表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第4章 英雄の決意
201/370

温泉



そして、待ちに待った温泉の時間が来た。



わくわくしながら、服を脱ぎ、引き戸を開ける。白い湯気に包まれた露天風呂が現れる。



「プールだ!」



「ポチ! 走ったら危ねぇぞ! あとプールじゃねぇ」



「いや、これは見事だ、旦那が喜ぶのも、よく分かるよ」



体を洗い、湯船に入る。熱めのお湯が身体に染み渡る。これが俺の求めていたものだ。



「ふぅー、極楽だ……」



空には美しい星が見える。完璧なシチュエーションだ。湯気が夜空に立ち昇る。



このお湯から漂う独特の匂いも実に良い。日々の疲れが癒えていくのが分かった。



俺は隣のギルバートを見る。なぜか温泉に似合わないものを持ち込んでいる。



「何でギルバートはお風呂に銃を持ってきてるんだ?」



さっきから疑問だったことを聞いてみる。ポチが近くで犬かきを始めた。



「あ、いや、これは……」



ギルバートが言葉を濁す。そして、諦めたように息を吐き出した。



「悪い! 俺が旦那を疑ってしまった! 旦那が女湯を覗いた場合に阻止しようと思って持ち込んだ、本当にすまない!」



俺はショックを受けた。仲間にそんな風に思われていたなんて。



「ひどいよ! ギルバート!」



「す、すまない、旦那のことを信じるべきだった!」



「覗けるなら覗くに決まっているじゃないか! それなのにどうしても覗けないんだ! その苦しみを分からないのか!?」



ゲームで露天風呂があればやることは決まっている。実際にしたら犯罪で刑務所行きなので、フィクションならではのお楽しみだ。



当然、LOLでも女湯への挑戦は多くのプレイヤーによって実行された。しかし、誰1人成功しなかった。これこそミレニアム懸賞イベントと呼んでも良い。



理由は1つ、ライオネルだ。



この国の警備は烈火団により守られている。女湯に侵入すると烈火団の女性隊員に発見され、すぐにライオネルがどこからともなく現れて即死させられる。



あらゆる手が試みられた。男湯と女湯を仕切る壁を『ドッペルスイッチ』で壁抜けしたら即座に見つかる。『空中散歩』で上を乗り越えようとしてもすぐに見つかる。『イミテート』で女性に扮して女湯に入っても、特殊効果を無効化するダルマのような置き物が女湯にはあり、すぐに見つかる。



抜け道はなく、俺達英雄は何度もライオネルに殺された。このことから一部の英雄は、ライオネルを覗き魔スレイヤーと呼んでいる。



「この思いが分かるか! 覗こうと思っても、それが叶わない、この圧倒的な理不尽!」



「ああ、それは……すまなかったな……ん?」



ギルバートが俺の剣幕に押されて謝ったが、何がおかしいのか首を傾げた。



「全く……あなた達はお風呂も静かに入れないのですか?」



急に第三者の声がした。湯気のせいで気づかなかったが、既に先客がいたようだ。



「すみません、騒いでしまって」



俺が謝る。ポチが近くで激しくバタ足をしている。



「相変わらず、騒がしい人たちですね」



その男がゆっくりと湯船から立ち上がる。黒い髪にお湯が滴る。引き締まった体躯に、切長の目。恐ろしい程のイケメンだった。



「すみませんでした、おい、ポチ、迷惑だぞ」



「……まだ、気づいていないのですか?」



イケメン男は呆れた目で俺を見る。そういえばどこかで見たことがあるような気がする。何かが足りない気がする。



「おお! て、てめぇ、何でここに!」



俺より先にドラクロワが気づき、いきなり殴りかかる。



「馬鹿! ドラクロワ! 一般の人に攻撃なんて」



ドラクロワの攻撃は男が回避したことで盛大に空振りし、ドラクロワは頭から湯船に沈んだ。明らかに今の回避の動きは只者じゃない。



「血の気が多いところは治りませんね」



そして、男は中指でこめかみのところをくいっと触った。その仕草で俺は気がついた。



俺が足りないと思っていたのは()()()



眼鏡がないから気がつかなかった。不適な笑みを浮かべた乙女ゲームの中から現れたような水も滴る腹黒黒髪イケメンホスト。






























「また会いましたね、レン君」



魔王軍幹部、賢王プロメテウスだった。 























俺達は一気に身構える。しかし、プロメテウスは動かない。



「よして下さい、私はダンテの魔眼により、君たちに危害を加えることができません」



今のドラクロワは回避しただけだから、ノーカウントなのだろうか。



「争う気はありませんよ、それより少し話をしませんか? 君はなぜかこの世界に博識ですからね」



「お前と話すことなんてない」



「そう言わないでくださいよ、我々の目的は同じではないのですか?」



鋭い眼差しが俺に向けられる。俺はプロメテウスの情報収集能力を侮っていた。奴は『天眼』により世界中の状況が見える。それにシリュウのような多くの手下をあらゆる場所に仕込んでいる。



