決意
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ベルゼブブ、カーマイン、ネロ、異常な相手と三連戦を終えて、俺たちは疲弊していた。
被害は最小限に出来たと思うが、これからこのグランダル王国は復興が大変だろう。
エルザは何も言わずに、カーマインの消えた場所を眺めていた。鎧が横たわり、斧が地面に突き刺さっている。
「私は、これから何をすればいいのだろうな?」
エルザは独り言のように、後ろにいる俺に問いかけた。それは王位を継ぐべきかどうかという質問なのだろう。
「エルザの好きにすれば良い」
俺は本心を答える。俺はエルザが傭兵を続けるというならそれで良いと思う。
「父上は石になり、ロンベルもいない、この国は指導者がいない」
ロンベルは国外に逃亡したようだ。またどこかで良からぬことでも企むのだろう。
「私は……この国の王になろうと思う」
エルザは何かを俺に何か言ってほしいのだろう。認めてほしいのか、止めてほしいのか、そういうのに疎い俺には分からない。
「だから、言っただろ、好きにすれば良いって」
「ああ、好きにするさ」
そう言って、エルザは刀を取り出した。俺が渡したオリハルコンレイピアだ。
「良い剣だな」
「まあな、俺が贔屓にしてる鍛治屋の力作だ」
「私はきっと王族としてダメな部分も多い、きっと苦労するだろう」
「だろうな」
「でも、それでも私はこの国が好きで、守りたいって思う、だから……無理は承知で王に、いや、女王になろうと思う」
彼女の中で何かが変わったのだろう。劣等感を持ち続けた王族としての道を選ぶ。それは以前の彼女には出来ない選択だった。
エルザはこちらを振り返った。そよ風が彼女の綺麗な銀髪を撫でた。
「だって、不可能はないって分かったもん」
彼女はそう言って少女のように笑った。その姿はとても綺麗だった。
「きっと良い王国になるよ、エリス女王」
「違う、エルザ女王だ」
そう言って、レイピアを華麗に振り回す。
「もしこの国を襲う奴がいたら、最前線で戦うつもりだ! だから、私はエルザとして、この国の女王となる!」
彼女らしい選択だ。俺はここで初めて納得した。エルザの二つ名、戦姫。彼女を体現した名前だ。
エルザはレイピアを鞘に納めた。そして、何か迷うような仕草を見せた。
大きく息を吸い込んで、深呼吸をした後、彼女は言った。
「レンがもし良ければ……その……王にならないか? お前がいてくれたら、心強いなと思って」
「え?」「へ?」
俺の背後で急に声がした。振り向くと、俺に話しかけようとしていたのか、近づいていたユキとリンがいた。
「いやだよ、俺、王族のマナーとかよく分かんないし」
本当に王族のパーティとか、そうゆうの勘弁してほしい。ゲームでは邪龍討伐後のパーティで、貴族マナーイベントで、トラウマになった経験がある。
「そうか、それはちょっと残念だな、じゃあ友としてこれからもよろしく頼む」
「ああ、もちろん、王族に友達がいると、いろいろと便利そうだしな」
後ろからユキとリンの声が聞こえてくる。
「良かった……」
「多分、レンは何も気づいてない」
俺は王になるのは無理だが、この国のためにできることはしようと思う。この世界には俺にしか出来ないことがある。
ドラクロワがカーマインの鎧に近付いていた。
「なあ、これもらって良いか?」
カーマインのデストロイヤーを軽々と持ち上げた。エルザに聞いているのだろう。
「おい、ドラクロワ、さすがに国宝を……」
「いいぞ、お前達は国を救った英雄だ、労力に見合う褒美は与えないとな」
「まあ、エルザが良いなら良いけど、お前、斧とか使えるのか? 何で欲しがるんだよ」
「ガキのころ、ちょっと使ったことがある、まあ俺が欲しいって言ったんだからいいだろ、こんなんでも……一応形見だからな」
そう言って、ドラクロワは斧を背負って離れていった。
「悪いな、ドラクロワが」
「いや、お前達は国を救った英雄だ、王女としてできるかぎりのことはするつもりだ」
「それは助かる、エルザも困ったことからあったら言ってくれ」
「ああ、また甘えさせてくれ」
きっとこの国はもっと良くなる。彼女はこれからたくさんの困難が待ち受けるだろう。しかし、もうその剣が折れることはない。この国は新しい王女のように、強い国になる。
エルザとの話がひと段落したところで、リンが俺に話しかけてきた。ユキと2人で俺を呼びにきていたようだ。
「ゲンさんが呼んでる」
ゲンリュウのことだろう。俺は頷いてリンと一緒に道場に向かう。
町はベルゼブブやモンスター、反乱軍などにより大きな被害を受けている。しばらくは王国総出で復興作業になるだろう。
兵士の1人が俺を見つけて、走ってくる。
「あ、あの……この国を救っていただき、ありがとうございました、レンさんはこの国の英雄です」
褒められ慣れていない俺は照れくさくなってしまう。リンとユキは逆に誇らしげな表情をしていた。
そうか。俺はこの国を救ったのか。ゲームでの英雄という肩書きではなく、本当の意味で俺は英雄と呼ばれている。
