
目的は果たすことができた。これで今後バクバクによる被害は出ないし、バクバクが強くなりすぎて対処できなくなることもない。
更に『テイム』『イミテート』で俺がバクバクの溜め込んだスキルを使用できる。もし敵モンスターで欲しいスキルがあれば、バクバクに『捕食』させることで手に入れることができる。これでスキル面で、ネロと俺は同じ状況に立つことができた。
「日が暮れたな」
ギルバートが空を見上げる。バクバクを追って随分と山脈の奥地まで来てしまった。
さすがに山脈で野営は出来ないので、街に戻るしかない。俺たちは来た道を戻り始めた。
その途中、俺はふと空を見上げた。遠くにドラゴンのシルエットが見えた。距離があるから、気づかれることはない。
しかし、遠目ではあったが、そのドラゴンのシルエットがガルドラ山脈に登場するモンスターではないように見えた。あれは飛空艇と同じく、ゲームでプレイヤーが手に入れられる乗り物、飛竜のように見える。
飛竜のようなドラゴンはすぐに山の影に入って見えなくなった。現実の世界では、プレイヤー以外でも飛竜に乗れる者がいるのかもしれない。
辺りが完全に闇に包まれる。足元が悪く、下山に苦労する。灯りをつけたいが、ドラゴンに気づかれる可能性があってできない。
暗い中をドラゴンに見つからないように注意して進んでいく。道中、何度かドラゴンを発見する。
ガルドラ火山で最も強いとされるモンスター、黒竜の姿も見える。赤竜や青竜、土竜や白竜などもこのガルドラ火山には出現する。その中でも黒竜が1番強い。正直、俺たちでも勝てないと思う。
もちろんゲームではあらゆる手を使って、黒竜を討伐したことがある。しかし、それは周到な準備があってのことだ。今戦いになって勝てる道理はない。
俺たちは息を潜め、ドラゴン達をやり過ごし、やっと安全な地帯まで降りてきた。既に時刻は深夜になっている。
「ふぅー、さすがに疲れたな」
「旦那、早くガルデニアに戻って、温泉でも入ろう」
「そうだね、温泉が待ち遠しい」
「ぼく、眠い」
俺たちは足早にガルデニアに戻った。
俺はガルデニアに近づいた時、異変に気がついた。数人が入り口で俺たちの方向を見て集まっている。もう夜も遅い。こんな時間に何をしているのだろうか。
俺は門に近づいて、そこにいた住民に話を聞いた。
「何かあったんですか?」
「実はガルドラ山脈に行った冒険者達がこの時間になっても帰ってこないんです」
「それは不安ですね、俺たちもさっきガルドラ山脈から帰ってきたんですが、行き違いになったみたいです」
「これから烈火団の救助隊が編成されます」
ここは烈火団に任せるのが良いだろう。俺は正義の味方ではない。この理不尽な世界で全てを救おうと思えるほど、聖人でもなければ、夢想家でもない。
「それにしても、ガルドラ山脈に向かう冒険者なんて命知らずですね、鉱石か何か狙ってるんですか」
「違いますよ、恋人が山に行ってから、帰ってこないのを心配していたようです」
それは不安だろう。助けに向かう気持ちはよく分かる。
「女性なんですが、その恋人を探すために、街にいた腕の立つ冒険者達に声をかけたんです、その方も冒険者なのか、よく危険性は分かっていました、この時間なのであまりガルドラ山脈の奥地には行かないようにすると言っていたようですね」
少し安心した。恋人を心配して、無謀に向かったのかと思ったが、それだけ準備をして行くのだから、危険性をよく理解している。
「無事に帰ってくるといいですね」
「はい、烈火団の皆さんに期待しましょう」
俺は門を潜り、中に入ろうとする。その時、近くの人の話し声が耳に入った。
「あの赤髪のねぇーちゃん、心配だよな、爆裂魔法の使い手って言ってたが、ドラゴンには通用しないよな」
俺は動きを止める。心臓が鼓動を増す。
「おい、その冒険者の名前は?」
俺は慌てて、そこにいた冒険者に問い正す。
「え、あ、名前なんて、しらねぇよ、なんだよ、いきなり」
近くにいた別の冒険者が横から入り込んでくる。
「俺、名前聞いたぜ、別嬪さんだったんで、声かけたんだが、恋人がいるって、ふられちまった、確か……フレイヤとか言ったな」
