伝統的な味
「本当にありがとうございました! あなたがいなければ、私達はどうなっていたか」
娘の父親は俺に深々と頭を下げた。周りの住民からも拍手が生まれる。
「いや、当然のことをしただけですよ」
褒められるのに慣れていないので、やはり気恥ずかしく感じる。
「リン、大丈夫か?」
「……ええ」
リンは小さく頷いて、身体の力を抜いた。
「何かお礼をさせてください! そうだ! 私の家は代々饅頭を作っているんです! ぜひご馳走させてください」
父親の勢いに押されて、俺達は饅頭屋に移動した。甘いものは好きなので、大歓迎だった。
歩きながら、父親の名前はゴント、娘の名はサラだと知った。伝統的な製法で有名な饅頭を作っている名家らしい。
「それが最近、簡単な製法でいろんな味のする饅頭を余所がやり始めて、お客さん全部取られちゃいまして……」
あまり興味はなかったが、この街の饅頭業界の現状を教えられる。
「特にあの地獄饅頭! 若者にあれが大ブレイクしてしまって、どこのお店も真似してるんですよ、なのにウチの頑固親父、わしはこれしか作らんって言って、手を出そうとしないんです!」
とてもよくありそうな話だ。ゴントの愚痴は止まることを知らない。
「流行に合わせて商品を発展させていく、それは大切なことじゃないですか! マーケティングの基本ですよ、親父はマーケティングのマの字も知らない」
俺は当たり障りない返答をしながら、その頑固親父の店についた。のれんに筆のようなもので龍が書かれている。この店のロゴのようだ。
強面のお爺さんが、奥の厨房で生地をこねている。
「親父! この人はレンさんっていうんだ」
「ゴント! てめぇ、店を放り出して何してんだ!」
「うるせぇ! サラの命を救ってくれた恩人だぞ!」
「さ、サラちゃんに何があったのじゃ!」
老人とは思えない速度でサラに駆け寄る。
「サラちゃん! 怪我はないか? 大丈夫か?」
キャラが全く違う。孫を溺愛しているようだ。
「おじいちゃん、大丈夫、この人たちが助けてくれたの」
「おお! それはそれは旅の方、感謝してもしきれません、おい! ゴント、客人を突っ立たせてるとはどうゆう了見だ!」
「だから、俺は恩人だって言っただろ!」
そんな親子喧嘩を聞きながら、中の和室に通される。
「うちにはこれしかないが、食べてくれ」
そして、饅頭とお茶が出てくる。至って普通の饅頭だ。上に先ほどの、のれんにあったマークが焼印として押されている。俺は一個口に運ぶ。ふわふわの薄皮に、上品な甘さの餡子。普通に上手い。
「上手いな」
「そうじゃろ! 何たって先祖代々伝わる秘伝のレシピだからな! 特にこの餡子、これは他の店には真似できんわ」
このお爺さんはガント。息子のゴントと一緒にこの饅頭屋を経営しているらしい。
「ほら、サラちゃんも饅頭をやろう」
「ごめん、おじいちゃん、おまんじゅうばっかりでちょっと飽きちゃった」
「ぐおおおお! これが反抗期というものか! あのおじいちゃん大好きなサラちゃんがぁあ」
どうも賑やかな家のようだ。ゴントは少し呆れたように笑って言う。
「親父の奴、最近元気なんですよ、この前、この店の味に惚れ込んで弟子にしてほしいと言ってきた若者がいましてね、今は出前に行ってますが、その子が来てくれてから親父はあんな調子です」
自分が守り通してきた饅頭を愛してくれる人がいるのが嬉しいのだろう。
「その弟子さんがやたらとカッコよくてね、娘のサラが熱を上げていて大変なんです、まだまだ子供なのに、ませた子でね」
俺はそんな何気ない話をしながら、あの時ライオネルの前に立ったのは間違いではなかったと分かった。
下手をすればライオネルに殺されていた。ライオネルは見かけ上優しそうな青年だが、価値観がまるで違う。俺にとっての当たり前が奴には当たり前ではない。