「あ、握手してもらっていいですか? あとサインも」
兜を被っているので表情は見えないが、ずいぶんミーハーな兵士だ。
俺は握手をかわし、兵士が差し出した色紙を受け取った。この世界にも色紙があるらしい。
ちなみに有名になった時のために、俺はサインの練習は入念にしている。誰もがすることだろうから当たり前かもしれないが。
兵士はペコペコと頭を下げながら、復興作業に戻っていった。
「ずいぶんな人気じゃな」
ゲンリュウが自ら道場から出てくる。
「それも当然か、ワシも今までの態度を改めよう」
ゲンリュウは背筋をすっと伸ばし、深くお辞儀をした。
「この度はありがとう、レン君、君はこの国と、我が弟子を救ってくれた」
弟子とはエルザのことだろう。ゲンリュウにとっては孫のような存在なのかもしれない。
ゲンリュウにこうやって改まって頭を下げられると、ちょっと落ち着かない。
「頭を上げてください、俺は俺のしたいように動いただけなんで」
「それでも国を救ってくれた事実は変わらんよ」
俺たちはゲンリュウに案内されて、和室に入った。掛け軸の前に日本刀が飾られている。
湯呑みでお茶を淹れてくれた。何だかんだ緑茶が美味い。
「実はな、この前、旧友に会ってな、お主がエルフの里を救ってくれたことも聞いた」
旧友、ナラーハのことだろう。エルフの族長であり、魔王を封印したパーティの1人だ。
「それに先日、魔法都市のクソガ……こほん、アランから手紙をもらった」
この国には伝書鳩のように、手紙を運んでくれる鳥型の生物がいる。今、一瞬、クソガキと言いそうになっていた気がする。
「内容は8割が金の無心じゃった……わしの正宗を貸してほしいと、質屋に入れたいらしいんじゃ、必ずすぐに取り返せるらしい」
さすがはアラン。相変わらずクズ過ぎる。
「じゃが、2割はお主のことじゃった、すげぇ奴がいる、とアランが書いておった」
ゲンリュウは正座をして、俺に向き直った。
「わしらがかつて魔王を封印したパーティであることは知っておるか?」
「ええ、あなたとアラン、ナラーハ、そして……」
アランはきっと手紙であのことを書いたのだろう。それはアランの願いであり、かつての仲間全員の願いなのかもしれない。
「ソラリスじゃ」
大魔導ソラリス。このゲームの仲間キャラにおいて、最強の魔法使い。そして、最も仲間にするのが難しいキャラ。
「わしはもう老いた、この先は長くない、唯一の心残りはソラリスともう一度話したいということじゃ」
ゲンリュウの白い眉毛から、物悲しげな目が見えた。
「率直に聞かせてくれぬか、お主ならソラリスを救えるのか?」
ゲンリュウは真剣だ。心からソラリスともう一度会いたいと願っている。だから、ここは安易な返事は出来ない。普通ならそんな不可能なことを無責任に口にできないだろう。
「俺ならできます」
だが、俺は普通ではない。これは安請け合いではない。元々ソラリスは必ず仲間にすると決めている。
どれだけの不可能が目の前にあろうと、俺は全てを乗り越える。ソラリスを救えるのはこの世界で俺だけだ。
ゲンリュウにも俺の意志が伝わったのだろう。
「頼む、もう一度、ソラリスに会わせてほしい」
「任せてください」
ゲンリュウは俺の返答を聞き、後ろの掛け軸のところまで移動し、日本刀を手に取った。そして、再び俺の前に座り、両手で日本刀を差し出した。
「これをお主にやろう」
「え……」
俺は信じられないことに言葉を失っていた。この日本刀を俺は知っている。ゲームではあり得ないことだ。
「お主もわしと同じく、刀を使うのじゃろう、ならば持っていくが良い、どのみちわしにはもう使いこなせんし、アランに奪われて質屋にも入れたくない」
ゲンリュウの最強装備。かつて魔王を封印したパーティが使っていた4つの武器の一つ。アランの聖剣デュランダル、ナラーハの精霊王の杖、ソラリスの永遠の扇。
そして、ゲンリュウの正宗。
「わしはお主に賭けてみることにする、だから、受け取ってほしいんじゃ」
ゲームでは正宗は誰も装備出来ない武器だった。そもそも手に入らないので、プレイヤーも装備することもなく、ゲンリュウも使いこなせないと言い装備しない。
唯一、あるイベントで若返った全盛期のゲンリュウを仲間にできる。その時だけ、正宗を装備できる。その強さは異常であり、若いゲンリュウから装備を外してアイテムを手に入れようとして、それが出来ないと分かり、がっかりするという一連の流れをどのプレイヤーも経験していた。
その正宗が今、俺の目の前にある。
俺は右手の正宗の鞘を掴んだ。これは刀を受け取るだけじゃない。ゲンリュウの思いも俺が背負うことになる。
「ありがたく受け取ります」
ゲンリュウが手を放し、正宗の重さが俺の手にかかる。想像していたよりも、重かった。
「頼んだぞ」
必ずソラリスをアランやゲンリュウ、ナラーハに会わせる。俺はそう決意した。
俺達はその後、ゲンリュウに用意してもらった軽い食事を摂り、泥のように眠った。