ハイリスクの選択
俺たちは逃げ遅れた住民を守りながら、無事にゲンリュウの道場に到着した。兵士やゲンリュウが前線で戦っていたが、突破されるギリギリの状況だった。
俺たちのパーティがその場の敵を殲滅する。
「助かったぞ、正直、老人にはきつい仕事じゃった」
ゲンリュウは素直に礼を述べる。
「はて、どこかで見たことあるような」
その後、ゲンリュウはポチをじっと眺めていた。
「レンさん、ありがとうございました」
後ろからロンベル王子が現れる。王族ではあるが、上級魔法が使える貴重な戦力として、自らも戦っていたようだ。
「俺たちが来たからもう大丈夫ですよ、王子も休んでください」
「お言葉に甘えますね、正直、結構きつかったので」
ロンベルは疲れた顔でそう言って、俺の手元に目線を下げた。俺はこのタイミングでロンベルと話すことを決めた。
「ロンベル王子、少しだけお時間を頂けないですか? どうしても話しておきたいことがあります」
俺の真剣な表情にロンベルは頷いた。
「分かりました、ですが、護衛の兵士はついていっても良いですか?」
「はい、もちろんです」
俺はロンベルを連れ出して、人気のない道場に入った。護衛の兵士は極力話を聞かないように離れた位置にいる。
俺はベルゼブブイベントまではゲームでも進めた。どのようにベルゼブブが復活するかは知っている。
その光景を俺は思い出す。何度もベルゼブブに殺され続けたので、このイベントは鮮明に覚えている。
ゲームでは王都陥落イベントで王城に向かうと、王が倒れている。そして、王は最後に残された時間でロンベルに王位継承の儀を行う。
そして、王家の紋章がロンベルの手の甲に宿る。それを見届けて、一緒にいたカーマインがいきなり王を人質に取る。
「な、何をしている、カーマイン!」
ここで初めてカーマインが敵だということが分かり、ロンベルはなぜカーマインがそのような行動に出たのかを問いかける。
「王子、いや、もう王様か、悪いねー俺さ、悪魔と約束しちゃってねぇ、今までずっとロンベル王を騙してたんだよ」
カーマインは悪魔との約束のためだと答える。そのためにロンベルを利用したと。
「悪魔……それは王家が封印したベルゼブブのことですか?」
「さすがはロンベル王、鋭いねぇー」
「だから、私が王位を継いだこのタイミングですか」
「話が早くて助かるよ、じゃあさ、ちゃっちゃっと復活させちゃってよ、じゃないとお父さん殺しちゃうよ?」
グランダル王が苦しみながら、声を出す。
「……うぅ、ロンベル……ダメじゃ、ぜったいに……復活させるな」
カーマインは王を痛めつけ、王から悲痛の声が漏れる。
「や、やめてくれ、頼む!」
「じゃあさ、王様、さっさと復活させちゃおうよ」
「そ、それは……すぐにはできない、宝物庫にある悪魔を封印している腕輪を取ってこないといけないし……」
「ああ! これのことだねぇ」
カーマインが蝿の円環を取り出して、ロンベルに投げて渡す。
「なぜこれをお前が!?」
「ロンベル王の鍵をこっそり盗んだのさ、隠し場所がバレバレだったからねぇ、さあ、これで全ての準備は整ったよ!」
「だ、ダメじゃ……ロンベル」
「僕は、この国の……王だ、国民を危険に晒すわけには」
「あっそう、じゃあいいか」
あっさりとグランダル王の身体にデストロイヤーが刺さり、青い粒子となってグランダル王が死んだ。
「あ、ああ、あああああ」
ロンベルは信じられない光景にパニックになる。
「この外道がああぁぁ!」
プレイヤーのパーティにいるエルザが激昂してカーマインに襲いかかる。しかし、カーマインはあっさりとエルザをあしらい、地面に押し付けて自由を奪う。
「人質はいくらでもいるんだよ、さあ、次は傭兵のエルザちゃん、いや、こう呼んだ方がいいかな? エリス王女」
そこで変装用に被っていた兜を取られる。そこで初めてロンベルはエリス王女のことを知る。
「え、姉様は昔亡くなったはずじゃ……」
「それがねぇ、実は生きていたんだよ、いやー感動的な再会だねぇ、でも水を差すようで悪いんだけど、ロンベル王が悪魔解放しないと、また殺すよ?」
「いや、ま、待って!」
ロンベルは折れてしまう。父親が殺されたショックと、すぐに生きていた姉も殺されそうになり、彼はただの子供に戻る。
「いやだ! 復活させるから! だから、姉様を殺さないで!」
今までの理性的なロンベルは消え、ただ懇願する子供となる。
そして、悪魔ベルゼブブは復活し、プレイヤーとベルゼブブの戦いが始まる。
これがゲームでのシナリオだ。
ベルゼブブを倒した後の流れは、俺もよく知らないが、エルザと共にカーマインを倒すことになる。俺はここまで到達できなかった。
「時間を作ってもらってありがとうございます」
「いいですよ、どのようなことですか?」
