薬品実験室
翌日、俺達は研究施設攻略に取り掛かった。セクター1は人型の警備ロボットが敵となる。
俺は昨日のラブちゃんの話を聞いて、この警備ロボットが同じ型であることに気づいた。若干気まずさを感じていたが、むしろラブちゃんが率先して、敵を倒してくれている。
同じ型にも関わらず、明らかにラブちゃんの方が強い。スペックが違う。
敵の弾幕をおしゃれな傘を開いて、全て防ぎ、リロードタイミングで一気に接近して、傘や腕で相手を切断する。よく見ると、腕の一部がチェンソーのように変形している。
「ワタシはマスターに改良されています、このくらいは問題ありません」
俺たちは警備ロボットを物ともせずに、薬物実験室に到着した。
「ここは一度入ったら閉じ込められるから、入るのは俺だけでいい、いざとなったら、『ドッペルスイッチ』で壁抜けできるし」
「気をつけてね!」
「気をつけろよ!」
ユキとフレイヤの言葉がかぶる。ユキはあからさまに敵意をフレイヤに向けていた。当のフレイヤは気づいていない。なぜかユキはフレイヤをよく思っていないようだ。理由が分からない。爆発に巻き込まれるのが、怖いのだろうか。
「じゃあ、行ってくる」
俺は薬物実験室に入る。自動ドアが閉まる。
「認証コードがない者の侵入を検知しました、自動ロックを開始します、3分後にガスを噴出します」
こうして、時間制限付き、脱出ゲームが始まる。俺は急いで、実験台に向かった。
このイベントでの毒ガスは神兵の腕輪が通用しない。神兵の腕輪はステータスとしての状態異常を無効化できる。ヒドラの毒のようなイベントでの毒は無効化できない。だから、毒ガスが噴出されたら俺は死ぬ。
急いでヒドラの体液を取り出し、試験管に注ぐ。棚から必要な薬品を取り出す。
この薬品調合手順はこの薬物実験室のキャビネットに書いてある。はっきり言って普通に読んでいたら間違いなく間に合わない。というか謎解きもあるのに、調合なんてしている暇がない。
俺は全てを暗記しているので、最高速で調合を始める。ちなみにヒドラ血清以外にも、作れる薬品は複数ある。どれもこの制限時間以内に作らないいけない鬼畜仕様。命懸けのリアル3分クッキングだ。
俺には幸い『ドッペルスイッチ』がある。十分な時間が確保できる。
この脱出ゲームの難易度も頭がおかしい。引き出しにある4桁の金庫。赤青黄紫の色のフラスコ、謎の言葉が書いているメモ、など本格的な謎解き要素満載だ。それを3分で解けという鬼畜仕様。
結局、3分で解くことなどできるわけがなく、何度も死にながら攻略法を探す必要がある。しかし、ここで終わらないのがLOLクオリティ。
まさかの全ての行程が分かっていても3分で終わらないという現実が待ち受ける。作成スタッフは本当にデバックをしたことがあるのか疑問だ。
ネットの攻略サイトでは、このように書かれていた。
1. キャビネットの引き出しにある金庫とメモを見つけます。メモには薬品の割合と温度調整が書かれています。
2.壁に逆さまにかかっている絵の花の並びを確認します。赤青黄紫。
3.フラスコを壁の色と逆に並び替えます。紫黄青赤。
4.奥のキャビネットの鍵が開きます。中からバルブを取り出します。
5.実験用プールにバルブを使って水を入れます。白い水道管を使います。
6.半分まで水が溜まったら一度止めます。
7.パソコンのモニターに半分までメーターが溜まっているのを確認します。煮沸ボタンを押します。
8.水温が80℃まで上がったところで、今度は赤い水道管でバルブを捻って水を入れます。これでメモ通りの温度の薬品が完成します。
9.満杯になったら、パソコンのモニターに数字が表示されます。
10.それを金庫に入力します。中から青い電子キーを手に入れます。
11.部屋の隅に置いてある人体模型の内臓を正しい位置に戻します。口が開き、赤い電子キーを取り出します。
12.入り口のカードリーダーに電子キーをタッチします。ドア上部に点灯している色に合わせて、タッチしてください。
以上の行程でドアが開放されます。
注意、プールに水を貯める時間と温度を上げる時間で2分30秒かかります。残りの行程を30秒で行ってください。不可能だと言う方はクリアを諦めてください。これがLOLでは標準です。
このように頭がおかしい難易度だ。しかも、番号や色の準備はランダムで変更されるから、謎を解かずにスキップすることができない。
だから、『ドッペルスイッチ』が必須のスキルとなる。
俺は手際良くヒドラの血清を作成した。一応作れる薬品の手順は全て暗記している。というか暗記しないと時間内に作れない。
「よし、これでグランダル王を助けられる」
一応、余分に作ってある。これでネロがもしヒドラ毒を使ってきても対応できる。
俺はすぐにドアに左肩を付け、『ドッペルスイッチ』で部屋の外に出た。ちなみにこの薬品室はガス噴射後、3分でまた入れるようになる。
他にもこの部屋で作れる有益な薬品があるが、今回はやめておく。材料も足りていない。
「血清は完成した、セクター2に向かおう」
