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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第1章 英雄の目覚め
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守護者



そして、俺たちはカエルや蛇を倒し、蛾から逃げながら沼の奥地にたどり着いた。少しリンの目が冷たい気がするが、気のせいだろう。



奥地には一際大きい黒い沼が広がっている。ここにはボスのヒドラがいる。俺は池には近づかず迂回をした。



ヒドラは今の状況では勝つことができない。第1条件の神兵の腕輪を入手することはクリアしているが、次の条件を満たしていない。



今回の目的はヒドラ討伐ではないため、俺は沼を無視して先に進む。しばらくすると沼が少なくなり、段々と木が多くなっていく。



そして、いつのまにか光も差し込まない薄暗い密林へとたどり着いた。うっすらと視界を遮る霧が満ち、360度樹木しかなく、方向感覚が失われる。



巨大な大木がまるで道のように伸びている。木の枝が交差し、立体的な迷路を構成していた。フランバルト大樹海。LOLで最も広いダンジョンだ。



「すごい……でも迷ったら大変かも」



リンが素直な感想を漏らす。



「ああ、はぐれずについて来てくれ」



彼女の懸念は的を得ている。このダンジョンは目印がほとんどなく、更にかなり広大となっている。作成者の悪意を感じるほどだ。実際ゲーム時にはこのダンジョンを適当に進み、7時間彷徨って諦めてリセットした記憶がある。



しかし、英雄達はこのダンジョンを踏破し、完璧にマッピングをした。俺にとっては庭と同じだった。



「涼しくて、とても静かね」



「ここにはモンスターが出ないからな」



散歩気分で先に進んでいく。ゲーム時には感じなかったが、現実になるとこの樹海は幻想的な光景だ。



20分ほど歩いて、俺達は森の中にある泉に到着した。先程までの沼と違い、透き通った水が溜まっている。



「よし、ここで休憩しよう」



俺はそう言って、荷物を地面に下ろす。リンは泉の水を手にすくって観察した。



「レン、少し水浴びたいから、離れてて」



先程までカエルや蛾とやり合っていて、身体中が汚れている。リンの希望は当然だろう。



「ああ、分かったよ」



俺は荷物をもう一度持ち上げてリンに背を向ける。彼女の声が背中越しに届く。



「覗かないでね、ポチ、レンのこと見張ってて、あとでオヤツあげるから」



「おいおい、心外だな、俺ほどの紳士はいないよ」



「……そう、私はてっきり、『少女が水浴びしてるのを覗かないなんて、逆に失礼じゃないか』って言いそうかなって思ってた」



俺の信頼が地に落ちている。なぜだ、心当たりが全くない。



俺とポチはリンの指示通り、泉からある程度離れ、そこにある巨大な木にもたれかかった。



静寂の中、葉が風で揺れる音だけが聞こえる。葉と葉の僅かな隙間から光がいくつか差し込み、天から降り注ぐ雨のように見えた。



俺はそんな幻想的な風景にしばらく酔いしれ、そっと背中を大樹から離して呟いた。



「よし、覗くか」



水浴びイベントで覗かない主人公がいるはずがない。理想を言えば、リンの悲鳴が聞こえて我を忘れて俺が駆けつけたら一糸まとわぬリンの姿が……。みたいな偶然シチュエーションが良いが、モンスターが出現しないこの樹海では望み薄だろう。