何故だ。ありえない。フレイヤはグランダル城下町で別れた。どんな移動手段でもこのタイミングでガルデニアには来れない。
いや、方法は一つある。
俺はポチが開けた木箱を思い出した。あの時のポチの様子は明らかにおかしかった。
俺はさっとポチを見る。ポチは目に涙を溜めて震えていた。
「だって、フレイヤさんがしっーってしてたから」
あの木箱の中に隠れて、俺達と一緒にガルデニアに来ていたのだ。
そして、フレイヤは恋人、そう思っている俺がガルドラ山脈から中々帰ってこないのを心配して、冒険者達を集めて救助に向かった。
本当に馬鹿だ。文句を言ってやりたい。俺がそう簡単に死ぬわけがない。むしろ助けに向かうフレイヤの方が危険だ。
そして、文句を言うためには、もう一度彼女と生きて会わなければならない。
俺はさっと振り返り、仲間を見渡す。皆、既に何をしようとしているか分かっている。
俺は全ての人を救えるとは思えない。だが、仲間だけは必ず救う。
「行こう、フレイヤを救出する」
しかし、この闇の中で闇雲に探して見つかるだろうか。冷静に考えて、見つからない可能性もあるし、俺たちにも命の危険がある。
それに今から戻っても、かなり捜索までに時間がかかる。それまでフレイヤが無事でいる保証がない。最大限に時間効率良く捜索しなければならない。
「おい! 早くいかねぇのか!」
ドラクロワが急かしてくる。ここで急いでガルドラ山脈に向かうのは違う。最適解はそうじゃない。
「飛空艇の離陸準備をしてくれ、俺は行くところがある」
そう言って走り出す。できる限り、空から見えるように道の中央を全力で走る。そして、町外れの丘に着いた。
日没ではないが、俺は空に向けて手を振る。奴の性格は知っている。きっと俺の動向を常に意識している。必ず現れる。
「私に何か用ですか?」
しばらくして、プロメテウスが姿を見せた。やはりこんな時間でも俺のことを見張っていたのだろう。
「ガルドラ山脈にいるフレイヤを『天眼』で探して欲しい」
捜索能力として、この世で最も優れているのがプロメテウスの『天眼』だ。任意の場所を空から俯瞰することができる。
「私が協力するとでも?」
「ああ、協力してくれると思っている」
俺は勝算があって来た。プロメテウスは徹底した利益至上主義だ。自分にプラスの行動は取り、マイナスの行動を取らない。
フレイヤを助けることは何のデメリットもない。せいぜい時間が使われるというだけだ。
フレイヤを探すメリットは一見無いように見える。しかし、実はプロメテウスが得るメリットがある。
俺の心象だ。奴は俺に恩を売れる。俺はプロメテウスに貸しを一つ作ることになる。
プロメテウスが温泉に現れたのは、俺に盗聴器を仕掛けるためもあったが、もう1つの目的として、同じ目的に向かっているということを印象付け、協力させようとしていた。
だから、この選択はプロメテウスにとってメリットのはずだ。むしろここで断り、フレイヤが死んでしまえば、俺は二度とプロメテウスに協力しないだろう。
プロメテウスは眼鏡をくいっと上げた。
「いいでしょう、これは貸しですよ、忘れないでください」
「分かった、ありがとう」
お礼はちゃんと述べる。打算があったとしても、プロメテウスのおかげでフレイヤを救出できる可能性が上がる。
俺はフレイヤの風貌をプロメテウスに伝える。プロメテウスの左目が金色に輝き始める。『天眼』だ。
俺はバクバクのレーダーを取り出す。このレーダーは空から見た光景が等高線によって表されている。既にバクバクは俺のテイムで格納されているので、レーダーには表示されないが、最後にバクバクがいた位置周辺のマップはそのまま表示されている。
俺はレーダーをプロメテウスに渡す。プロメテウスも空から俯瞰してガルドラ山脈を見ている。レーダーの等高線により、場所を割り出せるはずだ。
もどかしい時間が過ぎる。中々見つからない。
わずかにプロメテウスの眉が上がった。
「今爆発が起こりました、この地点です」
プロメテウスが指差す地点に俺は印をつける。間違いない。フレイヤの爆裂魔法だ。
フレイヤが爆裂魔法を使うということは、ドラゴンに襲われている可能性がある。
「この恩を忘れないでくださいね」
「ああ、助かった」
俺は全力で走り出す。フレイヤを救うために。