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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第4章 英雄の決意
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喪失の空



「おい! どうすんだよ! レン!」



ドラクロワからの声に返答ができない。正宗と妖刀村正で必死にドアに群がるアバランチを攻撃することしかできない。



飛空艇には他の出入り口がない。袋のねずみだ。アバランチを引き離し、ドアを閉める以外に手はない。しかし、それが出来ない。



フレイヤの爆裂魔法で吹き飛ばしたいが、彼女の魔法は味方もダメージを受ける。この狭い飛空艇の中で発動すれば、俺たちは大丈夫だが、ヘルマンが耐えきれず死んでしまう。



だめだ。全員が助かる道がない。



もし俺がもっと損得で動く人間であれば、ヘルマンを犠牲にフレイヤに爆裂魔法を依頼するだろう。ヘルマン1人が死ぬのと、全員が死ぬのでは、1人の犠牲の方が良い。



また俺だけが逃げるのならば可能だ。外のアバランチと『スイッチ』し、1人で逃げればよい。



しかし、俺はこの状況になっても、その選択を取れない。俺は仲間を切り捨てられない。



これだけアバランチに群がられては、ドアは閉められない。すぐにヘルハウンドがやってくる。



俺は今極限の集中状態にある。だから分かる。栄光への道(デイロード)は存在しない。



諦めきれない。しかし、諦めなくても現実は残酷だ。ここが俺たちの終着点なのか。


















「マスター、今までありがとうございました」















ラブちゃんの言葉が聞こえた。全員死ぬと悟り、ヘルマンにお礼を言ったのだろう。俺は横目でラブちゃんを見た。



その時、俺は全く想定していないものを見た。目に飛び込んだ情報が脳を駆け巡り、俺はラブちゃんが何をしようとしているのか理解した。



目の前に栄光への道(デイロード)が燦々と輝き出す。ラブちゃんにより、暗闇の中に一瞬で生まれた眩い光。



しかし、その道の先にあるのは、全員の笑顔ではない。



「やめ……」



俺は止めようと思った。しかし、最後まで言えなかった。



「ラブちゃん、何をしようと……」



ヘルマンがラブちゃんの様子がおかしいことに気づいて、問いかけた。



彼女の手には端末が握られていた。それはメインセキュリティ室で手に入るものだ。



この研究施設の所長、レンブラントの論文のヒントから手に入れることができる。



彼女はこの研究所の出身だ。だから、昔レンブラント博士に教えられていたのかもしれない。



「ワタシは……とっても、幸せでした」



ラブちゃんの言葉にヘルマンが血相を変える。彼女が何をしようとしているのか感じ取ったのだろう。



彼女は躊躇いなく端末のスイッチを押した。



青い波動のようなものが一瞬で広がる。俺たちやアバランチ、壁も通過していく。



同時に先ほどまで騒がしかったアバランチが静止した。振り上げられていたアームは重力で下に落ちる。



ヘルハウンドがすぐ近くまで来ていたが、アバランチが動かなくなったことで昇降口のドアはあっさりと閉まった。向こうからヘルハウンドによる衝撃音が聞こえた。もうヘルハウンドにこの扉は開けられない。



「な、なぜ……」



俺は放心しているヘルマンの横を通り、コクピットで離陸の操作をする。俺にでもこれくらいなら出来る。



起動音が鳴り、ふわっとした浮遊感を感じる。格納庫の天井が横にスライドし、青い空が見えた。



俺はレバーを引き、一気に上空へと昇った。高度が上がっていく。目の前の窓から美しい空が写る。俺達はヘルハウンドとアバランチから逃げ延びた。



糸の切れた操り人形のように、()()()()()()彼女のおかげで。



ヘルマンはラブちゃんの頭に手を回し、何度も何度も名前を呼んでいる。



それでも、もうラブちゃんは動かない。



電磁パルス装置。アンドロイドを一瞬で行動不能にする隠しギミック。



アバランチを一瞬で無効化することができる。殺戮兵器アドマイアも行動不能になってしまうので、プレイヤーはほとんどが使用しない。当然、アンドロイドのラブちゃんにも同様の効果がある。



俺がメインセキュリティ室で、この電磁パルス装置を使わなかった理由はそこだった。ラブちゃんが犠牲になってしまうから、初めから選択肢に入れていなかった。



しかし、ラブちゃんは前もってレンブラント博士からその存在を聞いていて、いざという時のために端末にインストールして持ち出した。



それが自分を殺す装置だと知りながら。



大切な者のための、自己犠牲。それは機械が判断できるものではない。ラブちゃんは本当に人間と変わらない。愛する人のことを最優先で考えた。



「うぅ、ラブちゃん、うっ、お願いだよ、ぐすっ、目を開けておくれよ」



ヘルマンはラブちゃんの名前を呼びながら、涙を流している。



俺はその姿を見て、あの時、止めることが出来なかった自分を思い返した。



俺は仲間が大切と言いながら、あの時、あの瞬間、打算的な判断をした。目の前に光る栄光への道(デイロード)に縋りついてしまった。俺はラブちゃんを止めることができたのに、止めなかった。



目前に広がる美しい景色が、どこか作り物のように見えた。



俺は何が出来たのだろうか。あの時、ラブちゃんを無理矢理止めていれば、全員が死んでいた。止めないのが俺の最善だった。



そう自分に言い聞かせる。しかし、納得が出来ない。俺は結局、人の命に優劣を付ける打算的な人間だった。



俺は非力だ。俺が弱いから、仲間を守り切れなかった。どこかこの世界を甘く見ていた。



ここはLOLだ。絶望感と理不尽が蔓延する無理ゲーの世界。死が常に隣り合わせの場所。



今まで俺は運が良かっただけだ。この世界で自分が生き抜くだけじゃなく、仲間も助けるためには、更に強くならないといけない。



あらゆる敵を退けられる力を得なければならない。












ヘルマンの白衣から場違いな音が鳴った。



ヘルマンはそれを取り出す。それはバクバクの位置情報を入れた端末だった。



ヘルマンがその端末を見る。



「これは……ラブちゃんからのメッセージだ」



メール機能もこの端末には搭載されていたらしい。ラブちゃんは、こうなることを予期して、メールを用意していた。



ラブちゃんからの最後のメッセージだ。






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