ならば、男として、ここは自ら覗く以外の選択肢はない。バレなければ問題ないのだ。



それにきっとリンも期待しているはず。ここで覗かなければ不機嫌になり、私ってそんなに魅力ないんだ、とか言い始めるに決まっている。



少女が水浴びをしているのに覗かないなんて逆に失礼だ。ここは進むが英雄としての決断。



俺は足音を殺して、進もうとしたが、そこにポチが悠然と立ちふさがった。その姿はまるで大切な仲間を守るガーディアンだ。



「ポチ、そこをどいてくれ……俺は行かなくちゃならないんだ」



ポチは微動だにしない。俺をまん丸な目で見つめている。



「ポチよ、俺はリンの約束した倍のオヤツをやろう、世界の半分(おやつ)が欲しくないのか?」



ポチは揺れない。不動の心で俺を見つめ続ける。



「ふぅ、君とは分かり合えると思っていたのに……仕方がない、これも運命なのか」



俺は覚悟を固め、ハイジャンプとエアリアルのスキルを利用し、ポチを大きく飛び越えた。



「わんわんわんわんわんわん!」



大きな声で鳴きまくるポチ。静かな森にポチの声が反響する。俺は慌ててポチの元に戻った。



「ちょ、バレるからそんな鳴かないで、頼むから静かにしよ、な?」



必死にポチを宥め、ポチは静かになる。しかし、俺が一歩足を進めた瞬間、口を開けて鳴き声を上げる準備をする。



俺はまるで銃口を突きつけられているようなプレッシャーを感じていた。



しばらく睨み合いを続けたが、一向にポチが折れる気配はない。俺が少しでも進もうとすると、小さく小声で鳴いて、脅してくる。



「ポチ……お前もオスだから分かるだろう? これは男のロマンなんだ、ここで行かないと俺は俺じゃなくなる」



「何がロマンなの?」



「それはもちろん、のぞ……」



俺は背後からの声に応えそうになり、ギリギリと錆びついた機械のように後ろを振り返った。



水浴びを終え、髪が少し濡れたリンが呆れた顔で立っていた。



「あ、リンさん、水浴びもう終わったんですね、早かったですね、僕はちゃんとポチ君とここで待っていました、紳士ですからね」



リンの視線は氷点下を記録していた。



「ポチ、ありがと」



ポチはリンに甘えて、いっぱい撫でられて幸せそうな顔をしていた。俺はハンカチを噛みたい気分だった。ポチ、君は親友だと思っていたのに残念だ。



それから俺とポチも水を浴びた。途中ポチとじゃれ合うのが楽しくなって、思う存分水遊びをした。



すぐに仲直りした。やっぱりポチは最高だ。それから俺たち3人は城下町で備蓄してきた軽い食事を摂った。



___________________________




休憩を終え、俺たちは再出発した。覚えている道を迷わず進み、1時間ほど歩いたところで足を止めた。そこは何もなく、ただの木の道が続いている。しかし、俺はそこにある境界が分かる。



このフランバルト大樹海の奥にはエルフの里がある。俺たちはそこを目指していた。しかし、本来ならばあるイベントで手に入る精霊の道標を持っていなければ絶対にたどり着けない。



それはこのダンジョンのギミックでループがあるからだ。あと数歩進んだ所に境界があり、精霊の道標を持たずに境界を越えると違う場所にワープしてしまう。もちろん、こちらにはそのワープは一切関知できない。当初、英雄達のマッピングが難航を極めたのはこれが原因だった。



その後もたゆまぬ努力を続け、英雄達はこのワープポイントを発見したのだ。精霊の道標はイベントの性質上、邪龍討伐前には手に入れることができない。



しかし、現実になった今なら手がある。俺は道から外れ、木の枝から飛び降り、生い茂った草むらに飛び込んだ。リンは唖然としている。



「何をしてるの!?木から降りることは出来ないのに!」



「いや、もう降りてるんだけど」



「でも木から降りることは出来ないの!」



俺は納得した。リン達ゲームキャラにとって俺の行動はありえないことなのだろう。俺は境界を越えるため、ゲーム時代には不可能だったマップから外れるという手を取った。



ゲームでは本来木の上しか移動することができず、木から飛び降りることなどできなかった。俺はこの世界に来てから一度試していたから、それが可能だと知っていた。



草原にある大岩によじ登ったときに確信した。あの大岩はゲームではただの障害物であり、上に移動することは出来なかった。だが、現実となった世界では普通に登れた。



その時はモンスターが侵入できない安全地帯を手に入れたと考えていたが、フランバルト大樹海では境界を越えるために使用できると気づいたのだ。



これで邪龍討伐前にエルフの里に行くことができる。





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