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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第4章 英雄の決意
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憎悪の利用



_______烈火団第一隊長_______



「おい、新入り! 早く酒を持って来い!」



これは教育だ。世の中には上下関係があり、新入りは先輩を尊敬しなければならない。



「俺が持ってこよう」



俺が指示した新入りではなく、近くにいた大男が立ち上がる。普通、新入りは成人したばかりの若造だが、なぜかいい歳の大男が新入りで入ってきた。マットという名だ。



2メートル以上の身長に筋骨隆々の身体。中央で分けている髪は手入れがされておらず、所々跳ねている。無精髭を生やし、歴戦の戦士のような風貌だ。



目線は鋭く、頭の中で何かを高速で考えているように思える。佇まいから、明らかな強者だと分かる。



しかし、腰は低く、新入りとしてよく働く。その点に気まずさを感じている。どうも他の新人と同じように威張ることができない。



かなり重量のある酒樽を片手で持ち上げて持ってくる。その怪力を見ると、とても顎で使おうとは思えない。



なぜこんな男が烈火団に入ってきたのだろうか。自分のことをほとんど語らない奴だから、謎に満ちている。息子がいるということだけ、会話の中から知った。



「持ってきたぞ」



「あ、ああ、ありがとう、マット」



これではどちらが上司か分かったもんじゃない。この男には気をつけた方が良いと、本能が告げていた。



俺は酒を飲みながら、思考を巡らせる。今はこんな大男よりも大切なことがある。



団長だ。烈火団を設立した創始者であり、現在もトップに立ち続ける男。俺の知る限り、最強と呼べる最古の英雄。ライオネル。



俺たち烈火団の団員は全員、かなりの戦闘力を持つ。入団試験は甘いものではなく、実力がなければ入団できない。俺も戦闘能力に関してはかなりの腕だと自負している。



しかし、その程度の強さが誤差と思えるほどの圧倒的な強さをライオネルは持っている。



あれは人の領域ではない。人外の類だ。比べることすら烏滸がましい。



だから、俺たちは絶対に団長の機嫌を損なうわけにはいかない。これがここで生き残るためのルールだ。



長く烈火団に所属していれば、団長の考えは分かるようになってくる。



団長は正義を重んじる。清濁併せ持つではなく、清しか持たない。人々に危害を加えるものは排除し、犯罪は許さない。



そこには情状酌量などなく、状況や過程よりも結果を優先する。



俺は今まで上手く渡ってきたつもりだ。団長に目を付けられないように甘い蜜を吸ってきた。



しかし、ここに来て状況が変わった。デアラの馬鹿が街で殺されたからだ。デアラは俺の弟分で随分と良くしてやった。



別にあいつの死を悼んでなんていない。問題はあの馬鹿のせいで、団長が烈火団内部の腐敗を取り除こうという考えに至ったからだ。



団長は最強の強さを持つが、賢いわけではない。思い込みが激しく、悪と断じたら躊躇いはない。悪意のある考え、人を騙す人間の思考を想像できない。



だから、俺たちはやりたい放題していた。あの団長が自分から気づくことはないと思った。それが仇になった。



現在、団長が内部調査を始めている。俺が裏で行っていたことが、露呈するのは時間の問題だろう。我が身のために、俺を売る奴は何人も思いつく。



そうなれば、俺は団長の剣で殺される。逃げても無駄だ。団長は急に音もなく現れる。隠れようが逃げようが、俺が知覚できないままに殺されるだろう。



ならば、俺の残された道は1つしかない。命を賭けて、団長を騙す。



生き残る道はそれしかない。幸い俺は団長の考えをよく知っている。俺ならば、団長を騙して生き残ることができるはずだ。



マットが俺を見ている。



「何だよ、マット」



「いや、何でもない」



この男の視線は心を透かされるように思えて、不快だった。こんな大男のくせに、目の中に高い知性を感じる。



俺は立ち上がった。酒は入っているが、今から団長に話に行く。別に酔ってはいない。逆に命をかけた芝居をするのだから、酒でも入っていた方が成功する気がする。



俺は宿舎を出て、団長室に向かう。もう夜遅いが関係ない。俺は一度も団長が寝ているところを見たことがない。



団長室への階段を上がりながら、急激に酒が抜けていくのを感じた。平気だと思っていたが、恐怖で足が止まる。



もう既に俺が裏でしていることを知っていたら、そう考えてしまう。俺は過ったその考えを振り払う。もしそうなら俺は既に殺されている。



意を決して、階段を昇り、団長室のドアをノックする。



「烈火団第一隊、隊長セルジオです!」



「入っていいよ」



俺はドアを開ける。団長は本を片手に頬杖をついていた。



