別れ
俺たちはグランダル城下町に戻った。飛空艇は城壁の横に着陸させる。物珍しいらしく大勢の見物人が生まれた。
ヘルマンの言葉通り、俺はあまり自分を責めないことにした。自己嫌悪に陥ったところで何も解決しない。俺は俺らしく、これからも頭を捻り続けるしかないのだろう。
俺たちはヘルマンをラボまで送り届けた。
「ありがとう、ここまでで良いよ」
ヘルマンはラブちゃんの身体を慎重に運搬ロボットに乗せている。
「何度も言うが、私もラブちゃんも自分の意思で君達に同行した、だから、変な気を使うのはやめてほしい、ラブちゃんは私が必ず直すからね」
俺が誘わなければ、ラブちゃんは壊れることがなかった。結果論とはいえ、それは紛れもない事実だ。そのことを気遣えるヘルマンは本当に大人なんだろう。
「そうだ! ここで待っていてくれ!」
ヘルマンはそう言って、ラボの中に入っていく。しばらくして、何かを両手にかかえて現れた。
「レンくんにプレゼントだ、きっと役に立つだろう」
俺はヘルマンから差し出されたダンボールを受け取る。
中には整理されずにごちゃごちゃとガジェットが入っていた。
「耐火グッズだ、これからガルドラ山脈に向かうのだろう? あそこは活火山だから必要になるかと思ってね」
ヘルマンは気が利きすぎる。俺もガルドラに行くために、耐火装備が必要だと考えていた。ガルドラ火山は耐火装備がなければ、急速な速さでHPが減っていく。
更に耐火装備があるだけで、ドラゴンのブレスの効果が段違いになる。ドラゴンとは極力戦わないようにするつもりだが、対策をしておくに越したことはない。
「ありがとう、ヘルマン」
「何、同じマロラーとして、当然のことだよ」
ヘルマンはそう言って、白衣をばざっと翻した。
「では私は研究があるので、失礼するよ、これから忙しくなるのでね」
「ああ、ヘルマンならきっと最高の発明家になれるよ」
「ふふ、当然じゃないか」
俺たちはヘルマンと別れた。彼はきっと更に先へ進むのだろう。ラブちゃんにもう一度、会うために。俺も英雄として、負けてはいられない。俺もやるべきことをやろう。
この後、俺はエルザにヒドラの血清を届けて、ガルドラに行く準備をしなければならない。転職も必要だ。
俺は研究施設での戦いで、テイマーのレベルが上がっている。初期スキル『テイム』を覚えることができた。
『テイム』は文字通り、モンスターを仲間にすることが出来るスキルだ。仲間にしたモンスターは自由に指示をすることができる。
しかし、何でもかんでもテイムできるわけではない。モンスターにはそれぞれ敵意という数値があり、これが高いと成功しない。
基本的にどのモンスターも敵意は100%から始まる。それを下げることで『テイム』の成功率を上げることができる。敵意100%では成功率0%、敵意60%で成功率40%となる。
敵意が100%から下がらないモンスターも多く、このタイプは絶対にテイムできない。ボスやイベントモンスターは全て敵意100%から下がることがない。
ボスモンスターがテイム可能だったら、倒す必要がなくなるし、あまりに強すぎるのでゲームとしては当たり前の設定だ。
テイム可能なモンスターの敵意を下げる方法はいくつかある。1番単純なのはダメージを与えることだ。
残りHPが少なくなるほど、敵意の数値が下がっていく。ギリギリまで弱らせることで、捕まえやすくなる。例えば敵意80%になれば、テイムが5回に1回成功することになる。
『テイム』にも長いクールタイムが存在するので、敵意をしっかり下げないと、かなりの時間がかかってしまう。
あとはモンスターの敵意を下げるための、消費アイテムもある。このままテイマーのレベルを上げれば、敵意を下げるスキルを取得することもできる。
テイムの流れは攻撃を加えて残りHPを少なくし、スキルやアイテムで敵意を減らし、テイムが成功するまでスキルを使い続けるというものだ。
