戦闘チュートリアル
『戦闘チュートリアル』
それは初めてのプレイヤーが説明を受けながら、戦い方を学ぶイベントだ。確実に勝てるように作られた敵を相手に、ガイドに従って戦っていく。
もちろんLOLではそんな根底はあっさり崩される。端的に表現すると、敵の攻撃が当たれば死ぬ。
イベントの流れはこうだ。
召喚された勇者の力を見定めるため、魔王が遠隔で声を送り、広間に魔物を召喚する。
それは巨神兵と呼ばれ、魔王城の兵士という設定だ。これは事実でラストダンジョンである魔王城にはノーマルの敵として巨神兵が出現する。
オープニングイベントで見た敵とラストダンジョンで再び出会う。中々粋な設定だ。
そして、俺の目の前にその巨神兵が立っている。全長は5メートルを超え、胴体が異様に太い全身甲冑に包まれている。手には巨大な大剣が握られていた。
「お手並み拝見といこうか」
魔王の言葉が終わると、巨神兵は大剣を頭上に持ち上げ、大きく振りかぶった。その姿は今から容易く命を刈り取られる光景が想像できた。
急激に不安が俺を押し潰した。この世界は本当にゲームと同様なのだろうか。実はゲームと異なることがあり、俺は呆気なく死ぬのではないか。生まれて初めて知る死の恐怖だった。
俺は膝を着き、崩れ落ちるように両手を地面についた。額を床に付け、首を垂れる。
振り上げられる大剣のまえに、何の抵抗も見せず無防備に頭を下げた。そして、目を閉じて次の瞬間を待った。
巨神兵は動き出し、凄まじい突風と共に大剣は振り抜かれた。
大剣は俺の身体に触れ、そして……。
すり抜けた。
「怖かったぁ!!」
俺は顔を上げ、大声で叫んだ。ゲーム通りで良かった。恐怖で失禁しかけた。
LOLの最初の洗礼、それはこの巨神兵の必殺技。いや、正確にはただの通常攻撃だが、LOLプレイヤーからはその悪意に満ちた攻撃に名前がつけられた。
その名は、『え、そっち?』
初見でこの攻撃を避けられる者はいないと断言できる。何とこの技、あれだけ振りかぶっておいて攻撃直前に床すれすれの横薙ぎを放ってくるのだ。
上段からの縦の一撃を警戒して、普通なら横に回避しようとする。そうしてしまえば、呆気なく横薙ぎを喰らい、ゲームオーバーだ。
更にこの技が恐ろしいのは、エフェクトが床すれすれに発生するため、2回目からはみなジャンプでかわそうとする。
しかし、空中に当たり判定があり、ジャンプでも死ぬ。飛ぶ角度が悪かったのかといろいろ試行錯誤するがやっぱり死ぬ。
並みのプレイヤーならそこで断念するだろう。実は逆にギリギリまで屈むことで、明らかに見かけ上当たっているはずなのに、攻撃判定がなく、避けることが可能なのだ。
だから、このゲームのオープニングは巨神兵に土下座することから始まる。知識としてはあったが、ゲームが現実となった今、通用するかは賭けだった。
だが、まだ気を抜けない。イベントは次のフェーズに移行する。
「大きな隙ができた、今がチャンスだ、勇者よ」
国王からの声がかかり、事実巨神兵は横薙ぎの勢いでバランスを崩してよろめいている。
初めての攻撃をする機会だ。俺はさっと立ち上がり床を強く蹴った。そして、一気に加速する。
巨神兵と逆の方向へ。
広間の端までたどり着き、滑り込むようにそこにあった花瓶を乗せた小机の下に入る。そのまま、膝を抱えて小さくなった。
体勢を立て直した巨神兵は既にすぐそばまで来ており、俺に向けて追撃を放つ。
金属とぶつかるような音がして、大剣は弾かれた。更に攻撃するも全て、花瓶を乗せた小机に弾かれる。
実はこの机、破壊不能オブジェクトであり、攻撃で壊れることがない。さらに机の足の間隔も狭く、太い大剣では中まで入り込めない。
先程の国王の言葉は罠だったのだ。
『邪王の甘言』……まあ名前を付けるのが好きなLOLプレイヤーが勝手に付けただけだが。
あの甘言に騙され、攻撃に行くとたしかに攻撃はできる。0ダメージしか与えられないが。
LOLには防御力と攻撃力という数値がある。ダメージ量はこちらの攻撃力−敵の防御力にランダムで0.9〜1.1倍の補正がかかる。もちろん、相手の防御力の方が上の時、数値がマイナスになるから相手が回復するなどという馬鹿げたことはなく、その場合は0ダメージになる。
レベル1の今の状態では攻撃力が20であり、ラストダンジョンの敵である巨神兵の防御力は1500ほどなので、どう考えてもダメージを与えることができない。
しばらくすると巨神兵も動き出し、攻撃をしかけてくる。プレイヤーはその攻撃を回避していき、1分後に自動的に次のフェーズに移行するようになっている。
しかし、LOLではこの巨神兵の攻撃を1分間避け続けるというのが難しい。始めたばかりのプレイヤーができるものではない。逃げ回ったとしても、巨神兵はその外見とは裏腹に素早さが高い。あっという間に追いつかれ、切られる。
この一分間避け続けるということができずに多くのプレイヤーはこのゲームを見限っていった。もちろん、俺のような熟達した英雄ならば全て回避することはできる。そもそも巨神兵の攻撃を回避できないレベルではこのゲームで生き残ることは出来ない。もっと回避が困難な敵は五万といる。
そうゆう意味では、このLOLをクリアするためのチュートリアルとしては正しいのかもしれない。いや、冷静に考えると熟練した者しかクリアできないチュートリアルは頭がおかしいとしか思えない。
そこで発見された攻略法がこの土下座からの机の下への流れだ。王の言葉を無視し、巨神兵がよろめいている間にスタートをきれば、巨神兵に追いつかれる前に机の中に滑り込める。あとは1分ただ待つだけでイベントは進行する。
正直、回避には自信があったが、さすがに現実になった今は安全策をとった。
それにしても、小机の下で体育座りする勇者と、その机に攻撃を続ける巨人、現実になると中々シュールな光景だった。