「報告があってまいりました」



「そう、座っていいよ」



俺は団長の前の椅子に腰掛ける。ここから一世一代の大博打だ。既に案は考えている。



「団長、烈火団の内部に裏切り者がいます」



団長はほとんど何の反応も示さない。感情の起伏が乏しく、団長が驚いている所など見たことがない。



「裏切り者という定義が分からないな、デアラのように汚職をしている者のことか?」



それに該当するのは俺だ。



「いいえ、違います、龍信仰です」



微かに団長の目が見開いた。俺は知っている。団長は遥か昔、この世を滅ぼすと言われた龍を討伐した。そう伝説に残っている。



だから、団長は龍は悪だという強い認識を持っている。8年ほど前、ガルドラ山脈の奥地で龍の生き残りが発見された時のことは今でも覚えている。



俺は本気の団長を初めてみた。あの時の恐怖が身体に染み付いている。龍よりも遥かに恐ろしい存在だった。冷静でありながら、相手が龍であると団長は一切の容赦をしない。



ドラゴンスレイヤーと呼ばれるのも納得できた。団長は龍に対して、異常なほどの憎悪を持っている。



そして、この地域では昔、龍を崇めている宗教があった。それが龍信仰だ。団長が自らその信徒を粛清し、この世から消し去った。



団長は龍絡みのことになると、明らかに意識が違う。他の何よりも最優先で動いている。それだけ龍のことに過敏になっている。



だからこそ、俺はそのカードを切る。これで烈火団内の汚職調査の優先順位は下がるはずだ。



「龍信仰は禁止したはず」



「はい、龍信仰は禁じられました、しかし、裏で密かに続いていたようです」



「なぜ、それが分かる?」



「この前のガルドラ山脈の定期探索で、一部の人間が夜中にキャンプを抜け出しました」



俺たち烈火団は定期的にガルドラ山脈の調査を行なっている。モンスター、特にドラゴンの状況確認だ。あとは鉱物の採取も兼ねている。ガルドラ山脈は鉱物が豊富に取れるが、一般人では危険すぎる。だから、俺たちのような人間が鉱物採取を担っている。



「ガルドラ山脈で夜中に単独行動は危険です、だから、俺は止めようと思い追いかけました、しかし、何か様子がおかしかった、だから俺はこっそりと跡をつけることにしました」



大丈夫。おかしな点はない。俺は綿密に作り上げた嘘を、事実として伝える。



「そうしたら、たどり着いた先に龍の爪が飾られていました、あいつらはその爪を崇めていました」



龍は宝の塊だ。龍の皮膚はあらゆる耐性を持つ強靭な素材となり、龍の爪は信じられない硬度を持つ。龍の涙は全てを癒すと言われる。



その龍の恩恵に預かろうとしたものが、龍信仰だ。遥か昔、破滅の龍ディアボロが人々を惑わし、世界は龍信仰により混沌に陥った。ディアボロは欲望に目が眩んだ人間を利用した。



俺は歴史でしか知らないが、団長は自身でその時を生きている。憎悪の原因はそこにあるのだろう。



「なるほど、その爪がどの龍のものなのか確認が必要だね、もしまだ生きている龍が存在するなら、駆除しなければならない」



「龍信仰の信者は虚偽を吐き、必死に否定するでしょう、しかし、私は確実は証拠を手に入れています」



「証拠とは何だい?」



「奴らは何かをその時に配っていました、きっと龍信仰を示すものを隠し持っているはずです」



俺は立場上、烈火団の宝物庫に入ることができる。そこには龍絡みのアイテムが多数保管されている。ライオネルが討伐した龍のものだ。



売れば凄まじい金額になるだろうが、ライオネルは龍の素材が外に広がるのを嫌がっていて、全て自分で保管している。龍の素材は腐らずに半永久的に残るので、消し去ることもできず保管するしかない。俺はこれを時々こっそりと闇ルートに流して至福を肥やしている。



だから、俺はそこから小さな龍の爪のかけらを盗み出した。それを奴らの部屋にこっそりと仕込んでおいた。



「分かった、持ち物も調査しよう、その者達の名前を教えてくれるかい?」



「分かりました、その者達は……」



俺の汚職のことを知る全員の名前を上げる。全員殺されれば、俺の秘密を知る者はいなくなる。



「奴らはきっと龍を守るために、必死に嘘をついてきます、騙されないでください」



「ああ、龍信仰の厄介さは誰より知っているさ、まずは君の言うように持ち物を確認しようか」



勝った。これであいつらが俺の汚職のことを話したとしても、苦し紛れに嘘をついていると思われる。何より、ライオネルは感情では動かない。



龍の爪のかけらが部屋で見つかった時点で、終わりだろう。



ライオネル。伝説のドラゴンスレイヤー。俺はその存在を操ることができた。今まで感じたことのない高揚感が生まれた。



そして、俺の頭にある考えがよぎった。



俺ならこの()()をさらに利用できるんじゃないか。その力を手に入れることができれば、俺は……。








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