順調に進んでいる。もともとこの研究施設自体、難易度はそこまで高くない。ネロがセクター2まで行けるレベルだ。
それにこの研究施設はずっと誰も侵入していない手付かずの状態だ。ゲームではなかったアクシデントが起こる可能性は低い。
いつも油断すると痛い目に合う自覚はある。だが、そんなに毎回フラグが回収されるはずがないだろう。きっと、今回は大丈夫なはずだ。
俺達はセクター2の扉を開く。ここまでは鍵もかかっておらず、問題なく侵入できる。警備ロボットが邪魔してくるだけだ。しばらく通路を進んで、監視室Aに入った。
多くのモニターが並んでいて、よく分からないボタンが多くある。ポチには絶対に触らせてはいけない。
「わん! ボタンがいっぱい」
リンが気づいて、ポチを捕まえる。
「ポチ、おやつあげる」
「わん! おやつ食べる!」
ボタンに興味をなくしたようで一安心だ。
さて、ここからはヘルマンが頼りだ。ゲームではヘルマンをここに連れてくることで、情報を得ることができる。
「ヘルマン、見てもらえるか?」
「ええ、やりましょう」
ヘルマンは手際良くキーボードを操作していく。画面にはさまざまな文字や数字が現れる。俺には一つも理解できない。
「何を探せば良いですか?」
「実験動物に関してのデータだ」
ヘルマンがキーボードを操作すると画面に3つの項目が現れた。捕食生物バクバク、寄生生物ニョロニョロ、魔法生物ルンルンだ。
「バクバクを開いてくれ」
バクバクの画面が開かれる。そこには詳細な情報が載っていた。他の生物を食べることでその特性を吸収し、無限に強くなり続ける。ネロはこれを見てバクバクの『捕食』の存在を知った。
そして、『スキルコピー』を入手したとき、その2つを組み合わせることで最強になれると気づいたのだろう。本当に天才というのはタチが悪い。
「居場所を検索できないか?」
「ちょっと待ってください」
しばらくして、モニターに等高線が並ぶ地図のようなものが映される。そこに点滅する点があった。
どうやら捕食生物バクバクは生きているようだ。ここに来て正解だった。
「これがバクバクの居場所だ、どこか分かるか?」
リンとギルバート、ヘルマンが画面を見つめる。ギルバートが口を開く。
「ん、どうだろうな、右上が等高線がなくなっている、平地でも多少の高低差はあるだろ? だから、海か湖じゃないか」
「海ならシーナポートか」
「違うと思いますよ、私の記憶ではこんな海岸線はない」
「そもそも縮尺分からないと、海なのか湖なのかもわからないよな」
場所の表示がないから、マップの形状から推測するしかない。ハイテクなのか不便なのかよくわからない。
「ガルドラ」
リンが言った。
「ここはガルドラの麓の間欠泉がある地域」
リンには確信があるようだ。
「ガルドラには行ったことがないが、リンは知ってるのか?」
ギルバートの問いかけにリンは頷いた。
「……私の故郷だから」
リンの浮かない表情をしている。何か理由があるのだろうか。
俺はゲームでリンを仲間にしたのが、終盤だったのでパーティには入れていなかった。だから、リンの固有イベントはクリアしたことがない。
情報もあまり持っていない。エルザのようにミレニアム懸賞イベントになっているものや、無理ゲー過ぎて大きく話題になっているものは、自分がクリアしてなくても情報は持っている。
だから、リンの固有イベントはそこまで難しいものではない一般的なものだと思う。確かボス戦などもなかったはずだ。リンの固有イベントによる最終スキルが何だったかも把握していない。
あまり話題にならなかったので、そこまで強力なスキルではないのだろう。むしろ『残影』の方が知られている。
俺がゲームでリンと出会った時、すでにウォルフガングと覚醒ポチがいたから、全く育てなかった。今となっては少し後悔している。
それにしてもガルドラか。あの地域にはどちらにせよ行かないといけない。力のルビーがあるからだ。
しかし、ガルドラはソラリス復活イベントの中で、俺の中では最も難易度の高いイベントだ。あまり気が進まない。
だから、力のルビーを盗み出す方向で考えている。
「飛空艇を手に入れたらガルドラに行こう」
次の目的地が決まる。ヘルマンに備え付けてある小型端末にバクバクの居場所を入れてもらう。念のため、ニョロニョロとルンルンの居場所も手に入れておいた。
少しリンの元気がなさそうなのが気にかかる。あまり故郷に良い思い出がないのだろうか。
ガルドラ地域は活火山があり、麓のガルデニアという街は温泉地として有名だ。俺も日本人だからな、温泉はぜひ堪能したい。
そして、ガルドラ山脈は珍しくドラゴン種が棲息する。LOLのドラゴンの強さは異常であり、通常モンスターがボス級だ。まともに戦うということが馬鹿らしく、ひたすら隠れて逃げてを繰り返して進んでいくのが普通だ。300レベルあっても勝てない。
そのドラゴンを倒せる存在がいる。ガルデニアでは英雄と呼ばれている人物。竜殺し、ドラゴンスレイヤー。戦ってはならない存在だ。