表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第1章 英雄の目覚め
20/370

神速の乙女



すぐに極楽鳥は俺の存在に気づく。羽を広げ、強く羽ばたく。高速で羽根が飛び出し、向かってくる。俺は地面を蹴り、羽根をかわす。10枚の羽根が先ほど俺がいた場所に突き刺さった。



大丈夫だ。かわせる。俺は身体の動きを確かめて安堵した。身体に染み付いた回避テクニックは健在だ。



次に極楽鳥は大きく嘴を開き、鳴き声を上げた。俺は咄嗟に斜め前に転がった。これは極楽鳥のスキル『ショックウェーブ』。音による攻撃であり、目で見ることができない。ダメージ自体は大したことないが、強制スタン状態になり、5秒間身動きが封じられる。その時間があれば、羽根による攻撃を受けてしまう。



羽根は一枚あたりの攻撃力は高くないが、10枚全てを受けると呆気なく死ぬ。つまり、目に見えないショックウェーブは一発でももらえば終わりだ。



しかし、俺たち英雄はその見えざるショックウェーブが見える。攻撃判定がどこまでか経験により、熟知している。



俺はショックウェーブと羽根をかわしながら、徐々に極楽鳥に近づく。そして、間合いに入った。極楽鳥はまだ遠い、しかしこの範囲ならスキルの射程距離だ。



弓などの投擲武器を持たない俺が唯一魔法以外で使える遠距離攻撃。俺はそれを発動した。



『金ダライ』



何もない空間から突如ファンタジーな世界観をぶち壊す金ダライが現れる。それは真っ直ぐに極楽鳥へと落下する。極楽鳥は避けようと動くか、金ダライはまるで追跡機能でもあるように軌道を変え、極楽鳥の頭にぶつかった。



大げさな音を立てて極楽鳥はひるむ。『金ダライ』は回避不可能であり、防御率無視の微々たるダメージを与える。さらに数秒間の強制スタン効果がある。



連発すれば、ダメージを蓄積しスタン効果で一切の反撃もされずに倒せると思えるが、残念ながらそこまで強力ではない。もう一度使用するためにはクールタイムを終えなければならず、そのクールタイムは強制スタンの時間より長い。



だから、俺は全速力で極楽鳥から逃げ出した。元から逃げることしか考えていない。モンスターはある一定距離離れるとヘイトがなくなり、こちらを見失う。



強制スタンがなければ、素早さの問題で極楽鳥を振り切るのは不可能だから、『金ダライ』の使用が不可欠だった。



極楽鳥一体なら難なくやり過ごせるが、複数に囲まれればまずい。『金ダライ』は単体攻撃であるため、一匹ずつしか引き離さないからだ。



二時間くらい極楽鳥と時折遭遇しながら進み、俺は木の中腹まで来た。世界樹前半では極楽鳥しか出現しないのが幸いした。



高層ビルからの景色のように、フランバルト大樹海が見渡せる。木々がまるで海のように風で波打っていた。



イベント通りならば、そろそろあいつがいる地点だ。エルフの里を襲った災いをもたらした一味の1人。ステータスは魔王軍幹部やソラリスなどの人外を除いて、トップクラスを誇る。