長い年月を生きてきたことで、考え方が常人とは異なる。1人の命があまりに軽い。人の生き死に何の感慨もない。
だから、俺がライオネルの気まぐれで殺される可能性は十分にあった。かなり危ない橋を渡った。
だけど、この家族を守れて本当に良かったと思った。
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夜になり、各々旅館に帰ってきた。ギルバートはメアリーに甘いのか、両手に溢れるほどのお土産を買っていた。
ポチとドラクロワは結局、途中から食べてるものが美味しかったので、大食いとかどうでもよくなり、いっぱい食べ歩きしたらしい。
ドラクロワは地獄饅頭が気に入ったらしく、大量に買い込んでいた。どうも中毒になる味らしい。
「ぼくは辛くてきらい」
「ふん、まだまだガキってことだな」
「ぐるるる! ガキじゃない!」
リンはやはり元気がない。正確には、何かをずっと考えているような気がする。
「ねぇ、レン」
俺と目が合ったのをきっかけに、リンは側に寄ってきた。
「昼間の、あの人」
「ああ、ライオネルか」
「私はあの人を見て強いと感じなかった」
「あいつは特殊だからな、魔王軍幹部みたいな、圧みたいなのはないだろ?」
「そう、全く感じなかった、存在自体が希薄だった」
「だが強さは本物だ、今まで戦った誰よりも強いだろうな」
「魔王軍幹部やカーマインよりも?」
「ダンテの強さは未知数だから分からないけど、他の幹部よりはライオネルの方が強いだろうな、勝ち筋が見えない」
ステータスが全く分からない。ゲームでネロの『アナライズ』を使用したプレイヤーもいたが、HPを半分以下にすること自体が不可能だった。
「だから、できる限り戦わない策を考えるよ」
「そう……」
リンはどことなく残念そうに呟いた。
「レンなら……勝てると思うけど」
独り言のようにリンが呟く。俺は随分と買い被られているようだ。しかし、その必要があれば俺は勝利の道を探し続けるだろう。
一応、ゲーム時代にドラゴンスレイヤー討伐は1000回ほど、挑戦している。確定負けイベントの相手に勝つのはゲーマー心をくすぐる。
しかし、そんな俺がたった1000回くらいで断念した相手だ。普通ならもっと挑戦している。俺はその時に見切りをつけた。これはシステム上、勝てないと。
まず攻撃を当てることが至難。ライオネルは捉えどころがなく、不思議な歩術で音もなく移動する。それがカーマインの全力のように目で捉えられないほどの速さではない。しかし、距離感がおかしくなる。
当たっているはずなのに、剣を振り抜くと数歩後ろにいて攻撃がからぶったり、消えたと思ったら、真横にいたりする。幻術の類だろうか。とにかく範囲攻撃以外でダメージを与えることは困難だ。
そのため、こちらの回避も極めて難しい。もはや距離という概念が意味をなさない。英雄の中でもライオネルの攻撃を回避し続けるのは困難だ。
そして、前作の主人公であるから、最強のスキルを使ってくる。レジェンドオブライオネルで最後に覚える奥義、『龍牙斬』だ。
『龍牙斬』は、プレイヤーも勇者の職業を極めることで取得できる。ダメージ量が多いスキルランキングで2位。『龍牙斬』を天界でスキル進化させることで、『天命龍牙』を覚えることができる。
『龍牙斬』は範囲が広く、発動時に使用者に向けて風が吹き込むので、離れることが出来ず、むしろ吸い寄せられる。そして、一撃で全てを無に帰す凄まじいダメージ量となる。
どれだけ最大HPを高めても、防御力を上げてもオーバーキルされる。無属性のため、無効や吸収スキルも通用しない。
更にこれだけの威力にも関わらず、クールタイムが長くない。スキル発動時は無敵状態になるため、発動中に攻撃してキャンセルすることも出来ない。
勇者にまで辿り着くことで取得できる、まさに奥義と呼ぶに相応しいスキルだ。