俺は何も隠さずに直球を投げる。
「単刀直入にいいます、カーマインが今回の反乱の首謀者です」
ロンベルは驚きで目を見開いた。今回はゲームとはだいぶ状況が変わっている。だから、現実ならではの手を打つべきだ。
「いや、そ、そんなはずはありません、カーマインは国を守ってくれる優秀な騎士です」
「事実です、俺は先ほどカーマインと戦って逃げてきました、奴は国家転覆を狙っています」
「にわかには信じがたい話ですが、もし仮にそうだとしてなぜカーマインがレンさんを殺そうとするのですか?」
「それは私にも分かりません」
あえて嘘をつく。蝿の円環を勝手に宝物庫から持ち出したことはさすがに言えない。
「カーマインは私が幼少のころより、良くしてくれました、途中に悲しい事故がありましたが、その後も変わらず私を支えてくれます」
「事故って何があったんですか?」
「彼の奥さんが山で事故にあって亡くなったんです、それ以降、しばらくは落ち込んでいたのですが、途中から明るい性格に戻りました」
俺はロンベルからその事故の詳細を聞く。ロンベル自身も当事者らしく、その時の話は辛いらしい。実は既にリンにそのことは調べさせていたので、ある程度知っている。
悪魔が好みそうな話だ。
「悪魔を知っていますか?」
「悪魔ですか? 歴史では勉強しました、奈落という場所に住む存在です、かつて、私が生まれるより前、悪魔がグランダル王国を襲い、勇者達が封印してくれたと聞いています」
「カーマインはその悪魔を復活させようとしています」
「そんな馬鹿な、もし本当に悪魔の力が歴史の通りなら、大勢の人間が死ぬことになります」
「はい、それを実現しようとしています」
「申し訳ないですが、全てを信じることはできません、しかし、あなたの言っていることが真実と仮定して話しましょう」
ロンベルは聡明だ。話が通じる。俺は続ける。
「俺は独学ですが、呪いや悪魔のことについて学んでいます、王位を継承する者が手にする王家の紋章が必要です」
「それは私も文献で確認しています、父上は何があろうと悪魔を復活させるようなことはしないでしょう」
「ええ、俺もそう思います、しかし、王は今体調を崩されている、ロンベル王子に王位が継承されるのは時間の問題です」
「父上には長生きしていてもらいたいですが……客観的に見るならそうですね、しかし、私も悪魔を復活させる気はありません」
「カーマインは大切な人を人質にして、あなたに解放を強要するかもしれません」
「それでも復活はさせない……そう言いたいですが、自分のことはよく分かります、大切な皆を目の前で殺されるようなことがあれば冷静ではいられないでしょう」
ロンベルは自分のことをよく知っている。自分を冷静に見つめている。それは中々できることではない。ロンベルは続ける。
「では見張りの人間にカーマインを見つけたらすぐに伝来をするように伝えます、彼の強さを考えるなら捕縛は現実的ではない、王と私が念のため身を隠しましょう」
「ありがとうございます、カーマインは俺が倒します」
「カーマインの強さは私もよく知っています、私の中では間違いなく最強です、それに勝てるんですか?」
「はい、勝算はあります」
「それは心強いですね、ではそろそろ戻りましょうか?」
「そうですね」
俺とロンベルは道場から歩き出す。俺は最後の質問を投げかけた。
「宝物庫の鍵はロンベル王子も持っているのですか?」
ロンベルはわずかな間をおいて答える。
「ええ、持っていますよ、大切なものなので私が隠し持っています、それが何か?」
俺は今、決心をした。ここからはギャンブルだ。
自分を信じる。全てを解決するためにはこれが正しい。無理ゲーをクリアするのに、安全策を選ぶのは愚の骨頂。
必要なのは、大きなリスクを取り、自身の能力によって全てを成功させる覚悟。スーパーハイリスク、スーパーハイリターン。それでも俺はその選択をする。
俺は蝿の円環をロンベルに差し出した。そのことのリスクは十分に承知している。ただ俺の望む結末に向かうためには、この決断しかない。
「これは蝿の円環です、ベルゼブブが封印されています」
ロンベルはその邪悪な装飾のされた腕輪を見る。俺は続ける。
「これはカーマインから俺が取り返したものです、カーマインがロンベル王子の鍵を盗み、宝物庫から手に入れていました、お返しします」
本当は俺が盗んだんだが、全力でカーマインに濡れ衣を着せる。
「ま、まさかそんな」
ロンベルは驚きながら、蝿の円環を受け取る。
「これを持って王と共に隠れてください、俺は奴に狙われています、もし俺が負けたら蝿の円環は奴に奪われる、だから、ロンベル王子に預けます」
ロンベル王子は力強く頷いた。
「分かりました、命に代えてもこの円環は守りましょう」
この選択が正解のはずだ。