俺はひらけた場所に到着し、中央に立つその者と相対した。煌めく美しい長髪が風になびく。その髪は銀色に輝いていた。思わず見惚れるほど美しい女性だった。



白い肌に、意志の強さを感じさせる青い瞳。滑らかな曲線美を持つ、髪と同じ銀白色の鎧を身に纏い。青いマントがその身体の背後で風に踊っている。



戦闘能力は全キャラ中、トップクラス。複数のランキングでダントツで不動の一位に君臨する。



「こんなところに何のようだ」



不躾で敵意を隠さない口調だ。彼女はこのイベントで中ボスの役割だった。はっきり言ってイベントボスより遥かに強い。



「この先に進みたい、エルフの里を救うために」



俺は一縷の望みをかけて、言葉を放つ。彼女はただの傭兵だった。つまり雇い主に従っているだけで、彼女自体は悪ではない。



「救う? 何を言っているのだ?」



会話が通じたことに俺は安堵した。何も通じず切り掛かってくる可能性も考えていた。



「君の雇い主は世界樹の力を奪おうとしている、そのせいで、ふもとのエルフ達は病を患っている」



彼女は表情一つ変えなかった。というか完全に硬直した。数秒して、急に頭を抱え始めた。



「え、嘘、どうしよう、私悪いことしちゃってるの、で、でもお金もらってるし、傭兵としてのプライドが、でもでも私のせいで苦しんでいる人がいるなんて、でもでもでも…」



頭を抱え、涙目になりながらブツブツと独り言を漏らす。もはや威厳は空の彼方に消えていた。



しばらく悶えていたが、耳から煙を吐き出し、無表情のまま立ち上がった。



「私にはよく分からない、取り敢えず誰も通さないという仕事を全うするのみ」



あ、こいつ考えるの放棄した。



彼女は再び偉そうな態度に戻り、声高々と言った。



「我は武を極めし者、正義を行使する者、戦姫エルザである」



「エルフの里を苦しめるのが、正義なの?」



俺の一言にエルザは顔を真っ赤にした。



「うるさいうるさいうるさい、もうよく分かんないもん!」



うわぁ…もん、とか言っちゃったよ。俺は冷めた目でエルザを見ていた。ご覧の通り、エルザは見た目に反して完全脳筋キャラだった。



「ごほん、我が正義の道に立ちはだかるものよ、心するがよい、いざ、参る」



俺は覚悟を固めた。やはりイベントの強制力があるようだ。現実になった今なら会話で戦闘を回避できると思ったのだが、甘かった。



戦姫エルザ。敵としては今までで最強のキャラだ。仲間にした初期レベルは120もある。



エルザは刀身の細い剣を抜き、重心を沈めた。そして、消える。



文字通り、消えたのだ。俺は身体を捻りながら跳躍した。背後から白い剣閃が空を切った。



エルザのスキル、『天歩』目にも止まらぬ速度で移動することができる。というか本当に瞬間移動だ。唯一救いなのは、『天歩』発動中に攻撃が出来ないこと。攻撃に移るためには必ず姿を現さないといけない。



背後に現れたエルザが再び消える。俺は神経を研ぎ澄ませていた。エルザが現れた瞬間、ほんの僅かに風の音がする。その音でエルザがどこに現れたかを確認しなければならない。



右後ろ。俺は一瞬でエルザの位置を割り出し、回避に入る。エルザの攻撃パターンは熟知している。右後ろに現れた時のパターンを瞬時に割り出し、見てもいない剣の軌道をとらえて、回避する。



エルザは俺が避けるたびに『天歩』を発動し、追撃をしてくるが、全て回避をしていく。危なかった。体感で分かる。ステータスで素早さが後5ほど低ければ、死んでいるだろう。



エルザが目の前に現れる。既に突きの構えをしている。まずい。俺は横飛びでその突きを避ける。その瞬間、再び『天歩』が発動され、俺の進行方向にエルザが現れる。このパターンはエルザの基本攻撃の中で唯一回避が間に合わない。



俺は迫り来る凶刃を意識して、スキルを発動した。



『イリュージョン』



青い残像を纏いながら、俺の身体がぶれる。エルザの剣は俺の身体を通り抜けた。俺は少し離れた位置に、移動していた。



『イリュージョン』は優秀な回避スキルだ。移動可能な位置にランダムで瞬間移動ができる。広範囲攻撃は移動したあとが効果範囲内の場合もあり通用しないが、単体攻撃なら確実に回避できる。



しかし、自分でもどこに移動するのか分からないので、移動した瞬間、自分の位置と敵の位置を把握しなければ命取りになる。これはあくまで奥の手だ。



俺は一瞬でエルザの位置を把握し、彼女の重心が今までより僅かに低くなったのを見た。来る。



俺は思い切り『ハイジャンプ』で宙に浮いた。同時にエルザのスキルが発動する。



『剣嵐』



エルザの姿が消え、無数の白い剣閃が文字通り嵐のように俺の下で踊り狂う。天歩を連続で使用しながら、無差別に剣を振り続けるこの技はエルザの持つ範囲攻撃だ。回避するには発動する前に空中に飛ぶ以外ない。



さらにこの技は発動モーションが極めて短く、分かりづらい。通常攻撃よりわずかに重心が下がることを見極め、空中に退避しなければいけない。



俺は空中で『エアリアル』を使用し、滞空時間を延ばしながら、眼下の無数の剣閃を眺めていた。



大丈夫だ。戦えている。少なくとも現実になったこの世界でも俺はエルザ級の回避術があるようだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