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無理ゲーの世界へ 〜不可能を超える英雄譚〜  作者: 夏樹
第3章 英雄の躍進
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ベルゼブブ戦




ロンベルが全ての黒幕だった。カーマインでさえ、彼の手の平で転がされているだけだ。



「全員を屋内に避難させろ!」



俺は声を張り上げる。道場の屋根の上に人影が見える。



黒髪をオールバックにした青年が立っていた。目の下に深いくまがある。触覚のように2つの長い髪が伸びている。服は真っ黒な礼装だ。



「やっぱり外の世界はいいね! ずっと窮屈な思いをしてたからね」



絶望の象徴。かつてグランダル王国を恐怖に陥れ、勇者パーティによって封印された悪魔。



ゲームで俺が一度も勝つことができなかった。無理ゲーの中でも最高難度を誇るボスキャラ。



蝿の王ベルゼブブ。



ベルゼブブが空中に飛び上がる。背中から虫のように透明な翅が現れ、空中を浮遊する。



「じゃあ早速、お腹ぺこぺこなんで、いただきます!」



ベルゼブブは黒い瘴気を上空で自分の身体に纏わせ始める。



「今からベルゼブブを討伐する! 全員準備しろ!」



俺の声でパーティメンバーが構える。覚悟を決めるしかない。



「作戦はとにかく攻撃を受けないことだ、暴食状態の奴の一撃を喰らえば、どんな状態でも一撃死する、魔法攻撃は受けても一撃では死なないから、物理だけ徹底的に気をつけてくれ」



俺がゲームでも一度も勝てなかった。クリアした人は何千回と試行して運が良かっただけ。その運の良い一回を現実で持ってくるのはありえない確率だろう。



「ユキとギルバートは遠距離からの攻撃、他のメンバーは奴が召喚してくるレッサーデーモンが地上に降りてきたら討伐、国民への被害を最小限に抑えてくれ」



「待てよ! 本体を叩かないと、いつまでも勝てないだろ!」



ドラクロワの正論だ。本体にダメージを与えない限り、この戦いは終わらない。しかし、本体に攻撃すれば一撃死のリスクが極めて高くなるし、少しダメージを与えたとしてすぐに全回復する。焼石に水だ。



「ドラクロワ、俺に考えがあるから信じてくれ」



俺はそれだけでドラクロワを黙らせる。ベルゼブブの強さは俺が身を持って知っている。



まずは『晩餐』だ。自身を7つの大罪系状態異常、暴食にする。これにより全ての物理攻撃が一撃死となり、殺した相手のHPとMPを根こそぎ吸収する。代わりにHPがすごいスピードで減っていく。そうは言ってもベルゼブブは最初から最大HPも膨大だ。



次に『眷属召喚』大量のレッサーデーモンを呼び出すことができる。こいつらも厄介だし、ベルゼブブはレッサーデーモンを自分で殺して、HPを回復することができるので、暴食状態でも死ぬことがない。むしろ常に全回復状態をキープできる。



そして、最後に最悪なスキルが『眷属吸収』。これは場に出ている全モンスターを吸い込み、自身の能力を向上させるものだ。吸収した分だけステータスの最大値が上がる。



1回使われるだけで別次元のステータスになり、2回使われたらもう打つ手がないと言われている。



これを自分で『眷属召喚』して『眷属吸収』する事で、無限に強くなっていくので、別名永久機関バエと呼ばれる。



ゲームで勝てた人は偶然、『眷属吸収』を使用されることが中々なかったというだけで、完全な運による勝利だ。



実力で勝てた人は1人もいない。エルザイベントの最高難度の敵。



黒い瘴気が広がり、中央に巨大化したベルゼブブが姿を見せる。体長10メートルぐらいある巨大な蝿の姿だ。昆虫の脚のようなものが付いていて、それが伸縮して突き刺すように攻撃をしてくる。



「レン、平気?」



リンが心配して声をかけてくる。全く俺を誰だと思ってるんだ。



「ああ、全く問題ないよ」



「足、すごく震えているけど」



俺の足は生まれたての子鹿のようにガクガクブルブルしている。だって、仕方がないじゃないか。あんな巨大な虫が相手なんだから。



ゲームで何度も苦しみながらチャレンジし続けたことで、ベルゼブブだけはその姿にある程度の抵抗が出来ている。



本当はリンの背中にしがみつきたくて堪らないが、懸命に堪えている。



「大暴れするよ! 食事の時間だ!」



ベルゼブブは『晩餐』を発動する。これにより、ベルゼブブは暴食状態になる。そして、『眷属召喚』を行う。暴食状態ではHPが減り続けてしまうので、召喚でレッサーデーモンを呼ぶことはセットだ。



