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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第3章 英雄の躍進
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切り札



シンシアの姿をしたものは、奇声を上げる。



「き、きしゃっ、ぐ、ぐえ」



もはや人間の言葉ではない。一気に綺麗な青い髪の毛が抜けていく。



「な、なんだこれは、やめろ、やめてくれ!」



カーマインが泣きながら優しく抱きしめる。触れたところから砂のように身体が崩れていく。



「ぐ、ぐえっ」



最後に口から奇妙な音を鳴らし、完全に砂となった。



カーマインはその砂を手の平で掴む。



ベルゼブブの甲高い笑い声が夜空に響く。



「ひゃはははは、カーマイン、僕は嘘をついていないよ、さっきのは間違いなくシンシアだ、約束通り生き返らせた、その後、どうなるかは約束の範疇にはない」



カーマインは動かない。ただ手の平に残る砂を見つめている。



「奈落の秘術で生き返らせてあげたんだよ? 感謝してほしいな、まあ死んでだいぶ経つからね、魂はかなり劣化しているだろうから、生き返っても自我なんて保ってないだろうし、身体も、数秒しかもたないとは思っていたよ、魂を完璧に保存できていれば、結果は違ったんだろうけどね」



ベルゼブブは楽しそうだった。もはや復活さえできれば、カーマインなどどうでも良いのだろう。



「俺は……何をしていたんだ」



ただ愛する人にもう一度会いたい。その願いは叶うことはなかった。



カーマインは屋根の上から、少女を抱えるエルザに視線を移す。その目は生きる気力すら、持っていない。全てに絶望をしたように真っ黒だった。



「……エリス様、どうか私を殺してください」



懇願するように言う。全てを犠牲にして、最愛の人の親友までを手にかけて、手に入れたものは何もない。初めから悪魔に騙されていただけ。



もうカーマインには何一つ残っていない。生きる意味さえ失っている。



しかし、俺は知っている。カーマインは最後までエルザだけは殺さなかった。エルザの心を折り、逃げ出させようとしていた。アネッサの時のように、エルザを自分で手にかけることを恐れていた。



エルザは目に涙を溜めながらも、懸命に思いを伝えた。



「あなたは……グランダル王国騎士団長です……、国民を守る義務がある」



全ての元凶はベルゼブブだ。人の思いを利用し、多くの人の人生を狂わせた悪魔。



「カーマイン、私はあなたを許せない、だけど、今は……あの悪魔を倒すために手を貸しなさい」



涙を流しながら、しかし凛々しく声を上げる。エルザのその姿は立派な王族に見えた。ロンベルのような上辺だけを取り繕ったものではない。皆のことを守りたい。純粋なその気持ちが見て取れた。



真っ黒だったカーマインの目に光が宿った。王に謁見するように、深く頭を下げる。砂を強く握りしめる。



「そう……か、それが俺にできる……最後の仕事か」



彼の指の隙間から光る砂がキラキラと風に舞った。カーマインはゆっくり立ち上がる。



「悪魔よ、俺を騙したことを後悔するがいい」



ベルゼブブはにっこり笑った。



「カーマイン、2つ目のお願いだ、僕とロンベルに一切の危害を加えるな」



動き出そうとしていたカーマインの動きが止まる。



「何でだよ! なんであいつは約束を守らないのに、俺が約束を守らないといけねぇんだ! くそ、くそ、くそがああああぁぁ!」



絶叫が夜空に響いた。



「人間というのは欲深い生き物だね、自身の欲望のために自分から悪魔を利用したくせに、欲望のために殺そうとする」



ベルゼブブは上空で羽を広げた。



「お前ら、面倒だから、終わりにしてあげるよ」



そして、身の毛もよだつような声でそう告げて、スキル発動する。このモーションを俺は知っている。



最強最悪のスキルが始まる。



『眷属吸収』。



これでベルゼブブのステータスの最大値は大幅に向上する。恐らくこのまま何もしなければ継続的に回避することはできず、何人かを触手を受けて殺されるだろう。



ゲームでは絶望を運ぶスキルだった。これが使われないことをただただ祈り続けて戦った。そして、俺は何度も死んだ。



本体に攻撃しない以上、必ずこの展開になる。今の火力では使われる前に倒すなど、もともとできることではなかった。



初めから、正攻法で勝てる相手ではなかった。使われたら終わり。それは現実になった今でも変わらない。



ついに『眷属吸収』が発動された。レッサーデーモンたちが吸い込まれ始める。



だから、俺は言った。

































「よっしゃ! 勝ったあああ!」



そう、使()()()()()()()()()()()



正攻法で勝つことは不可能。



だが、俺は英雄だ。初めから正攻法で勝つ気なんて、更々ない。



「レンがそう言うの、待ってた」



俺の声を聞いて、リンが小さく笑った。

























俺はずっと待っていた。『眷属吸収』を発動するこの時を。俺は賭けに勝った。


 

ゲームならば『眷属吸収』が発動され、俺の負けは確定する。全てのレッサーデーモンを吸収し終わると、ベルゼブブはもう手の打ちようがないほど強くなる。



だから、俺は()()()()()()()()()()()()()()()














黒い笛を取り出して、音を鳴らす。甲高い音が響き渡る。俺は知っている。彼女は絶対に任務を放棄しない。

























笛の音と同時に、無数の影が現れる。そして、レッサーデーモンと同様にベルゼブブに吸い込まれていく。



無限G。



これがベルゼブブを倒す秘策だ。



暗殺者ベロニカとの取り決めで、黒い笛を吹いたら、再びエルザを狙うように伝えている。暗殺者ベロニカは任務に忠実な性格で、ずっと約束を守って、俺を影から監視していた。



そして、ベロニカによるシャドウアサシンが大量発生する無限G。これにより、俺の勝利は確定する。



なぜなら、『眷属吸収』の速さより、無限Gの出現速度の方が早いからだ。



ベルゼブブの『眷属吸収』は全てのモンスターを吸収するまで終わらない。つまり、減るよりも速いペースで新しく生まれるシャドウアサシンがいる限り、()()()()()()()()()()()()()()()()



無限にステータスの最大値は上がっていくが関係ない。回復することができないからだ。



暴食状態により、常にHPは凄まじい速さで減っていく。本来ならレッサーデーモンを自ら攻撃することで、回復していたが、『眷属吸収』のスキル中は通常攻撃ができない。



つまり無限に最大HPは上がっていくが、回復することができず、HPは減り続ける。



これにより、『眷属吸収』を使用したが最後、ベルゼブブは自身の暴食によって死ぬしかなくなる。



俺はベロニカの無限Gを見た時に、『眷属吸収』のスピードより発生スピードが速いことに気がついた。だから、ベロニカを殺さずに説得した。



ベルゼブブを倒すため切り札としておくために。



ゲームではこんな方法は使えなかった。現実になったことで可能になった。



この切り札があったから、俺は賭けに出た。



ハイリスクは承知の上だが、ベルゼブブを倒すことができれば、今後カーマインのように悪魔の声に踊らされる犠牲者がいなくなる。



だから俺はベルゼブブを殺すために、わざと奴を復活させた。




















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