プロメテウスは俺もソラリス復活のために動いていることを既に気づいていた。今更否定しても無駄だろう。



俺とプロメテウスの目的は確かに同じだ。魔王の封印を解くこと。



俺は正攻法、つまりソラリスが考えた解除手段で封印を解くつもりでいる。そして、プロメテウスはソラリスが意図していない手段で封印を解くつもりだ。



「お互い同じ目的なのですから、情報交換と行きませんか?」



ゲームでも時間が経つと勝手に魔王は復活し、ソラリスは永遠に仲間にならなくなる。いずれプロメテウスの手段でも封印の解除が可能ということだ。



プロメテウスより先に宝石を集めなければならないのだから、情報を得るのには価値がある。



「いいだろう」



俺はもう一度湯船に浸かる。プロメテウスも満足げに湯船に浸かった。



「ありがとうございます」



「じゃあ、まずは俺から聞かせてくれ、なぜお前がここにいる?」



一番の疑問だった。プロメテウスがただの観光に来るとは思えない。



「あるものを手に入れるために潜入中です、本来なら強引な手段を取りたいのですが、残念ながらこの国には彼がいますからね」



「ライオネルか、さすがのお前も喧嘩を売らないんだな」



「ドラゴンスレイヤーは生きる伝説です、無用な争いは避けるべきでしょう」



「それで、何を探してるんだ」



「次は私の質問ですよ」



プロメテウスでさえ、この街で目立つ行動は取れないようだ。それだけライオネルの庇護は強い。下手をすれば殺される。



「俺は答えられる範囲しか答えないからな」



「構いませんよ、龍がどこにいるか知っていますか?」



「ああ、ガルドラ火山に行けばたくさんいるぞ」



「モンスターのドラゴンではありません、私が言っているのは龍のことです」



「……」



プロメテウスはやはり情報通だ。この世界には絶滅種となっている龍という生物がいる。俺が討伐した邪龍もそれに分類される。



龍は高い知能と意志を持ち、圧倒的な力を持つ。あの邪龍に意思があったかは知らないが。



かつて人間を滅ぼそうとした龍がいた。厄災の龍ディアボロ。前作のラスボスだ。それをライオネルが討伐し、世界に平和が戻った。



そして、龍は伝説の存在として、今は実在しないと言われている。



「そんなお伽話を信じてるのか? 俺は知らないな」



俺はガルドラ周辺のイベントはそこまでやり込んでいない。ここは遥か昔、龍が棲む地だったが今は実在するのかは分からない。



「そうですか……お互い隠し合っていてはまともな情報交換なんてできませんね」



「俺は別に隠してるわけじゃないけどな」



ただ有名なイベントは知っている。ディアボロ復活イベントだ。骨だけのアンデッドとなったディアボロが復活する。



前作のラスボスだけあって、アホみたいに強いが、だいぶ弱体化しているという設定らしい。弱体化していないディアボロを討伐したライオネルの強さを引き立てる設定だ。



「それで……お前が探しているものは何なんだ?」



「龍の涙という石です」



意外にあっさりと答えた。龍の涙というアイテムは、伝説の生物の龍が涙を流すことで、それが結晶化した石だ。



「龍の涙……最上級の癒し」



「龍の涙のことを知っているとは、さすがですね」



あらゆるものを癒す効果があるといわれる。エルドラドの宝石商イベントや、ジャスパーの遺跡探検イベント、ゼーラ協会での奇跡の正体イベントにも名前が出てくる。しかし、俺は実物をゲームで手に入れたことはない。



そもそも攻略サイトにも龍の涙の入手方法はない。もし存在するとしたら、誰も手にしたことがないアイテムということになる。それがLOLでは十分にありえるから、ロマンがある。



しかし、実際手に入ったとしても、一撃死が蔓延したこのLOLで回復アイテムの存在価値は低いし、『フルケア』や万能薬などでHPも状態異常も全回復できる。龍の涙の価値は低いんじゃないかと個人的に思っている。



「龍の涙のことをただの回復アイテムと思っていませんか?」



プロメテウスは正確に俺の心を読んできて、不快に感じる。



「違うのか?」



「ええ、伝説では全てを瞬時に回復させ、所持していることで死ぬことが不可能になるようです、死人も魂の損傷が少なければ、その場で復活できると」



現実世界にあれば、夢のようなアイテムだ。魂の損傷か。カーマインが生き返らせた奥さんのことを思い出してしまった。損傷しきった魂により、人になれなかった存在。



最上級の癒しを与える龍の涙が、どのように魔王復活に繋がるのだろうか。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