レッサーデーモンが地上に降りてくる。



「上空にいる奴らは俺とユキに任せてくれ」



ギルバートがユキと共に走り出し、遠距離攻撃を始める。



「おっしゃ! 地上に降りてきたら奴らは俺らでぶっ殺すぞ!」



「わん! 頑張る!」



ポチとドラクロワが走り出し、地上に降りてきたレッサーデーモンを倒し始める。



「リン」



「ええ、分かってる、私は皆の回避補助をする」



間違ってもベルゼブブの直接攻撃を受けてはならない。それは物理無効のユキや防御力が極めて高いポチも同様だ。



彼らはレッサーデーモンと戦っている。だから、常にベルゼブブの動きを見続ける人がいなければ、死角からの一撃を喰らってしまう。



俺はリンにベルゼブブの物理攻撃モーションを教えている。俺とリンでその監視係をする。そして、いざとなれば俺が『スイッチ』で仲間と場所を代わり、回避を引き受ける。



ベルゼブブは上空に飛び上がり、旋回して一気に急降下してくる。巨体の割に素早さはかなり高い。



「ユキ、ギルさん、3時の方向へ、屋内に入って」



リンの声で、戦っていた2人が弾かれたように動き出し、建物に滑り込む。同時に即死の触手が周囲を貫く。



そのまま、またベルゼブブは上空に上がっていく。



もう一度『眷属召喚』を行い、大量のレッサーデーモンが現れる。



触手でそれらを突き刺してHPを回復しながら、ベルゼブブはもう一度急降下してくる。



「ポチ、とにかく前にダッシュ!」



ポチは時刻と方角など全然わからないので、分かりやすい指示を出す。多少アバウトでもポチの脚力なら、一気にその場を離脱できる。



ベルゼブブの攻撃はまた空振りに終わる。



攻撃より回避を優先すれば、戦闘は継続できる。もちろんベルゼブブが今のステータスならの話だが。



レッサーデーモンが厄介だが、こちらも対処できている。ポチは一撃で倒せているし、ドラクロワも竜化していれば一撃で倒せるようだ。



レッサーデーモンは即死が効くので、ギルバートのフィンガーピストルも有効だ。羽虫のように地面に落ちていき、青い粒子に変わる。



ユキはさすがに一撃では倒せていないが、広範囲に攻撃できるので、殲滅速度はギルバートを超えている。



「レン!」



リンの声で俺は彼女を見る。彼女の指差す方向へ視線を移す。子供の1人が逃げ遅れている。すぐ近くにレッサーデーモンがいた。



まずい。俺のスピードでも間に合わない。ギルバートに声をかける余裕もない。



レッサーデーモンが少女に飛び掛かる。



しかし、その爪が彼女に届くことはなかった。



少女が一瞬で消えたからだ。



あの状況で少女を救えるのは、神速を持つ者のみ。もはや瞬間移動という次元の移動術。『天歩』



エルザが少女を抱きかかえていた。



咄嗟に身体が動いたのだろう。身体に染みついた行動だ。誰かを助けたいと思い続けていたエルザだから、動くことができた。



「ドラちゃん、5時の方向!」



リンの声で俺はすぐに振り返る。



ベルゼブブが急降下してドラクロワを狙う。ドラクロワは咄嗟に動き出す。同時に進行方向にベルゼブブの放った【グラビティ】が発動される。



まずい。グラビティで動きが封じられれば、即死の触手を受ける。



俺はすぐさま『スイッチ』でドラクロワと場所を交代する。『イリュージョン』を使いたいが、万が一のことを考えると怖い。移動した後に即死の可能性もある。



意識を研ぎ澄ませ、グラビティとは違う方向に向かう。そして、高速で向かってくる。ベルゼブブに向き合う。



大丈夫。この世界では即死攻撃なんて、よくあることだ。当たらなければ問題ない。



向かってくる触手を全て回避していく。何本もバラバラに俺を狙ってくる。しかし、その動きは刺すための直線的なもの、軌道を読み、その軌道に入らないように回避する。



俺は全てを回避し、ベルゼブブは勢いのまま通りすぎ、また上空に戻っていく。



その時に大きな声が聞こえた。それは笑い声だった。

















「はっはっは、いいねぇ、いつのまにか復活してるじゃないの、悪魔ちゃん」
















最悪の展開だ。ベルゼブブだけでも手に負えないのに、あの男が現れた。



「カーマインじゃないか、来るのが遅かったね、もう復活しちゃったよ」



カーマインはベルゼブブと会話をしやすくするために、跳躍して、近くの建物の屋根に登った。



やばい。本当にやばすぎる。洒落にならない。カーマインとベルゼブブを同時に相手にすることなど、出来るわけがない。



俺はカーマインを見上げる。幸い奴は俺など眼中にない。



「悪魔ちゃんさ、約束を果たしてくれないかな、復活したら、シンシアを生き返らせるって約束だ」



ベルゼブブは空中で動きを止めた。



「確かに、僕は悪魔だ、約束は絶対に守らないといけない、約束を破れば僕も死んでしまうからね、じゃあ、生き返らせよう」



その言葉を聞き、カーマインは肩に担いでいたデストロイヤーを下ろした。



「ああ……やっと、やっと終わったのか」



カーマインの瞳から涙が流れる。



「奈落に伝わる秘術、悪魔の中でも使えるのはごく一部だけさ、『黄泉がえり』」



カーマインの横に光の柱が生まれる。それは天まで届くように続いている。



そして、いつもは死んで霧散する青い粒子が、逆にどこからともなく集まってくる。



それが人の形を作っていく。青い光が凝縮して、白い光に変わる。悪魔の技とは思えないほど、幻想的な光景だ。



そして、白い光が消えた。そこには美しい青い髪の女性がいた。



「ああ、シンシア、君に会いたかった……」



カーマインがそっとシンシアの肩に触れた。愛する者を労る優しさに満ちた動作だった。



どろっと彼女の肩が溶けて、腕が地面に落ちた。





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