なつきにくいモンスターなんて、どれだけ頑張っても敵意が99%にしかならないものもいる。100回に1回成功するテイムを長いクールタイムを挟みながら、延々と使用し続けると言う苦行を強いられる。
よくテイムできる使えるモンスターランキングで盛り上がったものだ。
これはLOLのランキングでは珍しく、大きく意見が分かれた。上位によく上がったのが、ガルドラ火山に生息するドラゴン種だ。テイムが難しいが、単純にステータスが高い。戦闘能力を重視するなら最強に近い。
あとはモンスターしか使えない特殊スキルも人気だった。魔王城のスペクターとか物理ダメージ無効なので、とても使い勝手が良く人気だった。あの愛くるしい仕草も人気の理由だ。テイムはペットを飼う感覚に似ているようで、可愛さ重視の人もいた。
俺はペット枠は求めていない。なぜならポチより可愛くて役に立つ仲間はいないから。やっぱりポチは最高だ。
俺がテイムを手に入れた理由は1つ、あるモンスターをテイムしておきたかったからだ。それが俺たちが更に強くなるための鍵になる。
「ちょっと、教会行って転職してくる」
テイマーは『テイム』さえ手に入れたら十分だ。ステータスも低いし、極めるつもりもない。
「私もついていくぞ!」
フレイヤが俺に腕を絡める。腕に伝わる柔らかい感触に、頬が緩みそうになるが、懸命に険しい顔を作る。
俺はここでフレイヤを置いていくつもりだ。成り行きとはいえ、彼女も危険に晒してしまった。俺たちといない方が良い。
「フレイヤはここまでだよ、俺たちの旅は危険なものだから、このまま街に残ってくれ」
「私を心配してくれるんだな! 大丈夫だ! 私には爆裂魔法がある!」
爆裂魔法は確かに研究施設では役に立った。しかし、普通の戦闘では味方もダメージを受けて吹き飛ばされてしまうので、使用が出来ない。
それにレベルも俺たちに比べればかなり低い。俺の旅についてきて、生き残ることは難しい。ここは強く言うべきだろう。柄ではないが、フレイヤのためだ。俺は演技する。
「ダメだ! お前じゃ力不足だ、ついてこられても迷惑、このままこの街に残れ」
心が痛むのに耐え、出来る限り突き放すように言う。フレイヤが俺の腕を離した。俺の顔を見て、悲しそうな表情を作る。
「なんでだよ! 私はレンと一緒にいたい!」
直球すぎて、心が苦しくなる。しかし、俺はまたラブちゃんのように、仲間を失いたくない。だから、心を鬼にして厳しく言う。
「フレイヤ、お前には無理だ、弱いから俺の旅にはついてこれない」
これが正解だ。甘い気持ちで、彼女を巻き込むべきじゃない。
「なんだよ……それ……」
フレイヤは俯く。長く赤い髪が顔を覆い、表情が見えない。肩が小刻みに震えている。
「ふん……ならいいぜ! もう知らないからな! 私がいないとぜったい困ると思うけどな! あとでやっぱり来て欲しいって言っても聞いてやらないからな! こうなったら他の男と浮気してやる!」
フレイヤはそう捲し立てて、走って行った。涙目になっていた。
別に付き合っているわけではないのだが、フレイヤの中では勝手に恋人になってる気がする。
俺は若干の後ろめたさを感じながら、これで良かったのだと自分を納得させた。
これがフレイヤにとっての最善だ。彼女の俺への好意は、ゲームの設定だ。そんなまやかしに命をかけることなど、あってはならない。
「レン、大丈夫?」
ユキが心配をしてくれる。
「ああ、大丈夫だよ」
フレイヤの幸せを考えると、これが1番良い選択肢だ。
俺は気を取り直して、艶々サラサラヘアーのランダルの元に向かった。
最上級職ジョーカーに転職するためだ。更に強くなるためには、ジョーカーのスキルが必要だ。
教会での転職が済み、俺はジョーカーになった。ステータスも大幅に上がる。
俺がステータスが低いテイマーになっていたのは、ある場所に飼われているモンスターを『テイム』するためだ。それが今後の鍵になる。
俺は仲間に物資の調達を依頼して、次は王城に向かうことにした。グランダル王を早く元気してあげよう。エルザもきっと大変な思いをしているだろうしな。